約 3,654,204 件
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/34.html
「しかし……どこへ行ったらいいのでしょう? 逃げてここまで来たのに、ここから離れるといっても行く場所など……」 「わからないわよ!でも、このままここにいて見つかったら困るんでしょう!?」 男性が黙り込む。 「……分かりました」 数瞬の間を置いて、女性がはっきりと言った。 「行きましょう。当てが無くとも、二人一緒なら何とかなります。 ここでぐずついたばかりに万が一捕まったりしたら私は死んでも死に切れません」 真剣な女性の訴えを受け、二人はじっと見つめあう。 「……………。わかった、発とう」 少しして男性は頷いた。 「僕がお二人の荷物を取ってきます。お二人は裏庭の方から」 「私が連れて行くわ」 「ハンコツさん、ちょっと外れるんでお願いしますね」 そうと決まれば早い方がいい。 僕は控え室を飛び出し、二人の部屋へと急いだ。 二人分の荷物を引っさげて、僕は裏庭の方へ急ぐ。 正直従業員泥棒に間違えられやしないかと冷や冷やものだ。 裏の浴場に続く渡り廊下の入り口でバレッタさんたちが待っている。 「こう見ると泥棒みたいね」 「言わないでよ」 荷物を二人に渡す。 「じゃ、付いてきてください」 渡り廊下を歩きながら、僕は二人にこれからの事を説明した。 「宿の裏には、簡単ですけど畑とか鶏小屋とか……そういう自足スペースがあるんです。 そっちの方から森の中の、ドーマ火山方面に抜ける道に入れます」 「ドーマ火山に?」 「はい。色々考えたんですけど、ミロスに渡るならドーマ火山に行くのがいいと思うんです。 あそこは温泉宿であるこの宿にとってはとても大切なところだし、ジェン爺が管理してるんです。 だから人も入れますし、裏家業の人が待ち合わせに利用することもあります」 「そこへいけばあるいは……」 「ただし、ほんと人目に付かないところなんで騙される危険性はもっと高くなります」 「自分達がここに来ているのを知ってる人がいて、 連絡が取れないと実家に連絡することになっている、くらいは言った方が良いわね」 「なんとか……やってみます」 「頑張って。男は度胸!ですよ……あ」 廊下の先から誰かやってくるのを見つけ、思わず足を遅める。 洗濯物を抱えた給仕の女の子だ。 彼女は僕らを見つけると、不思議そうな顔をして立ち止まった。 「あれ?そっちの人はお客さん……よね。この先はスタッフオンリーじゃなかった?」 「あ、ええと……」 一瞬言いよどんで後ろを見る。 別に答えなくては通れないわけではないが、ここで不自然に思われると後々マズイ。 と、なんとかしなさいよ、とこちらを見るバレッタさんを見て僕は、彼女にバレたら殺されそうな口実を思いついた。 「ひそひそ……(彼女が張り切って料理を運ぼうとして、派手につまずいてすっ転んだ挙句 料理を頭からかぶせちゃったんだ。洗ってるのを見られるのは恥ずかしいって、裏の井戸へ洗濯に連れて行くんだよ)」 「ひそひそ……(ああ、なるほど……)」 よく考えればおかしいと気付くだろう。 しかし屋内にもかかわらずフードを被っている女性の容貌と、日ごろ伝わっている彼女の気性とで (それもどうかとは思う)僕の嘘は割と信憑性を持って届いたようだ。 「それならまあ仕方ないね」 「じゃ、そういうことで」 三人に行こう、と合図して歩き出す。 誤魔化せたことにほっと一安心した、そのときだった。 「……ちょっと!」 後ろから声がかかった。 「……何か?」 それには答えず、彼女は僕を通り過ぎてつかつかと三人に歩み寄る。 やばい、もうおかしなところに気付いたか? そう焦る僕の目線の先で、給仕の子はバレッタさんの目の前に立った。 「そのエプロンボロボロじゃない。ほら、これに換えなさい」 「え、え?」 あたふたするのを意にも介さず、傷だらけのエプロンが奪い取られた。 「こっちは補修に出すわ。接客業なんだから身なりにも気をつけないとダメよ」 「あ、はい」 バレッタさんが返事をすると、給仕の子はエプロンと洗濯物を抱えなおし去っていった。 「ふう、驚いた」 「そうね」 渡されたエプロンを着用しながら彼女が返事をする。 「ところで」 「はい?」 「あの子を騙すのに、なんか随分なこと言ってなかったかしら?私の勘違いかしら」 「……さ、また誰か来る前に行こう」 僕は絶対振り向かないよう心に念じながら歩き出した。 後ろから飛んでくる視線に耐えつつ、しばらくして裏の畑の端の、森の中へと続く細い道が見えてくる。 「ここを通って、森を抜けても真っ直ぐ道を行けばドーマ火山です」 「もう暗いし気をつけるのよ」 「はい。……本当に、ありがとうございます」 旅の装束を調え、二人は並んで僕達の前に立った。 「色々お世話になって、本当にありがとうございます」 「恩に着ます。なにかお礼が出来るといいのですが」 「気にしないでいいわよ」 「お客様の役に立つのは仕事ですから。今度は堂々と温泉に入っていってくださいね ……ああ、あとお礼はいいですけど今回の宿代は置いていってください」 「え、あ、はい」 「……あんた…………」 非難がましい目を向けられたがこればかりは仕方ない。この二人に代金の踏み倒しさせるわけには行かないし。 二人分の宿代を確かに受け取って、僕は二人に向き直った。 「じゃ、お気をつけて」 「はい。ありがとうございました」 「また次の機会に」 そう言って、二人は森の中を西へと歩いていった。 ―――――――――――――――――――― 「さて、気付いたら夕ご飯食べ損ねたね」 「げっ」 「仕方ない、たまにはこんなこともあるさ」 「えぇー……?」 休憩時間はすでに終わり、夜の仕事が始まろうとしていた。 夕飯が食べれなかったのを笑って流そうとすると彼女が恨みがましい目を向けてくる。 「食事抜きであんた平気なの?」 「アイゼンの使用人たるもの、一食や二食食べなくたって」 「理解できない……」 彼女がげっそりと呟いた。 たははと言うしかない僕の視界で、向こうからニコレットさんがやってくる。 「いたいた、どこ行ってたの?クタベさんから、二人は宴席の設置に入るようにって」 「よっし、大仕事!」 「しかもよりによってこんなときに大仕事だし……あんたは嬉しそうだし……」 「だって、何か大変な仕事を任されると頼りにされてる気にならない?」 「うーん……前線で初めて斥候に任命された感じかしらね?それなら私にも分かるけど」 そっちが僕には分かりませんが。 「ともかく掃除からだよね。時間も無いし速攻で片付けないと! 桶に水汲んでくるからホウキとってきてくれる?」 「はいはい了解」 仕方ない、というように肩をすくめて彼女は苦笑いした。 よし!両手を打ち合わせて気合いを入れる。 僕達は、完全に気分を入れ替え張り切って大仕事を片付けにかかった。 ニコレットさんが言い忘れたように口を開いたのは、そのときだった。 「……あ、それと」 「?」 出鼻を挫かれてよろめく僕に、首をかしげながらニコレットさんは言う。 「申し訳ないんだけど、それが終わったら122号室の片付けに行ってくれる? そこのお客さんが急用とかでいきなりチェックアウトしちゃって」 「はぁ……。……、ちょっと待って、それってどんな人でした?」 「え……、髭生やした中年のお侍さんだったけど?」 「「……………!!」」 僕達は息を呑んだ。 「何かあったのかって聞いたけど、待ち人が出たとか言うばかりでよく分からなかったのよね。 と……まあそういうわけでよろしくね」 立ち去るニコレットさんの背中を見ながら、僕達はただ立ち尽くす。 どうする?どうする?どうする? どうするもこうするも、ない。 「……あの二人を追いかけよう」 「え……」 彼女が僕の顔を見る。 「……仕事はいいの?あんた」 僕は振り返った。 まったく手のつけられていない広間が、僕の目の前に広がっている。 そして僕は視線を戻した。 はっきりと言う。 「仕事より大切なことなんて、いくらでもあるさ」 「……」 ゆっくりと、彼女の顔に明るい表情が広がった。 「そうよね!」 すぐさま僕達は走った。 前方を歩くニコレットさんを追い抜きざま、後の事を頼む。 「すいません急用です!仕事は誰か他の人に」 「!?ちょ、ちょっと!?」 「ごめんね!!」 いきなり追い抜かれると同時に無茶を言われ慌てるニコレットさんを後ろに、 僕達は宿を飛び出し、裏庭を抜け、細い道の通る森の中へと飛び込んだ。 明かりの差さない真っ暗な森の中、何度も足をとられそうになりながら走る。 「遅い!もっと早く走れないの!?」 「無、理っ、これ以上だと、途中で息がっ」 それにしても彼女は速い。 僕だって連日の激務でそれなりに体力に自身はあったのに、彼女はそれ以上のスピードで息を切らさないんだから。 「ネバンでうけた訓練じゃこのくらい普通だったわ!とにかくもっと早く!!」 急かされ急かされ必死で走るが、なかなか二人の姿は見えてこない。 まだか!?まだそんなに遠くには行ってないはずなのに…… 次第に木立は薄くなり、道は広がって前方の景色が森から草原へと変わっていく。 木々のトンネルが途切れ、ついに僕達は森を抜けて月明かりの下へと飛び出した。 ……いた! 森を抜けてすぐ、向こうにあの二人の姿が見えた。 と、そこに見える姿が二人だけでないことに気付いて、僕は急ブレーキをかける。 「……ストップ!」 「なに!?どうしたのよ?」 「……遅かった!捕まってる!」 「く……」 「旦那様が心配しておられます。おとなしくお家に帰ってください」 「……………」 「今なら何も無かったことにしよう、との事でした。さあ」 「嫌です!!彼と結ばれないのなら、絶対に帰りません!」 「……穏便に事が運ぶなら、今までの働きに免じてその使用人にも害を加えぬようとの仰せです」 「……………!!」 二人を取り囲んでいるのは見知らぬ三人の男達だった。 そのいでたちや雰囲気から、なんとなく用心棒ではないかと思わせる。 「ちっ……」 「待って!」 今にも飛び出していこうとする彼女を押し留める。 「何よ!?」 「まずいんだ!今ここで飛び出していけば、よしんばあの二人を逃がせたとしても ニギリオの従業員が邪魔をしたことが分かって後々僕達がまずい!」 「そんな、悪いのは連れ戻そうとしてる方でしょ!?」 「アイゼンでもそれが通ってたら、駆け落ちなんて最初っから無いよ……!」 「……!!」 彼女が真剣な目で僕を見る。 言いたいことなんて分かっていた。 それじゃあここで何もせずに傍観しているっていうのか。 そんなことするものか! だけど、何か方法は…… 「……バレッタさん」 焦燥に駆られた様子で向こうのいきさつを見守っている彼女を呼ぶ。 「何?」 「……やっちゃって」 「……いいの?」 彼女が僕の顔をを窺うように覗き込む。 僕は大きく頷いて見せた。 「いいの。その代わり、速攻でのしてね」 「オッケー……!」 ゴーサインを受けて彼女が立ち上がった。 闘志に爛々と目を輝かせている彼女は不敵な笑いを浮かべ、僕を見下ろして言う。 「よーく見てなさい、コレル……」 「っ……?」 「私の本気を見せてあげる……この前のチンピラがマグレだったってことを教えてあげるわ……!!」 言うが早いか、彼女は一気に飛び出して僕の視界から消えた。 「―――っ……」 「!?」 二人を取り囲んでいた三人の男のうちの一人。 その目の前に、突然彼女は現われた。 「……やっ!!」 「っぐっ……………!」 ―――――速い!! 男が何か反応しようとしたときには、彼女の左膝が男のみぞおちにめり込んでいた。 さらに追撃の右膝が肩を穿ち、男の左半身を強引にこじ開ける。 そしてそのまま、彼女は空中で一回転しつつがら空きになった左サイドへ渾身の後ろ回し蹴りを叩き込んだ。 人一人を昏倒させるのに十分すぎる威力を待った蹴りを受け男が吹き飛ばされる。 一息に三段の蹴りを放ってようやく着地した彼女が、次の獲物に狙いを定めた。 「っ……!!」 彼女と目が合ったもう一人が反射的に鞘に収められた刀を構えようとする。 それと同時に、彼女が跳んだ。 「……しっ!」 「うぉっ!」 男が体重を乗せて前に出された左足をとっさに鞘で受け止める。 脇に流されて勢いが殺がれ、彼女は男の目の前に着地した。 「……このぉっ!!」 この好機に、男が鞘に納められたままの刀を鋭く振り下ろす。 ……その先端が地面を打ったとき、彼女はそこにいなかった。 空中で、ひらり。 真上に跳んだ彼女が一回転してその頭を強烈に踏み抜いた。 「ぐっ」 顔から崩れ落ちる男を見ながら僕は感嘆する。 強い! 確かにこれなら、この前追い詰められた詐欺師に捕まったことなどまぐれとしか言いようが無いだろう。 この前のはただ刃物をもっただけの無法者だったが、今回は本物の用心棒なのだ。 それを奇襲とはいえろくな反撃もさせないなんて……? 感心してばかりもいられなかった。僕も飛び出し、二人と残った用心棒の間に割って入る。 「下がって!」 「……あなた達!?」 「二人とも下がってください!……最近この辺に出ると噂の夜盗です!!」 「!?」 思いもしないことを言われて二人が驚いた顔をした。いいから合わせて! 驚くのは二人だけじゃない。 残った用心棒の男もまた、思わぬことを言われて虚を突かれる。 男は戸惑い、そして自らの身分を証明しようとうろたえた。バレッタさん――! 「馬鹿なことを言うな!我々は――」 「……ちょやっ!!」 「がっ!?」 間に合った。 言わせる前に、二人目を倒したところから接近するまでをそのまま助走距離にした飛び蹴りが頭を打ち抜く。 自分達の正体を証明しようとした寸前で気絶させられた男が草原に倒れこむ。 三人が三人とも気絶したことを確かめた上で、彼女が戦闘態勢を解いた。 「……というわけで、僕達はお客さんが襲われてるのを見て 夜盗に襲われていると勘違いしてそのままのしてしまった、ということでよろしく」 「オッケー。だけど、それで誤魔化せる?」 「ウチの敷地内でお客さんを襲ったのは事実だし、つっぱねられるよ」 「そ。ならいいわ」 「……あの……」 呆気にとられていた女性がおずおずと声を掛けてくる。 僕達はほっとして二人の下へと駆け寄った。 「ああ、無事でよかったわ」 「追っ手かもしれない人がいきなりチェックアウトしたって聞いて。心配で追いかけてきたんです」 「あ……ありがとうございます……」 「……助かりました。私ではとても太刀打ちできなかったでしょう……お恥ずかしいです」 「気にしない、バレッタさんがおかしいだけですから」 言い終わるや否や上体をのけぞらせてハイキックを避ける。 「ちっ。……そういや追っ手はあのヒゲ侍かと思ったんだけどね。どっちにせよ間に合ったからいいけど」 「この三人にはここに来たとたん囲まれて、他の人は見ていません」 「うん。さてコレル、ここでまたさよなら気をつけてってのもなんかアレだし、 どうせだからドーマ火山まで送っていかない?仕事を残してきたのが気になるのは分かるけど」 「う……どうしよっかな……」 ここで断るとなんだか僕が悪い人になるような気がする。 横目で盗み見た女性の表情にはとても嫌とはいえない期待がこもっていた。 「あの、私……お二人にも来て頂けるととても心強いです。お話もしてみたいですし……」 いや、まあいいんだけどね。 結局のところここまで来て断れるほど薄情でもないし。 僕が同意すると、そこで女性ははっと気付いたように男性を見た。 「あ!?え、えと、違いますよ、あなたが頼りないとかそういうわけじゃ全然なくて、あの」 「はは……分かってます」 「本当に?あの、あなたがそうしたいならやっぱり二人でも」 「本当に。私もお話したいと思ってたんです」 「……良かった!」 ううむ……普通ならそう言われても気に病ませないための口実なんじゃないかと 疑ってしまいそうなところだが、さすがお嬢様、純真さが違う。 それとも信頼かな? 僕がそんな感想を抱いていると青年がこっそりと僕に話しかけてきた。 「しかし、本当にすみません。急に駆けつけて頂いたという事は、お仕事を中断してまで我等を案じてくれたということでしょう」 「え、いや、気にしないでいただいても」 「いえ。私も先日まで使用人でしたから、仕事をほっぽり出すことがどれほど心残りになるか分かっているつもりです」 そういえばそうだった。 となると僕も、よその使用人の話を聞いてみたくなったりもするというものだ。 「やっぱり上級貴族の家でも、使用人の仕事は同じなんですか?掃除とか雑用とか」 「そうですね……基本的にはそうです。 しかし主人が上級貴族となると、従者にもそれなりの品格が要求されますから……」 「そういうのを教わったり?」 「ええ、働かせるための使用人に教育を受けさせるんだから不思議な話ですよね」 「いいなー、エリートなんだ」 「そんな……」 「でも、おかげで彼とは小さい頃から一緒にいられたんです。ううん、小さい頃から一緒だったから 好きになったのかしら……色々ありましたよね」 「お稽古が退屈で上の空だったのをかばって一緒に立たされたり、 私がとめるのも聞かず竹林をどんどん冒険していって帰れなくなったり、 あの頃は振り回されっぱなしだった気もしますが」 「う……ひどいです」 「でも、あのお転婆だったあなたがこうして立派な淑女に変化を遂げたと思うと感慨深いですね」 「そうですね……思えばきっかけは野良犬にいじめられていたときに あなたに助けてもらったことかもしれませんね。ありがちな話ですけど」 「そう……ですか?」 「ええ」 「いいな、幼馴染でもあるから分かる話ですよね。 僕にもいないではないですけど男だし性格があれだしなあ……手紙の返事も返ってこないし」 「腐れ縁、というのも後からすればいいものかもしれませんよ?」 「ですかね」 そういうものかもしれない。 しかし、納得していくらか気分を明るくする僕とは裏腹に、青年の方は暗い面持ちになってうなだれた。 「しかし……そう思うにつけても旦那様達を裏切ったのは申し訳ないです。 身よりもない私に教育を受けさせ、彼女の傍に置いてくださるほど信頼して頂いたのに」 「……いつか、分かってもらえます。 今は父も、冷静ではいられなくてなにがなんでもという気持ちでしょうけど 何年かして、孫の顔でも見せに帰ったらきっと許してもらえますよ」 「……………」 少しして、青年の顔に薄っすらとながらも笑みが浮かぶ。 「……そうだといいですね」 「はい」 僕は知っている。 人間とルシェの間に子供が出来る確立は、ほとんどないと言えるくらいに小さい。 それでも僕は、どうかこの二人に子が授かるようにと願わざるを得なかった。 顔を見合わせて笑う二人にこっちのテンションもにわかに上がってきた。疲れたのかもしれない。 「さて、そのためにもうまくミロスに渡らないと。行きましょう、二人とも」 「そうでした、ここでのんびりと話をしてる場合じゃなかっですね」 「本当に。つい私ったら……」 「問題ないですよ。さ、バレッタさんも……どうしたの?」 そういえば彼女は一切話に加わっていなかったことに気付き、向こうを見ている彼女に目を移す。 最初話に置いてけぼりにされたせいで拗ねているのかと思った僕は、 彼女のぴんと尖って震えている耳と真剣な表情からそれが間違っていることを悟った。 「バレッタさん」 「問題なく……ないわ。もっと早く気付くべきだったんだけど」 「!!」 向こうの方から、お互いに声を掛け合いながら何者かが近付いて来るのが聞こえてくる。 あっちだ。いたぞ。そっち側へ。……何者かなど考えるまでもない。 気付けば僕達は、七人ほどの下級武士風の男達に囲まれていた。 「おい、大丈夫か?」 「うぅっ……」 男達がさっきのした三人を起こしている。 「これは……さすがにわがままが過ぎますぞ!」 「どうする……?」 「やむを得まい」 「お嬢様、最後の警告です!今大人しくここで帰ってください! でなければ力ずくで連れ帰らざるを得ません!」 女性がびくりと震えた。 僕は視線を逸らさないようにしながらバレッタさんにそっと耳打ちする。 「バレッタさん……これ……何とかできる?」 「無理よ。さっきは奇襲でしかも数が少なかったのよ?まああんたが戦ってくれりゃ逃げるくらいは……」 「ごめん僕無理」 「はあ!?この前のチンピラ相手に立ち回ったのはなんだったのよ!?」 「あれは刃物をもってるだけのたいして一般人と変わらない人だったから僕にも何とかなったのであって…… さすがに稽古もしてない護身術で本職の人を相手にするとかとてもとても」 「ちっ……それでも。降伏したりするわけにはいかないのよ。……やってくれるでしょ」 それは彼女の、僕に対する信頼に賭けようとしているように思えた。 「……………分かってる。義理と意地にかけて、逃げ出したりなんかするもんか」 「よし、それでこそルシェよ」 青年もまた腹を括った表情で僕の横に出た。 「私も争います。例え叶わないとしても、彼女を諦めたりはできません」 「オッケー。男を見せてちょうだいね」 彼ははっきりと頷いた。 そんな彼の後ろで、彼が手に入れようとする女性はただ一人思いつめた顔でいる。 「あ……私っ……」 「待って」 女性が何か言おうとするのを彼女が遮った。 「あなたのために大の大人が三人、しかもその内一人はあなたの恋人が身体を張ろうってのよ。 それをあなたが『心配だからやめて』なんてありえないわ。 ……あるとしたら私達を信じるか、もしくは自分も戦うかよ」 「!」 うつむき、きつく目を瞑りながら女性は手を握り締めた。 そして顔を上げ、彼女はきっぱりと言う。 「分かりました。最後まで逃げましょう」 「よし……!」 僕達の抵抗の意を知った男達は目配せしあう。 「いいのか?」 「仕方あるまい……」 男達がじりじりと間合いを詰めてくる。 それに合わせて僕達は強行突破を図るべくぐっと身構え…… 場にそぐわない気楽な声が聞こえてきたのはそのときだった。 「ちょーっと待った!!……おうおう、また剣呑な事になってんな」 「!?」 一斉に視線が向けられたそこにいたのは、あのお侍さんだった。 「あいつ……!?」 彼女が思わず声を漏らす。 彼はぐるりと辺りを見回して僕達の連れている二人をその視界に収めるとにかりと笑った。 「おう、久しぶりだな!」 「「!?」」 知り合い!? 思わず僕とバレッタさんは二人のほうに顔を向ける。 そして二人が返した反応は、 ?? 二人して思いっ切り首を傾げるというものだった。 「おいおいそりゃねーよ」 「え?あの?だって……」 「忘れちまったのか?お前さんが小さい頃はよく遊んでやったろうが。 お前の親父の兄貴だよ」 「え……伯父様!?え、だって、私の知ってる伯父様はその、身なりもちゃんとしてて、清潔で、 それにお家のために昔数々の功績をあげた立派な方だと……」 「今はみすぼらしくて汚くてそのへんのオッサンにしか見えないってか」 「あ、いや……!」 「まあいいよ。坊主も坊主だぜ、俺様のことはすっかり忘れちまったのか?」 「……今思い出しました、本当に申し訳ありません」 「あーあーいいっていいって、落ちぶれたのは本当だからな。 さて……どうでもいい話はこの辺にしてだな」 なんだか話についていけないが、要はお侍さんは二人の知り合いだったらしい。 お侍さんは腕を組み、周りの男達に向けてしゃべりだした。 「俺様もな、昔はそりゃあ実家のためにいろいろ働いたんだよ。 そいつが言った立派だった頃ってのはその頃だ……まあ頭も悪かったし専ら武勲を上げてたんだが。 弟はそっちの方はからっきしだったしその分もと思ってそれなりに貢献はしたつもりだ。 で、その頃の心の癒しがこいつら二人だったわけだなぁ……むさい男の心に爽やかな風をくれたわけだ。 その二人が大人になって結婚するって聞いたときは、そりゃ我がことのように喜んだよ。 けど頭の固い俺様の弟がな……まあ俺様が社交方面はからっきしだったせいでああなったって面もあるんだが…… あとは男親特有のアレだな。で二人の結婚を認めねえときやがる。それでちょっと手助けに来たんだよ。 まあ、お前さんたちも上仕えの身で窮屈なのは分かるんだが。あいつには俺様からよく言っとくからよ、 今日のところは退いてくれねえか」 男達の間にざわざわというどよめきが起こる。 どうする? 旦那様の兄上様といえばあの有名な…… 本来なら家を継ぐ立場の…… しかし…… 男達の中の一人が踏み出した。 「あ、貴方様が旦那様の兄上殿であられるという証拠は?」 「証拠か?証拠といえるものは特にねえんだが……」 「そ、それではやはり、我々としても見逃すわけには」 「あーはいはい分かったよ」 お侍さんは分かった分かったというように手を振り、一歩踏み出した。 「仕方ねえな、要はこういやいいのか」 そして僕達に背を向け、たった一言。 「失せろ」 僕の隣のバレッタさんが一瞬後ろに飛び退りそうになったのを、僕は確かに見た。 背筋を突き抜けた威圧感、これが侍の使う『鬼の形相』の力だろうか。 これだけでその人が本物だと分かる圧倒的な威圧だった。 「……な、俺に免じてよ」 彼が先程の威圧とは正反対な穏やかな口調で言う。 男達はなおも少しの間動かなかったが、誰か一人の口にした「旦那様に確認しよう」という 一言を合図に一人また一人と逃げるように去っていった。 「おお、俺様の貫禄も案外捨てたもんじゃないな」 男達がいなくなり、お侍さんが気楽な口調で口を開いた。 二人が彼の元へ寄っていく。 「伯父様、本当にありがとうございます」 「なーに、かわいい姪っ子のためならな。あと、甥も同然なお前さんも」 「……本当に、ありがとうございます」 「気にすんな。……お前さんらもこいつらに協力してくれたみたいだな?ありがとよ」 「あ、いえ」 「………」 おもむろに声を賭けられた僕は少し戸惑いながらも返事をする。 しかし、彼女はといえば根に持っているのか、返事をしなかった。 「ん?なんだ?ありがとってばよ」 「………」 「なんだ、嫌われてるみたいだな」 「あー、その」 僕は一瞬迷い、正直に言うことにする。 「彼女ネバンプレスの人なんで、亜人と呼ばれてヘソを曲げてるんです」 「ちょっ、コレル!?」 僕がお客さんにこんな事を言うなんて以外だったのか彼女が声を上げるが、 なんとなくこの人には腹を割ってしゃべってしまった方がいいような気がしていた。 「あー、なるほどな。……すまん、この通りだ」 お侍さんがあっさりと手を合わせて頭を下げる。 こうされては彼女も、 「う……いいわよ……」 と言うしかなかった。 「おう。で、だお前ら」 お侍さんが再び二人に向き直る。 「ああは言ったものの、正直弟に諦めさせられる気はしない。 せいぜいが時間稼ぎするくらいだ、それは分かってくれ」 「……はい」 「しかも俺様も、今や大した立場も持ってなくて弟の手の者を何度も追っ払えん。 アイゼンに戻って時間稼ぎをするにしてもお前らについていてやることはできん」 「はい」 「それでも行くんだな」 「もちろんです」 二人でそう言った彼らは、僕達の目の前にやってきて言った。 「ここまでありがとうございました」 「お二人は戻って下さい、ここからは二人で行かなくては」 「でも……」 「いいの?」 「はい。必ずミロスにたどり着いて、お二人に手紙を出しますから」 「では、急ぐので行きます!ちゃんとしたお礼も出来ませんが、お二人のことは忘れませんから!」 そう言い残し、二人は連れ立って走り出した。 お侍さんが二人の背中に声を掛ける。 「弟が手を回したせいで、密航は無理だぞ!どうするんだ!?」 青年が立ち止まって叫び返した。 「……こうなったら隙を突いて一度本土に戻り、歩いてトドワの丘を越えます!! 一度は諦めた案ですが、他にはありません!彼女は必ず守り通しますから!!」 再び駆け出していく二人の影を見ながら、お侍さんは感慨深げに呟いた。 「は……本当に大人になったな……」 「あの」 僕が声を掛けようとすると、彼は僕を見下ろしてにやりと笑った。 「なあに、心配すんなって。俺様もアイゼンまではついていてやるよ。 その後も要は『こっそり』助けてやりゃいいんだ、『こっそり』な」 「……そうですね!」 僕がほっとして笑うと、バレッタさんももじもじしながら口を開いた。 「まあ……頼むわよ。あの二人」 「おう!じゃ、俺様も行くぜ!今度きたときはゆっくり泊まって行くからな!」 「はい、お待ちしております!!」 元気よく返事をすると、お侍さんは壮年の男性とは思えない速さで風のように走り去って行った。 後には、月明かりに下に僕たちだけが残される。 「……………」 「……帰ろっか」 「そうね」 彼女はもう一度、三人が去っていった方向を見る。 「……頑張ってね!幸せになんなさいよ!」 「……」 「……さ、行きましょうか」 「うん」 そして僕達は、帰った後仕事を放り出したことでどんなことを言われるか、 そんなことをあれこれ騒ぎながら帰路に着いた。 ―――――――――――――――――――― 追記: それからしばらくして、ニギリオの宿にミロスから一通の手紙が届いた。 差出人の名前は無かったが、ミロスに着いた、ありがとう、ただそれだけが書いてある手紙だった。 その日僕達はいつもよりにこやかにしながら、何事もなかったかのように仕事に励んだ。 追記2: 今日、廊下のくずかごに日付の古い雑誌が捨てられていた。 恐らくお客さんが置いていったものを誰かが広い、今まで読んでいたのだろう。 ちなみにそれは大衆向けの女性雑誌で、内容は『これで相性もバッチリ判る?血液型占い特集』だった。
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/36.html
コレル:第一人称。骨の髄まで奴隷根性の日和見使用人。 バレッタ:ネバン的ルシェ魂至上主義の少女。 ニコレット:先輩の優しいお姉さん。 おっ侍:以前の一悶着で知り合った常連。 「……ふにみとっ!」 「あうっ」 ちなみにこれはルシェ言語ではなく、気合いの掛け声なのだそうだ。 こんにちは、今日はいきなり床に激突0,2秒前です。 今日も僕は元気にこのニギリオの宿で働いている。 同僚と笑ったり上司にいびられたり仲間と口論したりする毎日だが、相変わらずそれなりの暮らしだ。 世界が激動の渦に巻き込まれる中、この宿がそれに巻き込まれるのはまだ先の話だった。 さて、残念ながらこの状況から僕を救出できる人物はこの場におらず、僕は0,2秒後にきっちり床に激突した。 どすんっ! 「……ふんっ!」 床に倒れこむ僕の向こうで、僕を蹴り倒した張本人――バレッタさんが鼻を鳴らして歩いていく。 「今日も派手だなぁおい」 ここは宿の使用人控え室。 僕は助け起こしてくれたハンコツさんに礼を言いつつ、テーブルに座って蹴られたところを抑えた。 「しかしまあ、毎日毎日よく懲りないもんだ」 「おかげで最近一発じゃのされなくなりました……」 あれだけ蹴られたら体制もつくってものだ。 それにしても、僕は我ながら世間一般的な常識人であるという自覚があるのだけど、 どうも彼女の前ではあれこれ余計なことまで喋ったり頓珍漢な答えを返してしまったりする。 おかげで僕は日々大小時には意識無意識を問わず彼女の暴力的なツッコミをこの身で受け続けるわけだ。 ちなみにそれは大概彼女について考えているときに起こるので、 余程僕は考え事をすると迂闊になる性質と見える。考えてることが口から出ないように気を付けよう。 「それにしても」 と、ここで僕は考えを切り替え、先程ふと心に浮かんだ事を考えてみることにした。 脳裏に浮かぶのは、反射的に蹴りを繰り出すときには必ずと言っていいほど正確に頭部を狙うバレッタさんの姿。 「理不尽だ……」 「んー、まあな。多少は自業自得のもあっけど、大体はそのくらいで手を出すなよって感じだしな」 「あ」 先程注意しようと思ったばかりなのに早速考えが口に出ていた。やはり阿呆だ。 「口に出てました?」 「ああ。蹴られるのが理不尽だって」 「あ、いやそこじゃないんです」 「?」 「えーと……その、そういうつもりじゃないんですよ?ただ、ちょっと思っちゃっただけで」 「いや分かんねーよ、最初から話せ最初から」 少し慌ててしまい、訳の分からない弁解をする僕をハンコツさんが嗜めた。 叱られて少し落ち着いた僕は、努めて冷静になろうともう一度口を開く。 「その……ですね。……見えないんですよ」 「?」 「彼女、給仕服だからスカートはいてるじゃないですか。 で、思い切り蹴飛ばすときには大体頭を狙ってくるんです」 「ああ」 「……普通、見えちゃうと思いません?」 「……………お前……………」 「あ、いやだから見えたらいいって訳じゃなくでですね! その、普通見えるはずなのにどうして見えないんだろうとただそれだけで……」 「ああ……分かった、分かったよ。ただ、後ろ……危ないぞ」 「へ?」 つられて僕は後ろを向いた。 ……そこでは今まさに顔を真っ赤にした彼女がその右手をテーブルに叩きつけ、 その反動とともにテーブルを一直線に僕に向かって飛び越えてくるところだった。 「……トニミイッ!!」 ぐしゃっ! どちらかというと顔面を水平に踏みつける感じで彼女の蹴りが僕の頭部を壁に打ち付ける。 ……やっぱり、見えなかった。 ―――――――――――――――――――― まあ、前述のように馬鹿なこともやっているが基本的にこの宿は平和だ。 日常的に裏家業の人やハントマンが入り浸り、一日一回はどこかで揉め事が起こるけどそれでも平和だ。 そんなある日のお昼のことだった。 「……だからねー、あんたもルシェの誇りさえあればそこそこいいセンいくと思うのよ」 「むー……」 僕達は二人で控え室にて昼食の最中だった。 掃除のキリのいいところということで、少し早めの昼食でいるのは二人だけだ。 二人で向かい合うテーブルの横では、備え付けられた中古品のテレビが通信販売の番組を流していた。 ……正直、何でこんなところにテレビがあるんだろうとか 見てる人が世界にどれくらいいるんだろうとか 今流れてる『ヨクワカル商販』にしたって十分お客がいるのだろうかとか プレロマが復刻する前史文化にも優先順位というものがあるだろうとか そもそも電気はどこからとか突っ込みどころは満載なのだが、 木で出来た古びた部屋の隅っこの上に薄汚れた小さなテレビが 設置してある、という光景が理不尽なほどしっくり来るため何も言えなかった。 「……聞いてる?」 「あ、うん」 ほんとは少し気が逸れていたが、それでもちゃんと聞いてはいたので僕はそう返事する。 「だからね、やっぱり人間一本通った筋を持ってるほうがいいと思うの。 せっかくルシェに生まれたんだし、どうせなら受け継がれてきた血を重んじて、 誇り高く生きれたらいいと思わない?」 「むーーー……」 最近バレッタさんは僕をルシェの魂に目覚めさせようとご執心のようだ。 それで彼女に何の得があるのかは分からないが、きっと何かいいことがあるのだろう。 「分かるんだけど、分かるんだけどね」 「やっぱり消極的、っていうか不満そうよね。なにがイヤなのよ?」 「いやなんか、その考え方を受け入れるとそれって、ルシェだから勇ましくないといけない、とか、 ルシェだから戦うべきだ、とかってのを受け入れることになると思うんだよね。 自分がどんな人でどんなふうに生きるかは種族に関係なく自分で決めたいというか」 「言いたいことは分かるけど。でもそれはそれとしてあんたはそういう生き方を選ぶ気はないのかってことよ。 世界には同じようにルシェの魂を持った仲間達が一杯いるし、その仲間になりたいかどうかってだけよ?」 「でもなあ……」 「でも、何よ」 「結局のところネバンプレス的な考えだし」 「あんたねえ……」 彼女が茶碗を置きながら呆れと腹立たしさの入り混じったため息をついた。 「ほんっとにあんた、ネバンが嫌いなのね。そりゃアイゼンの民だし仕方ないかもしれないけど、 そこまであからさまだとさすがにお手上げだわ」 「別にそんなこと言ってないじゃないか。ただ僕はアイゼン人だからネバンプレスの考えが合わないってだけで」 「同じことじゃない。大体、ルシェの誇りはネバンだけの考えじゃないわよ。 さっきも言ったけど、世界中に同じ魂を持つ仲間達がいるんだし」 「どっちにしたって僕はそういう人たちの外側にいるんだから同じことだよ」 「はっ……まあね。そりゃ下級階層でいることに慣れきったアイゼンのルシェ達じゃ期待できないかもね」 「(むっ……)下級階層で何が悪いのさ。貴賤の差こそあれ、アイゼンではそれぞれの階級が それぞれの役割を果たしあって国を動かしてるんだよ、そっちこそ相変わらず偏見を持ってるじゃないか」 「人がそれなりに考えて話したのに、あれこれ渋った挙句ネバンだからって理由で ルシェの誇りを蹴られちゃこのくらい言いたくなるわよ。それなら最初からそう言やいいのに。 大体、偏見とか言うけど事実は事実じゃない。社会の役割を果たしてる?それはそれでいいわよ。 でも結局は事実として、貴族階層に逆らうすべもなく搾取される現状じゃない。口車に乗せられてるだけよ」 「そうかもしれないけど、それは国として改善していく問題であってルシェの魂とは関係ないじゃないか。 大体、生まれたときからルシェとはこうあるべきだなんだと教えられ続けてそういうものだと思い込んで、 それこそ口車に乗せられてるのはどっちさ。そういうのは根拠もなく考えが固定されてるとは言わないの」 「……!根拠が無くなんてないわよ!プレロマの公式な調査でだって、 ルシェとヒトとは遺伝学的にも統計学的にも性質の方向性に明確な違いがあって、 明らかにルシェの本質というものは思い込みでもなんでもなく実際に存在するって出てるんだから!」 「そうだとしても、それに従ってそういう道を選ぶかどうかは個人の自由だよ。 ネバンプレスみたいに国民皆が同じ考えをしてるなんて、それって少し怖いと思わない?」 「ぐぐ……………!! 最初っから階層社会に組み込まれて、その一員になることを強制される国の住民に言われたくないわ!」 「そうだね。所詮お互いに自分の事を棚に上げあってるだけだし」 「ふん……!話し合うだけ無駄だったようね。所詮民族としての歴史が違うのよ」 「そうやって民族の話として片付けちゃうところが僕から見てネバンプレスの変なとこだと思うけどな」 「っ、ああそうね!ついでに言うならきっと私達の祖先とあんた達の祖先が別れるとき アイゼンには新天地を目指す気概の無い連中ばっか残ったから今みたいな状況になったんでしょうよ!」 「逆に言うと気の荒い人ばっか出て行ったからあんな国が出来たとも言えるね」 ……ぱきんっ! 何の音かと思いきや、彼女の手に握られていたお箸がその握り締める圧力に耐えかねてへし折れた音だった。 半分の長さになってしまった箸がころころと音を立てながらテーブルを転がっていく…… ……………怖くて直視できません。 「ああお腹空いた!先に上がってたのね、お疲れ!」 救いの天使がやってきたのはそのときだった。 危機的な空気など何のことやら、先輩のニコレットさんが陽気に控え室に飛び込んでくる。 「ニコレットさん」 「もう今日は朝から忙しくて忙しくて!さて、私もご飯頼んでこなきゃ…… ……どうしたの?何かあった?」 「別に……先、行くわ」 彼女は不機嫌そうに言って部屋を出て行った。 見送ったニコレットさんがポツリと一言。 「ほんとにケンカばっかりねえ……」 「すいません」 本当の所は、分かっているのだ。 ネバンプレスに伝わる古語をルシェ言語と呼ぶことからも分かるように、 人口、文化、どれをとってもネバンプレスこそルシェとしての民族性を持った国と呼ばれるべきだ。 それに比べれば僕達アイゼンに暮らすルシェなどマイノリティーといわれても仕方がない。 けど、それを彼女が言うたびについ反発してしまうんだよね。 自分達をアイゼン・ルシェ、彼女達をネバン・ルシェと呼ぶように僕にはネバンプレスに対する対抗心がある。 それ故に僕は、どうしてもネバンプレスの考え方である『ルシェの誇り』には それが良い考え方かどうかに関わらず抵抗感が生まれてしまう。 僕をルシェの誇りに目覚めさせたいのは分かるけど……分かってくれないかなぁ。 彼女を追って裏庭に出て行くと、彼女は箒を抱えたまま蹴りの素振りの最中だった。 「ふっ!はっ!……せやぁっ!」 「……」 時には地面ギリギリに、時には空中で舞うように、空間を自在に使っての蹴りを繰り返す。 右手で柄を、左手で穂先を持つように抱えられた箒が何故か時折前に突き出された。 「あの……」 「うるっさいわね、さっきのことだったらもうあのくらいじゃ引きずったりしないわよ」 「そうですか……」 だから邪魔しないでというように鋭い蹴りを繰り出し続ける彼女は、しばらくそれを繰り返した。 やがて動きを止め、何か考え事をするように腕の中の箒を見つめて彼女はぽつりと言う。 「はぁ……鉄砲撃ちたいなぁ」 どんがらがっしゃん。 今とても古典的な効果音を立てたのは、僕が抱えていた掃除用具だ。 「……何よ、そんなに驚かなくたっていいでしょ」 「いや普通驚くって!だって、え、鉄砲……だよね?」 「そうだけど……別に、元々銃を使う職業なんだしそんなにびっくりすることもないでしょ」 「いやでも……え?銃を使う職業?」 「そうよ?あれ、言ってなかったっけ? ……私、ネバンのソルジャーなの」 「言われてないよっ!!」 衝撃の事実。ああ、でも、そう言われて見れば彼女と交わす会話の節々にそんなヒントがぽつぽつあったような…… 気付かなかった僕はやっぱり阿呆かもしれない。 と、そこまで考えて重要なことに気付き、僕は彼女に質問をぶつけることにした。 「え、ソルジャーってネバン軍の兵隊さんだよね……」 「言い方古いわね……まあ、そうよ。ネバン軍陸戦課所属、ちゃんとした正規兵よ?」 「それって……アイゼンには何かの任務で来てたり……?」 「ううん、旅行で来たってのは本当。ほんとはそんな事してる場合じゃなかったんだけど、いろいろあって。 だから軍のほうには失踪兵や脱走兵じゃなく、休暇中の失踪として登録されてると思うわ。 じゃなきゃ捜索対象になって誰かしら迎えに来るはずだもの」 ……よかった。 いや、彼女にすればよくないかもしれないが、ここにネバン軍が来て彼女の引渡しを要求したりしたら とんでもなくややこしい国際問題になるのは目に見えてる。 僕が一安心したのを知ってか知らずか、彼女はネバン軍について話し出した。 「ちなみに階級は伍長。どうも軍曹以上になるにはそれなりの経験がないといけないって 暗黙の了解があるみたいで、私みたいに優秀だけど若いってのは大体伍長なのよ」 「自分で優秀って言う?」 「まあ、ね。一応射撃でもA評価はもらったんだから。格闘はCだったけど」 「えええぇぇぇっ!?」 「ちょっ……何よ。私が射撃上手くちゃ悪い?」 「いや、そっちじゃなくて!!」 格闘がC。その言葉は僕に大きな驚きを与えた。 ネバンプレスのABC評価は僕の知っているものと順番が逆なんだろうか? それとも……ネバンプレスにはあのくらい朝飯前な人たちがわんさといるとでも!? 「受けに回ると弱いから一撃必殺を心掛けてるのよ……」 あ、なるほど。 「だから、私の本分は基本的に銃なの。基本はライフルだけど大体の銃器は扱ったわ。 そのうち拳銃も持たせてもらえるようになるはずだったんだけど」 「……人を撃ったことは……ある?」 彼女は振り向いて、肩をすくめた。 「幸いなことに……なんでしょうね。ないわ」 よかった。 ―――――――――――――――――――― 「おう、元気そうだな」 「こんにちはおっ侍さん」 別の日のことだ。 休憩所のテーブルに座るお客さんの一人に僕は呼び止められていた。 この前の駆け落ち騒動で知り合ったお侍さんだ。 本当ならおっ侍なんて呼び方をしちゃいけないんだけど、本人がそう呼べ言うんじゃ仕方ない。 おっ侍さんは今やここの常連として、たびたび僕達と言葉を交わしていた。 まあ、もちろん他の仕事もあるけどお客さんの相手をするのも仕事のうちだしね。 「ところで、相棒はどうしたんだ?」 「バレッタさんですか?それなら、今は物干し場です」 「んん、別に用がある訳じゃねえがな……元気にしてるかと思ってよ」 「彼女は僕よりもっと元気ですよ。元気すぎるくらいに」 「そうか……。で、どうだ。気は惹けてんのか?」 この手の話は老若男女関わらず皆好きだなぁ…… 僕はやれやれと思いながらも当たり障りの無いことを話した。 「いや、それが全然。相手にされないというより気付いてももらえない感じで」 「そんなもんか?まあ、あの性格じゃなあ……お前としてはどこがいいんだ」 「いや、どこというか……」 一目見て直感的にきたわけで、正直僕は彼女のどこがいいのかという質問に答えられない。 ただ感覚的に彼女に惹かれる、それだけだ。 しかしまあ、僕から見て彼女は可愛い。どこが可愛い? どことは言えないが、全体的に。 それでもあえて言うなら……僕は考えた結論を口に出した。 「耳、ですかね」 「耳?」 「強いて言うなら、ですけど。 なんというか、目は口ほどに物を言うっていいますけど耳も同じくらい感情が表れるし、 見てるだけで幸せになれますし、こればっかりはルシェの女性だけの特性ですよね。 人間の耳だとこうはいかない……」 「馬っっ鹿やろぉーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」 「うひゃあ!?」 突然おっ侍さんが怒号を上げた。 腰を抜かしかけた僕の前で、おっ侍さんは自らを抑えるようにぶるぶると震える。 「あ、あの」 「お前って奴は……」 「へ?」 「お前って奴は……人間の耳のよさってもんがわからねえのか!?」 「……へ?」 予想外だ。 っていうか、どう答えろっていうんですか。 僕は答えを返すこともなく、ただぽかんとするよりなかった。 「ちょっ……どうしました?」 先程の声を聞きつけてきたのか、ニコレットさんが慌ててやってくる。 「おう、聞いてくれ!こいつがな、こいつが、耳が可愛いのはルシェだけだとか抜かしやがるんだ! 俺様はもう情けなくて情けなくて……」 「……へ」 ニコレットさんも大体同じような反応だった。 「えっと……つまり、人間の耳にもルシェに負けない魅力があると?」 「当ったり前よ!」 そうなのか? 僕とニコレットさんは顔を見合わせ、分かる?いや全然、という意思交換を行ってから顔を戻した。 「「……」」 「……俺の耳を見てどうする!」 「え、だって、人間は男女で耳の形が変わらないし……」 「かーっ、分かってねえ、全然分かってねえよ。年頃の娘が照れて顔を隠す、その艶めく黒い髪の間から 覗く小さな耳がほんのりと赤く染まってるのになんとも言えねえ色気があるんじゃねえか。 大体どいつもこいつもルシェ耳ルシェ耳言いやがって、情緒ってもんがねえよ情緒ってもんが」 「そう言われても」 ……しかし、僕はこのおっ侍さんの意見に妙に肯定的な感想を抱いていた。 といっても人間の耳の良さに賛同したわけではない。 世の中の野郎共、特に人間達がやたらルシェ女性の耳をもてはやす事に対する反感に共感したのだった。 非常に悲しいことだが、一部の人間にとって僕らルシェの存在価値は ルシェ女性>>>>>(アイゼンとネバンプレスの文化の違いよりも高い壁)>>>>>ルシェ男性 という差別なんてもんじゃねーぞ!という認識を受けている。 彼らの目に僕達ルシェの男が入っていないという事実は、 ルシェの別の呼び名である『半獣の民』を見ても明らかだ。 僕達を見ろ。どこに獣の要素があるというのだ。 大体女性にしたって、耳が狐のような形をしているだけで半獣扱い。極端すぎやしないだろうか。 残念なことだが、この時代においてもなお一般的な人間達の間には 『人間がいて、それ以外の動物がいて、その中間にルシェがいる』 という認識が流れている。 階層社会のアイゼンや、ルシェの住んでいないミロスやマレアイアでは特にそうだ。 ……まあ、差別の象徴みたいなこの社会認識も仕方ないというところはある。 なんでも前史時代の頃、この星にルシェは存在しなかったのだそうだ。 人間から派生したのか、それ以外の動物が進化したのかは今なお謎とされているが ともかくそうやって後から出てきたのがルシェである以上、 ルシェを異分子や傍流とみなす社会認識が作られたのは仕方がないことなのだろう。 だから僕はミロスの人やマレアイアの人に特異な目を向けられても怒ったりしようと思わないし、 アイゼンで生まれつき最下階級となっていることにも納得している。 (それに、アイゼンの社会では人と違うことをするのには大きな勇気がいるから社会認識も変わり辛いしね) しかし、それらを許せたとしてもなお僕には許しがたいことがあるのだ。 それが前述した一部の野郎共のルシェ女性の耳に向ける好機の目線である。 たしかに彼女らの耳は可愛い。見ているだけで癒される。 しかしそれはあくまで魅力の一部であって、魅力の主体ではないのだ。 彼女らの本質を見ようとせず、その耳だけを見て褒めちぎるのは逆に彼女らに対する侮辱ではないかと僕は思う。 大体、好きになった相手がたまたま異種族だったというならともかく そうでないなら同種族の女性に目を向けるべきではないだろうか。 (こんなことを言うのは僕がアイゼンの考えに染まっているからかもしれない) それでなくとも普通に同種族結婚をしたいと思ってる人達は意中の女の子を巡って 激しい競争を繰り広げているというのにその上余計な連中が近付いてくるのが面白いはずがあろうか、 この宿にだって給仕の女の子が目当てでやってくる自称『ルシェ耳愛好家』がいるし、 何かにつけてナンパしようとする客がいるし、付き合うなら耳の可愛いルシェの子がいいとか ふざけたことをいう奴もいるしそういう奴に限って気の強い女性は苦手なくせに 見た目は可愛いからバレッタさんに見た目で判断して近付いて口説こうとするしああもうっ!! ―――文章が支離滅裂になったことを心からお詫びします――― はい、すいません。 いろいろ遠まわしに言い訳しましたが本音はそれです。 最近やたらバレッタさんに声を掛けるお客さんが多い。 彼らは実際に話して彼女の性格を知ると大概の場合慌てて去っていくのだが、 僕としては彼らがその愛らしい風貌に惹かれて彼女に近付くたび 激しい嫉妬の炎に苛まれ焦燥に駆られるのだ。 そのやつあたりをルシェ耳を愛する人たちにぶつけてしまった。本当にごめんなさい。 彼らは自由に恋愛するべきだと思う。彼らはルシェを差別しない心を作るから。 一説によるとルシェ女性の耳は本能的に可愛いと思わせるためにあの形をしているともいうしね。 「おーい、どうした?聞いてんのか?」 と、いけない。かなり心の迷宮に入っていたけど話の途中だった。 「聞いてますよ。人間の耳の話ですよね」 「んん、まあそうだが」 「残念ですけど僕は人間の耳をじっくり眺める機会なんてなかったので……」 「普通ないでしょうね」 そもそも僕には人間の女性と親しくなった覚えがない。 これまでの人生の中で親しかった人間の女性といえば、元旦那様のお母様くらいだ。 「そういうわけで、ちょっと僕にはよく分からないです」 「まあ、そいつもそうだなぁ……」 「というわけで、この話はこれで」 おっ侍さんの言うことにも興味はあったけど、実感も湧かなくちゃ仕方ない。 残念だがこの話は打ち切って、そろそろ仕事に戻ろう…… ……そう思ったのだが、おっ侍さんの反応は斜め上をいっていた。 「よし、分かった!」 「はい?」 「要はあれだ、実物を連れてくりゃいいんだろ?それなら当てがあるからよ」 「いや、あの」 「そうとなりゃ早速いってくるぜ、ちょっと待ってろよ……」 そして。 てん。 次の日、おっ侍さんに呼ばれた僕とニコレットさんの前に、 小さな人間の女の子が僕の顔を見上げニコニコしながら立っていた。 女の子と言ったが……若い。若すぎる。はっきり言って幼女だ。 年の頃は七つか、八つか、いっちょまえにサムライの格好をして見上げている。 その後ろに座るおっ侍さんが、いつものようにお酒を手に言った。 「ほれ、触ってみろ」 「「……………」」 「おいなんだその犯罪者を見る目つきは」 「いや、だって……」 「一体どこからさらってきたんですか……?」 「今ならまだ間に合います、自首しましょう」 「俺様の娘だよ!!」 割と本気で心配する僕とニコレットさんにおっ侍さんが叫ぶ。 「ええぇっ!?娘さん!?」 「結婚してたんですか!?」 「おうよ。まあ俺様の嫁もそりゃあもう別嬪なんだがな、 こいつもそれを受け継いでもう今から将来の姿が見えるようだろ?」 (親馬鹿だ……) 「まあ、で、若干歳は足りねーがこいつなら美人さで不足はねえだろ。 さあ存分に人間の耳って奴を見ろ、ついでにこいつの可愛さを褒め称えてもいいぞ?」 (どちらかというと後半の方が本当に言いたいことなんじゃ……) ふむ。言いたいことは分かった。 しかし、しかしだ。 「あの、ですね」 「ん?」 足元に目を落とす。 僕達三人の視線に晒されたおっ侍の娘さんだという女の子は、照れくさいのかもじもじと身体を揺らしていた。 「要はこれって、男性から見て女性の身体的な部分に感じる魅力の話ですよね」 「まあな」 「……こんな小さな子をそういう目で見るのは、さすがに犯罪だと思うんです」 「……」 「……」 「……」 「……」 「まあ、それはそれとしてだな」 「流した!?」 「とりあえずは観察しろや。わざわざ連れてきた俺様の面子もあるしよ」 「はあ……」 仕方なく、僕はもう一度女の子の顔を覗き込む。 「じゃあ……耳、さわってみてもいい?」 にぱっ。 純粋すぎる笑顔に心が折れかけるが、気を取り直して僕は手を伸ばした。 人差し指を伸ばし、その小さな耳の上端の部分にそっと触れる。 ……むぅ。 肌とも骨とも違う硬さの耳に触れつつ、僕は指をその縁になぞらせて耳たぶへと移動させた。 女の子はくすぐったいのか、いやんいやんと体をひねる。 ニコレットさん助けてください、罪悪感で限界です。 必死に視線で訴えると、ニコレットさんもさすがにうろたえた。 「あの、もう十分じゃないかしら? こういうのは分からないものをすぐ分かるようにできるものでもないし」 「そうかぁ?んー、まあ仕方ねえな。半分娘を見せびらかしに来たようなもんだし、もういいか」 (やっぱりか!!) なんにせよおっ侍さんが諦めたようなので僕は指を離す。 「もういいよ、ありがとう」 そして女の子に礼を言うと、女の子は再び僕を見上げてきゃらきゃらと笑った。 やれやれ……。 さて、そうとなればそろそろ仕事に戻った方がいいかもしれない。 そう思って僕は背中を伸ばした。 そろそろ戻った方が、というよりもっと早く戻ればよかった、と思ったのは 振り向いてその向こうのバレッタさんと目が合ってからだった。 「え?」 バレッタさんがこちらを見ている。 白い目で見ている。 耳がぴんと立ったまま、きゅーっと両の外側へそっぽを向いている。 聞く耳はあるが聞く気はねえ、という意思表示だ。 「あ、あ」 「あらま」 ニコレットさんの気の抜けた感嘆をおいて僕は急いで彼女に駆け寄った。 「えと、あの」 「変態」 「いやその」 「変態」 「だから、違」 「変態。変態変態変態変態変態」 「……勘弁してよ……」 そりゃあもう情けない声だったと思う。 見かねたニコレットさんがやってきてまたしても助け舟を出してくれた。 「こらバレッタ、そんなこと言わないの。コレル君にも事情があったんだから」 「事情……?」 「まあ、いきさつは分かったわ」 控え室のテーブルで腕を組んだ彼女が言う。 「分かったけど……さすがに大の男である同僚が小さな子供の耳を触ってニヤついてたら ひいても仕方ないと思うわ」 「ニヤついてないって!!罪悪感に押しつぶされそうだったよ……」 「そうかしら?」 「バレッタ、いじめないの。凄く困ってた顔してるでしょ」 「ま、ニコ姉がそう言うなら勘弁してやってもいいけど。 ……それにしたって、少しいい思いしたとか思ってないの? 幼女であることを差し引いても、人間の耳もいいな、とか」 そう言われれば。 犯罪的な気分ばかりで集中できなかったけど人間の耳はどうだっただろう。 ……うん。 おっ侍さんの言いたいことがおぼろげに理解できる程度には把握しただろうか。 だが、だがしかし…… 「……いや、やっぱりルシェの耳のほうが個人的にはいい」 「ほんとにぃ?」 「ほんとだって!そりゃおっ侍さんの言うように人間の耳にも魅力があるかもしれないけど、 やっぱり個人的な好みにはかなわないというか、むしろ相手の耳が自分の好みになるというか……」 「しどろもどろで意味が分からないわよ、もっと分かりやすく!」 「え、ええと……そのつまり、どっちかというと君の耳が触りたいというか」 間。 「え?……………え!?」 「あ」 なんだかどさくさに紛れて凄いことを言ったような気がするのは気のせいだろうか。 「え、な、私?私の耳に触りたい、ってそんな……」 「いやその、あの」 「え、だ、だめよ。そんな、なんていうか、みだりに男の人に触らせたりしちゃいけないっていうか……」 「ああ……そうなの」 「え、あ……う、うん。 ……そ、それに!例え問題ないとしても?誰でもいいからルシェの耳を触りたいって 人には触らせてあげられないわよ。うん、そうよ」 「そう」 ……『君の耳が触りたい』って言ったんだけどな。 でもまあ、そうだよね。 よく考えたら、特別親密ってわけでもないのに触らせてもらえるわけはない……か。 「……」 「……」 「……」 三人がそれぞれに食べ物、飲み物を口に運ぶ。 こうしてこの話は、なんとなく釈然としかねるものを残しつつも終わってしまった。 書き忘れていたが、このときは食事中だ。 なんだか食事中の描写ばかりだと思う人もいるかもしれないが それは仕方ないことだと思う。 清掃作業の様子を延々描写したってつまらないだけだし(やるのは楽しいけどね)、 それに食事は人生の中でも重要な楽しみに数えられるものの一つだ。 仕事中はあまり私語をしてられないという事情もある。 「そういえば、箸の使い方も随分とうまくなったわね」 ニコレットさんが煮芋を口に運ぶバレッタさんを見て言った。 ここに来た頃はまったくといっていいほど箸の使えなかった彼女だが、 意地になって練習を続けた今では生まれ付きのアイゼン人と同じように箸を使う。 「まあね……すくうことは出来ないけどそれ以外の汎用性は高くて便利だし。 こっちの食べ物にもけっこう慣れたわ」 「そっか、向こうとこっちじゃ食習慣も全然違うものね」 「ちなみに、向こうではどんな食べ物が好きだったのかな」 「そうねえ……」 彼女は頬杖を着き、記憶を反芻するかのようにうーんと唸った。 「好きなものなんて数え切れないくらいあるわ。 肉、魚、野菜、向こうならではの料理も色々あるけど…… ああでも、なんといっても私が一番好きなのはデヴォカレーね! 子供の頃から好きで好きで、夕飯がデヴォカレーだと知ると躍り上がって喜んだわ」 「あ、名前だけは知ってるわ」 「とても辛いんだよね」 「そう。といっても、子供用に甘口にしたやつを食べてたけどね。 それと同じデヴォカレーでも、砂漠の暑気を払うためのデヴォカレーと 雪原で身体を温めるためのデヴォカレーでは辛さの質が違うの」 「へえ」 「私は北の帝国首都の生まれだから、小さい頃から食べて育った、 私の好きなデヴォカレーは寒冷地方風のとろみのあるタイプね。 熱々のルーを深皿によそって、パンをたっぷり浸してさらにその上にカレーの具やらルーを乗せて 思いっきりかぶりつくともうこたえられないわ」 「熱弁ね」 少し熱の入った口調でデヴォカレーの思い出を語る彼女をニコレットさんが笑いながら見る。 彼女はちょっと気恥ずかしげに咳払いをして、ニコレットさんに問い返した。 「まあね。そういえば、ニコ姉はどう?こっちの食べ物でこれはって物があったら教えてよ」 「私?そうね、好きなものっていっても……白いご飯かしら。 食べてるときはそんなにおいしいとか意識しないけど……いつまでも心に残るのよ」 「ふぅん。あんたは?」 質問の先が僕に代わる。 「うーん。僕もなんかニコレットさんと同じ答えになっちゃいそうな」 「つまんないわねー、他になんかないの?今まで生きてきた中でこれが一番おいしかった、ってのが」 「そうだな……」 僕は記憶をめぐらせる。 今まで食べた中で一番おいしかったもの。そもそもうちは使用人家業で、 しかもいっちゃなんだが旦那様の家もそうお金があったわけじゃないからそんなにいいものを食べていない。 しかしあえて言うなら、そうだ。 彼女の求める答えとは違うだろうが、僕にとって一番おいしいものといえばこれだ。 「お母さんの作ってくれたもの……かな」 今は亡き母が作ってくれた料理の味は、いまなお脳裏にしっかりと刻まれている。 これからも僕はあの味を忘れないだろうし、思い出として大事にしていくだろう。 「ふーん……」 案の定彼女はあまり面白くなさそうに生返事をして僕を見た。 「まあ、大事な思い出だってのは分かるわ?別におかしいことでも笑うことでもない。でも」 「でも?」 「マザコンよね」 「ぐっ!!」 刺さった。心に刺さった。 バレッタさん、それを言うのは反則というものではないでしょうか。 ニコレットさんがやれやれといった風に嗜めた。 「こらバレッタ、そんなこと言うもんじゃないわ」 「ニコレットさん」 「だって……」 「いいバレッタ、アイゼンの男はね、多かれ少なかれ皆マザコンなのよ」 「ぶっ!!」 ……と思ったらいきなり何を言い出すんだこの人は。 バレッタさんもさすがに呆気に取られた、という表情をしている。 「え、そう……なの?」 「そうよ。ねえバレッタ、アイゼンは男尊女卑の国みたいに言われてるわよね?」 「う、うん。家事を始め何から何まで女の人にやらせるって」 「そうね。でもそれって、逆に言うと何もかも女の人に依存してるってことだと思わない? まるでお母さんに世話をしてもらう赤ちゃんみたいに」 「はあ……」 「アイゼンの男は皆、大人になっても多かれ少なかれ子供っぽさを残しているものなの。 どんなに突っ張っていてもお母さんに対してはある種の弱さがある。 それでいつも偉そうにしてるけどお母さんには逆らえない、って人がいるのね。 アイゼンには『男の子は母親に似た女の子を好きになる』ってことわざがあるくらいなのよ」 「……そうなんだ」 そう言いながらちらりとバレッタさんが視線をよこしてくるのが辛い。 まあ、『男の子は母親に似た女の子を好きになる』というのは確かによく聞く話だ。 武士道の死を美徳とする文化には深層心理の胎内回帰願望が関係しているって本も読んだことがあるし、 冷静に考えればニコレットさんの言うこともいい加減ではない。 ちなみにその本によると、そうして男は無意識に母親に似た女の人を選ぶわけだが、 多少にせよお嫁さんの中に母親らしさを求めてるわけだから、接し方にも『甘え』がある。 そのため結婚してしばらくすると女性は男性の扱い方を覚えてあしらえるようになり、 子供が出来て本当の母親になるとますます女性は強くなる。 家の外では亭主関白、家の中ではカカア天下。それがアイゼンの男というものだ……らしい。 「ふぅん……そう。 ……………。 ところで、あんたのお母さんはどんな人だった?」 「え?」 いけない、話の途中で考え事をしてたせいで反応が遅れた。 お母さんがどんな人だったか、ときた。 急いで記憶を引っ張り出し、思い出すままに答える。 「そうだな……どっちかというと大人しい感じで優しくて…… うーん…… ああ、バレッタさんと正反対って言ったら分かりやすいかな?」 「……あ っ そ」 ……凄まじく冷たい殺意をぶつけられた。 一体何が悪かったんだろうか。 乙女心とは難しい。 「え、ええと、話を戻すわよ? 滅多に食べられないものよね……そうだ、鯨なんてどうかしら」 「クジラ?」 空気を戻そうとしたのか、ニコレットさんが鯨の話題を出した。 とりあえず機嫌の悪いのを引きずらなかったらしい彼女が反応する。 「そう、鯨。知ってるでしょ?なかなか食べる機会もないけど、 たまに私達でも食べられるわ。あ、それとも、バレッタは鯨食べられない?」 「ううん。ネバンでもクジラは食べるわよ」 「そうなの?」 「北の海では昔からクジラ漁が続いてるの。……アイゼンでもクジラは獲るようだけど、 極寒の海でクジラを追いかけるネバンの漁の過酷さとは比べ物にならないわね」 「そうかな。アイゼンの鯨漁では船から鯨に飛び移ったりするし、過酷さでは変わらないと思うけど」 「む」 僕はただ単純にそう思っただけだったのだが、どうやら彼女は対抗心が頭をもたげたらしかった。 「それは海に落ちても大丈夫なくらいの暖かさだからでしょ? こっちじゃ海に落っこちでもしたら高確率で凍死よ」 「凍死しなくたって海に落ちて網や鯨の泳ぐのに巻き込まれたら十分死ぬかもしれないじゃないか。 ……と、いうか」 こうして彼女と言い合いをするのはもう何度目だろうかと僕は思った。 本当はこんなことで言い争いなんてしたくないのに、どうしても売り言葉に買い言葉を返してしまう。 こんな不毛な話をしてる間に、もっと、彼女と話したいことはたくさんあるのに。 「……いい加減、こういうのやめない?」 「え?」 「ネバンプレスの人たちが勇敢なのはもう十分知ってるよ。 もうこんなことで言い合いしたってなんにもならないじゃない」 「なん……、ネバンの民の私がネバンの自慢をしちゃいけないての?」 「そうじゃないよ。ただ、アイゼンに対抗してネバンプレスの事を出すのはやめて欲しいってだけ」 「……、う……」 「別にいいでしょ?僕も気をつけるから」 僕はこれで言い争いの機会が減らせるに違いないと思った。 言い合いが少なくなれば、どちらにとってもきっといいことだろうと。 しかし、帰ってきたのは意外な反応だった。 「分かってる……分かってるわよそんなこと……」 「……?」 「分かってるけど、でも」 「あの」 「でも、そう簡単にいかないのよ……」 「バレッタさん?」 「……ちょっと待って、……考える時間が必要だわ……」 それだけ言い残し、彼女はテーブルを立って部屋を出て行ってしまう。 僕は事情の理解が追いつかずに、混乱するしかなかった。 「また」 その声に、ぼくは悩ましげな表情のニコレットさんを見上げた。 「国のことになると、どうしてもこうなるのね、あなたたち」 「すいません……」 「謝ることじゃないわ。でも、ね、よく考えて欲しいの」 そう言ってニコレットさんは僕と目線を合わせた。 「コレル君は、ネバンプレスもアイゼンと方向性は違うけど尊重できる国だと思っているのよね? なんでもアイゼンが一番だと思ってるわけでもない。 でも、それなのにどうしてこういうことになると意地を張っちゃうのかしら」 「それは…… ネバンプレスの自慢をされると、つい、反発しちゃうんです。 『でも、アイゼンも劣ってるわけじゃないよ』って。普段は自分がアイゼン人であることなんて 意識してないのに、他の国の人と話をするとつい……アイデンティティ、って言うんでしょうか」 そう、アイデンティティだ。 アイデンティティは優劣や、合理的かどうかといった価値基準とは相容れない。 自分がそれに属しているというだけでプライドの対象となるのだ。 普段アイゼン人であることをなんとも思っていなくても、 一歩国を出ればそれは自分というものを定義づける大切な要素になる。 「だからつい、反発して必要以上にアイゼンの事を誇るような態度になっちゃうんだと……思います」 「うん。そうよね。まったくその通りだと思うわ。 それなら、バレッタも同じだって事も、分かって上げられるんじゃないかしら」 「っ……?」 「きっと辛いと思うの。よその国に住んで、よその国の食べ物を食べて、よその国の事を聞かされて。 そうやっていると国のアイデンティティが侵食されて、自分が何人なのかが揺らぐわ。 そうならないために、事あるごとに自分の国のことを口に出さないといられないんじゃないかしら。 私はそう思うの」 「あ……」 それまで気付かなかった事実を指摘されて、僕は少なからぬショックを受けた。 彼女がここへ始めてきたときに彼女がその振る舞いほどは強くないと知っていたはずなのに、 僕は深く考えようともせず彼女がすぐネバンプレスの話をしだすのを疎んじてさえいたのだ。 「また……どうしよう……」 「分かってあげればいいのよ。あなたの言いたいことをちゃんと受け止めてる、それだけでいいの」 「……………」 「まあ、そう言おうにも声をかけづらいなら何か贈り物でもしたら? お詫びの気持ちに貢ぎ物を添えるのは世界共通の文化よ」 「貢ぎ物って……でも、そうですね。なにか探してみます」 「頑張りなさい。私にアドバイスできるのはここまでだから」 ―――――――――――――――――――― さて、なにか探すとは言ったが、プレゼントしたいものはもう決まっていた。 デヴォカレー。子供の頃から親しんだ味が大人になってからも心の支えになることは自分の身で知っている。 それを、彼女にも送りたい。 しかし。 「作ってあげたいのは山々なんだけど……作り方がわからないと、さすがにねえ」 「そうですか……」 相談しているのはこの宿の調理業務を担当する調理師さんの一人だ。 調理師の中で唯一のルシェであるこの人はお客さん用の料理はもちろん、 僕達の食事をも材料費が安いなりに少しでも栄養があっておいしいものを食べさせようと努力してくれている。 そんな人柄に期待してデヴォカレーを作れるか相談しにいったのだが、 答えとしてはレシピも無しに外国の料理を作るのは厳しいということだった。 「売店のおじさんに聞いてみたらどうかしら? いろいろあちこちから入荷してるから、なにか分かるかも」 「ああ、そっか。ありがとうございます!」 ヒントを貰った僕はその足で受付カウンターの横にある売店『風光明媚』へと向かう。 カウンターの裏から入ると、目的の人物はすぐ見つかった。 「あの、すいません」 「ん、何か用かい?」 売店を一人で担当するこの人は、壮年男性とは思えない気さくな性格が特徴だ。 僕はつい先程調理師さんと相談して、ネバンプレス関係で何か知識がないか聞きに来たことを説明した。 「あー、残念だけどネバンプレスからは商品は来てないからなぁ。 ごめんね、分からないよ」 「むう……」 早くも計画が頓挫してしまいそうだ。 こうなったらこの宿に来るハントマンに聞こうか? でもここにはネバンプレスからのお客さんなんてほとんど来ないし…… 「カレー、ねえ。少し昔には、外の国の料理もいろいろ本で紹介されたりしてたんだけど」 「え?」 「いろいろよその国と交流して珍しい文化に触れよう、って風潮があったころの話だよ。 あの頃は普通の料理書にも他の国の料理の作り方が載ってて、特にカレーなんかは人気だったんだけど。 今は他の国なんて興味ないって風潮が一般的で当時の本なんてそうないからなあ」 「ちょっ……それだ!」 「うん?」 「ありがとうございます、助かりました!」 「え、おーい?」 思いもよらないヒントをうけて、僕は走り出した。 なんてことだろう、灯台下暗しとはこのことだ。 僕は従業員が寝起きする宿舎に取って返し、自分の数少ない荷物を漁った。 取り出すのは一冊の本、『現代風家庭料理百選』。 もちろんここに書かれている『現代』はこの現代じゃない、数十年前の現代だ。 元々は元旦那様の家を出るときにそれまで働いた褒章代わりにガメ、いや頂いてきたもので ここに来てからは自分で料理などしないので無用の長物と化していたが、 今はこの本に重要な価値がある。 「あった……『南蛮風辛子汁掛飯』」 いわゆるカレーのことだ。これさえあれば、材料と作り方がわかる! その材料欄を読み進めるうち、僕は片眉を上げた。 「んん?これって……」 ウコン……洋名ターメリック。桂皮……洋名シナモン。 「色々スパイスが必要だって聞いてたけど……ほとんど漢方薬じゃないか。これなら何とか…… …… ……なんだこりゃ?」 そういえば、僕が作りたいのはただのカレーではなくデヴォカレーだった。 そのために通常のカレーの材料に加えなければいけない特別な材料。 それに僕は、思いっきり首をかしげた。 ―――――――――――――――――――― いつの間にか控え室に戻ってきていてテーブルにうつぶせていた彼女は、 僕の足音を聞くとゆっくりと体を起こした。 「……なんだ、コレルか」 「なんだとはひどいな」 「悪いけどもうしばらくほっといて。今気分がよくないの」 「そっか。むむ……この匂いに反応すると思ったんだけど」 「匂い?そうね……さっきからネバンの事を思い出しすぎて、幻覚の匂いが……え?」 「幻覚じゃないと思うよ。ほら」 僕の掲げた小さな鍋を見て、彼女は気だるげな雰囲気を吹き飛ばして僕を見た。 「あんた、それ」 「バレッタさんの話してたデヴォカレー。……になってるか不安だけどね。 ……アイゼンじゃ、ネバン人らしい生活はあまり出来ないよね。 でも、せめて、ネバンプレスの食べ物くらいできないかな……って思って」 「っ……………」 彼女の前に深皿を置き、その中へ試作デヴォカレーを注いだ。残念ながらパンはない。 「これ、どうやって……」 「いろいろあって。いいから食べてみて」 「……」 そう言ってスプーンを渡すと、彼女はしばらく逡巡して、恐る恐るスプーンをカレーの中に沈めた。 そしてそれを、ゆっくりと口の中に運ぶ。 僕は緊張してそれを見つめていた。 彼女の口が動き、そして、口に含んだカレーを嚥下する。 やがて、彼女はスプーンを持った手をテーブルに置いた。 うつむいたまま、一言だけ呟く。 「……ネバンで食べたのとは、味が違うわ」 「……」 僕はやるせなさに肩を落とす。 そんな僕をよそに、彼女がもう一度口を開いた。 「でも……間違いなくデヴォカレーだわ……」 「え」 彼女はそれ以上何も返してくれなかった。 ただ、黙々とスプーンを口に運ぶ姿に、自然と顔から力が抜ける。 「よかった」 「……。……それにしても、本当によくこっちでデヴォカレーが出来たわ」 「まあね……色々大変だったよ」 本当に大変だった。 あれこれ頼み込んでスパイスになる漢方薬を分けてもらうのはもちろん、デヴォカレーに必要な二つの材料。 『つややかゼリー』と『貴重な角』。魔物の身体の一部なのだ。 ゼリーの方はまだ何とかなったが、角の持ち主は西大陸にしかいないため同種の角で代用することになる。 そのために僕は、この半島に生息する巨大な草食獣の角をへし折って逃げてくるという これまでの人生でも最大級に命懸けのミッションを遂行するハメになったのだ。 「ま……でも。いいよこのくらい、君のためなら」 「……………」 返事はなく、ただ食器の立てる音だけが耳に入る。 そしてしばらくして、彼女の手が止まった。 「コレル」 「何?」 「耳……触る?」 たぶんこのとき僕は目をぱちくりさせるというか、意表を突かれた表情をしたと思う。 突然の申し立てだったんだもの。 「いいの?」 「私、借りは作らない主義なの。 あんたにはただ当然のように、同僚に気を使っただけかもしれないけど、 私にとってはこれは、大きな借りだわ。だから……私の耳でよければ、触っていいわ」 ……ただの同僚のために、あんな苦労したりはしないんだけどな。 でも、まあ、今回はいいや。 それより彼女が耳を触らせてくれることのほうが重要だから。 「じゃあ……触るよ?」 僕はありがたく彼女の耳に触れさせてもらうことにした。 いすに座る彼女の耳にどきどきしながら手を近づける。 そしてそっと、その指が耳に触れた瞬間。 ぱしっ。 超反応で動いた耳が手をはたく。 「……」 「……今のは反射的に動いたのであって悪意があるわけじゃないわ」 「分かってる」 今度は後ろの根元から包み込むように触る。 またも手の中で耳が跳ねたが、今度はどうやら手の中に納まってくれた。 「……」 犬や猫とは違う、ふかふかとした手触り。 しばらく手のひらで全体の感触を味わった後、そっとその耳を撫でてみた。 毛並みに沿って数回手のひらで撫で上げ、次に指の腹で撫でる。 個人差はあるのだろうがふかふかさの割に滑らかな指触りのする柔らかい毛の上を滑り、 指が先端のほうに触れるとまたもぴくりと耳が跳ねた。 「もう少しゆっくり移動させて、こそばゆいわ」 「ごめん」 より慎重に触れつつ、今度は縁のほうへ触れる。 その状態で全体を包むようにすれば、手のひら全体に暖かくかすかに震える耳を感じつつ 指の先に柔らかな耳毛の感触を感じることが出来た。 これ以上なんと言えばいいのか、幸せな感触を楽しみつつ僕は考える。 いや、考える前にすでに行動に起こしていたと言った方が正しかった。 「……ん」 「!?」 いや、ただ僕は、その幸せな感触に対して本能的な愛情表現をしようと思っただけなんだよ? そしてそれを深く考えることなくそのまま実行しただけで。 抱きしめた子猫には頬擦りをしたくなる。 顔を近づけるのは生物の基本的な愛情表現だからだ。 僕もただ、耳の間に顔を埋めるように彼女に自分の頭を預けたに過ぎない。 ……ただ、その行動とセットで無意識に彼女の首を後ろから抱いてしまったというだけで。 「……きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」 肘打ち。 肩打ち。 半月蹴り。 彼女が悲鳴とともに反射的に繰り出した三段コンボを見事に喰らい、 僕は後ろにたたらを踏んで壁に後頭部を打ち付けた。 「ぁいったーー……!」 「いきなり何するのよこのバカ!スケベ!変態!」 「ご、ごめん……」 「まったく……!もう、私はカレーの残りを片付けるから、あとは勝手に触りなさい」 「へ?まだ触っても……いいの?」 「別にあんたがもういいってんならいいわよ。あんたが満足するだけ触ればいいって話なんだから」 ……いやに寛大だ。 ともかく僕は彼女の厚意に甘えて、再び耳を触り始めた。 ただしさすがに懲りたので、撫でる触り方中心で。 「…………」 そんな風にし始めて少したつ内、やがて彼女がため息を漏らした。 「どうしたの?やっぱり口に合わなかった?」 「違う……ネバンの事を思い出してたのよ」 そう気だるげに彼女は言った。 「ねえ」 「何よ」 「もしよかったら……聞かせてくれないかな。思い出していたこと」 「………構わない、わ」 少しだけ哀しげだった彼女は、きっと誰かに聞いて欲しいと思っていたはずだ。 遠くの何かを見るように、彼女はとつとつと語り始める。 「……ネバンの冬は寒いわ。 特に雲に空が覆われた日なんか、日が暮れて夜になると心まで凍るくらいに。 そんな日には暖炉に薪を一杯くべて、暖かい部屋で、皆で暖かいデヴォカレーを食べるの……」 「うん」 「外は凍るように寒くても、家の中で家族と一緒に食事をしていると心の芯まで暖まった。 帰りを急ぐ日も、窓から漏れる明かりを見るとほっとして」 「うん」 「ずっとそうだったのよ」 「うん」 「ずっと、そうだった。 それが当たり前だと思って、ずっと。 子供の頃から、ずっと……」 不意に、うつむいたままの彼女の声が震えた。 いつの間にかスプーンは止まり、手がきつく握り締められて肩が強張る。 「うん……」 「……、ごめん、お腹一杯だから、少し、寝るわ」 切れ切れにそれだけ言って、彼女はその顔を隠すようにテーブルに突っ伏した。 時折震える背中と、聞こえてくる湿っぽい音に気付かない振りをしたまま僕はその頭を撫でる。 いつの間にか僕は耳を触っていたことを忘れ、ひたすら彼女の髪を撫で続けていた。 長い沈黙。 切れ切れに続くすすり泣きの中、彼女の呟いた言葉がかすかに耳に入った。 「……お姉ちゃん……」 僕はもう何も言うことができず、ただ、いつまでも彼女の頭を撫で続けた。 いつしか湯気の経たなくなった深皿がすっかり冷えてしまい、 やがて日が傾き始めるまで、いつまでも、いつまでも。
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/78.html
今回はエロなしカオス 相変わらずアリエッタは誰てめえ状態 俺は出来るだけ多くに人に笑顔でいてもらいたくて、ハントマンになった。 別に人助けがしたいとかそんなんじゃない。 ただ、多くの人が笑顔でいてくれたら、俺も笑えるからだ。 その子は俺を見て怯え、逃げていった。 俺はその子が気になった。 その子を宿の中で見つけて声をかけたが、その子はただ無言で仕事をし続けた。 俺は時間をおいて話す事にした。 その子は俺達に自分の事を話してくれた。 俺はどこか辛そうに笑うアリエッタの姿が嫌だった。 もっと明るい顔でアリエッタに笑って欲しかった。 俺は竜を倒しても、このままじゃ俺の見たい笑顔は見れないと思った。 アリエッタは主人にぶたれそうになっていた。 俺は気づいたら爺の前に立っていた。 アリエッタは俺達に礼を言うと、一瞬だけ本当に嬉しそうに笑ってくれた。 俺はもっとその笑顔が見たくなった。 だから、決めた。俺はこいつの世界を変える事を。 そして俺達はアリエッタを連れて、カザンに来た。 彼女は俺の見たい笑顔で、俺達にお礼を言ってくれた。 俺は多くの人に笑顔でいてもらいたかった。 でも、それならアリエッタだけをあの宿から連れ出すのはおかしい。 あそこで辛い目に遭ってるのはアリエッタだけじゃないからだ。 でも俺達は、俺はアリエッタだけをあそこから連れ出した。 俺は誰よりもアリエッタに笑ってもらいたかった。 …俺はアリエッタが好きだ。 なら、このままにはしておけない。 あの時、アリエッタは笑顔ではなく、泣いて飛び出していったのだから。 「ふぅ…疲れた~」 そう言って大きな帽子を被ったメイジ、シャルルは椅子に座った。 「まさかあんなに大きな竜がいるなんて…」 長い金髪を大きな三つ編みで纏めたヒーラー、モルは頬に手を当ててそう言った。 「すごく大きくて硬くて黒光りしていて、攻めるとビクンビクン反応して、頭が亀みたいで…あんなの初めてだ」 獣のような耳をピンと立てたサムライ、ナムナがそう言うとシャルルとモルは固まった。 「む、どうした?二人とも」 「あ、あんた、恥じらいとかないのか?」 「馬鹿にするな。恥じらいぐらいある」 「そ、そうですよね、女の子ですもんね…」 「しかし今の言い方だとまるでチンコの例えだな」 「恥じらいないじゃないか!」 シャルルがそう言うとナムナは不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。 「あると言ってるだろう」 「いやいやいや、恥じらいある女の子が普通にチンコとか言わないだろ」 「む、それじゃあチンポ」 「同じだよ!」 「これでもだめなのか?なら…」 ナムナが言葉を続けようとすると突然アリエッタが彼女にぶつかってきた。 「むぅ?アリエッタか?」 ナムナがそう言って振り返ると、アリエッタは何も言わずそのまま家を飛び出した。 「ア、アリエッタさん!?どこに行くんですか!?」 「シャルルのせいだな。シャルルが細かい事気にするからだ」 「何で僕のせいになんだよ!」 「別にチンコでもチンポでも…私に恥じらいがある事に変わらないだろう?」 「恥じらいあるならそんな単語連呼しないっての!」 「二人ともそんな場合じゃないですよ!」 モルがそう言うのと同時に今度はファンタが飛び出してきた。 「お前ら、今アリエッタが来なかったか?」 「何か飛び出して行ったぞ」 「シャルルのせいでな」 「何でだよ!」 「だ~か~ら~!そんな場合じゃ…」 「分かった、あんがとな!あ、それと俺の部屋に入るんじゃねぇぞ!」 ファンタはそう言って家を飛び出した。 「ファンタさん!?…いったいどうしたんでしょう?」 「部屋に入るなって何かあったのか?」 「とにかく私達もアリエッタさんを…」 モルが家をファンタの後を追おうとすると、ナムナがそれを制した。 「ファンタだけで大丈夫だろう。私達まで行く必要はない」 「え?でも…」 「ファンタは私達に協力して欲しい時は素直に協力を求める奴だ。そうしないと言う事は大丈夫と言うことだろう」 ナムナはそう言って静かに椅子に座った。 「さて、シャルル…」 「ん?」 「チンコ、チンポが駄目ならば…ちんぽこ肉棒ペニス陰茎おちんちん…どの言い方が一番恥じらいがあるんだ?」 「…お前の恥じらいって何なんだ?」 「くそ、どこ行った!?」 ファンタはアリエッタを探してカザンの入り口まで来ていた。 そんなアリエッタを探すファンタの目にある人物が目に入った。 「お~い!おっさん!」 ファンタにそう呼ばれ、カウボーイハットを被った男は振り向いた 「ん?おお、マイキューピッド!どうした?とりあえず俺を呼ぶ時はミュルの彼氏で頼む」 「ミュルの旦那(仮)、緑の髪の可愛い獣耳メイドを見なかったか?」 「お前、今旦那(仮)って!…………それっぽい娘が今さっきここを通ってカザンを出たぞ」 「分かった、あんがとさん!」 「おい…」 男に声をかけられ、走り出そうとしたファンタは足を止めた。 「俺も…(仮)を外せるよう頑張る…。あの娘がお前の何なのかは分からんが…お前も頑張れ」 「………ああ、モチのロン!」 そう言ってファンタは駆け出し、カザンを飛び出した。 「…ミュルの所に行くかな…」 男はそう言って空を見上げた。 アリエッタはカザンを飛び出した後、ただ闇雲に走っていた。 自慰による体の熱は既に冷めていたが、涙はまだアリエッタの目から流れていた。 疲れが出てきたのかアリエッタの走るスピードが落ちた瞬間、彼女は脇腹に強い衝撃を受けた。 「ぐぅっ!?」 アリエッタはそのまま姿勢を大きく崩し、勢いよく倒れてしまった。 (な、何?) アリエッタが周りを見てみると、5体のラビが彼女を囲んでいた。 (モンスター?しかもこんなに…逃げなくちゃ) アリエッタは立ち上がろうとしたが、右足首に痛みが走った。 (っ!?もしかして今ので捻った?) アリエッタが立てずにいる中、ラビは立てない彼女に近づいてくる。 アリエッタは一瞬焦ったが、やがて諦めたように顔を伏せる。 (この場を凌いだってもう行く所なんて…それなら、このまま…) 「みーーーつーーーけーーーたぁぁぁぁぁああああ!!!」 「え?」 アリエッタが顔を上げると、そこには猛スピードでこちらに走ってくる男の姿があった。 その男は紛れもなくファンタだった。 ファンタの声にラビ達も反応し、彼らは一斉に視線をファンタに向ける。 しかしその瞬間、一匹のラビがファンタに吹っ飛ばされていた。 ファンタはそのままアリエッタの元まで走ってきた。 「ファン…タ…?」 「大丈夫か?怪我はないか?」 「わ、私は別に…っ!ファンタ、後ろ!」 「っ!」 ファンタが振り向くと2匹のラビがげっ歯を剥いて襲い掛かってきた。 ファンタは一匹は撃退するが、もう一匹は仕留められず攻撃を受けてしまった。 「ちっ…そういや、モンスターがいたんだっけか…」 残るラビは3匹、今のファンタには素手でも十分倒せる相手である。 ファンタはジェンジェン爺から庇った時と同じようにアリエッタの前に立った。 「アリエッタ、逃げるなよ。すぐ終わるから」 「え?」 「行くぜ!お前らのげっ歯、人参に見えるんだよぉ!」 そう言ってファンタはラビ達との戦闘に突入した。 決着はあっという間に着いた。 無論、ファンタの勝利である。 「はぁ、一人とは言え経験値これっぽちか…さて、アリエッタ」 ファンタは振り向き、アリエッタの方を向く。 アリエッタはそんなファンタから視線を逸らした。 「本当に怪我ないのか?」 「大丈夫だよ…それよりファンタの方が…」 「俺なら大丈夫だよ…今証拠見せてやる」 そう言ってファンタが目を瞑ると、どこからともなくファンタのLPとMPを表示する板が現れた。 「ほら、LFが5しか減ってない。だから大丈夫だ」 「これ、何?」 「心のBボタンを押すと出てくるんだ。押しっぱなしで走るスピードが速くなる」 「心のBボタン?」 「ああ、喜びと悲しみの間にある」 板が消えると、ファンタはアリエッタに向かって手を差し伸べた。 「夜になる前に帰るぞ。あいつらも心配してるだろうし…」 しかしアリエッタは顔を伏せ、そのまま黙ってしまった。 ファンタはそれを見ると静かに正座をし、そのまま土下座した。 「ごめんなさい!すんませんでしたぁ!」 「え?な、何で謝るの?」 アリエッタがそう言うとファンタは顔を上げた。 「いや、だって…俺の不注意が原因だろ、あれは。自分の部屋とは言え、ノックするべきだった…」 「ち、違うよ。ファンタは悪くないよ…悪いのは…私…」 「うぃ?何で?」 ファンタに聞かれると、アリエッタは自嘲気味に微笑んだ。 「だって、あそこはファンタが休む場所だよ? その場所を…ファンタが命懸けで頑張っている時にあんな事をしたの…。 ファンタも…私の事、本当は怒ってるよね?」 それを聞き、ファンタは少しの間黙っていたが、やがて勢いよく立ち上がった。 「俺は!健全な男なので!宿でオナニーする事も!珍しくありません!」 「………え?」 「メナスさんやノワリーさんが!頑張っていると言うのに!のうのうと!オナりましたぁ!」 そう言った後、ファンタがアリエッタを見てみると、彼女はただ呆然としていた。 「悪いな、俺もこんな奴なんだ。我慢できない時があるんだよ」 「……………」 「それに怒るなんてありえないって。寧ろ拝みたいくらいだ。眼福だった」 「え?」 「あ、いや、え~…と、とにかく怒ってない。うむ、うん、怒ってないぞ」 アリエッタは見る見るうちに顔を赤くして、顔を伏せてしまった。 ファンタも困ったように頭をかいていたが、やがてアリエッタに再び手を差し伸べた。 「と、とにかく帰るぞ。そうじゃないと困る。主に俺が」 「でも……」 「……あ~!帰るぞ!いいな!?」 「え?ひゃっ!?」 ファンタはアリエッタを抱え上げた。 お姫様抱っこである、こういう場面ではもはやお約束である。 「さ~、帰るぞ~」 「あ、う…」 ファンタが歩き出しても、アリエッタは顔を真っ赤にして何も言えずに体を丸めた。 しばらくして、アリエッタが唐突に口を開いた。 「…ねぇ、ファンタ」 「何だ?」 「……軽蔑、した?」 「いんや、全然。ってかさっき言ったろ?が、眼福でしたって…」 「う…」 アリエッタは顔を伏せて黙り込んでしまった。 ファンタはそれを見ると、やがて何か決心したような表情になった。 「悪い、アリエッタ」 「え?」 「ムードとか全然無視してあれだが…俺、お前が好きだ」 「…………え?」 アリエッタは何を言われたのか分からずに、ただ呆然とする。 ファンタはアリエッタに構わずに言葉を続ける。 「アリエッタ、お前を愛してる」 「え、あ………で、でも私、ナムナさんみたいに綺麗じゃない」 「俺はお前の方が綺麗だと断言できる」 今ので発言でナムナ好きの方々を敵に回したかもしれないが、話は続く。 「でも、私じゃあなたと…釣り合わない…」 「…そうだな、お前みたいに可愛くていい娘、俺には釣り合わないなぁ…」 「え?ち、違うよ。私なんかがあなたと…」 「アリエッタ」 ファンタはアリエッタの方を向くと、じっと彼女の顔を見つめた。 「俺が誰を好きになるかは俺が決める」 「あ…」 「お前は…誰が好きなんだ?」 「わ、私、は…」 「ま、気ぃ遣わなくていいって。どんな答えでも、俺はお前がずっと笑顔でいられるように頑張るだけだ」 ファンタはそう言ってアリエッタに笑って見せた。 アリエッタはそれを見て、決心した。 「ファンタ」 「ん?」 「降ろして…」 「…ああ、分かった」 アリエッタは降ろされると、ファンタの前に立つ。 そして、じっとファンタを見据え、口を開いた。 「私、やっぱりファンタと、釣り合わないと思う。でも…あなたの隣で胸を張って立てるような人になる。 ……私、ファンタの事、好きだよ…」 アリエッタがそこまで言うとファンタはアリエッタを抱きしめた。 「ふぁ、ファンタ?」 「いえね、辛抱たまらなかったので…嫌なら離れる。超名残惜しすぎるけど…」 「ううん、嫌じゃ、ないよ」 そう言ってアリエッタはファンタの背に腕を回した。 少しの間、ファンタとアリエッタはそうしていたが、やがて何かを思い出したようにファンタがアリエッタから離れた。 「って、早く帰らないとやばいな」 「え?」 「いや、ベッド、何とかしないと…」 「あ…」 ファンタに言われ、アリエッタも思い出したのか顔をまた赤くする。 「ご、ごめんなさい」 「いや、俺はいいんだ。けどバレると色々面倒な事になる気がする。 一応部屋に入るなとは言ったが…と、とにかく帰るぞ!」 そう言ってファンタはアリエッタと手を繋ぎ、走り出そうとしたがアリエッタは辛そうに顔をゆがめた。 「どうした?アリエッタ」 「…ごめんなさい、足、実は痛めてて…わっ」 ファンタは何も答えず、アリエッタを再び抱え上げた。 「それなら、治療も早くしないとな。って、そういえば、下着もあのままだったんだっけ?」 「っ!!」 アリエッタは恥ずかしそうにファンタから顔を逸らした。 「……やっぱり早く換えたいのか?」 「~っ!し、知らなぃ…」 アリエッタはもじもじとそう言うと黙り込んでしまった。 「よし、じゃあ行きますか!」 そう言ってファンタはカザンに向けて走り出した。 その腕の中に愛しい人を抱えて。 ← 戦士とアリエッタ
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/41.html
※注意! この作品には狂気が含まれてます。嫌な方は回れ右。最後の方に補足入れますので ( ゚Д゚)「何か続いとるからあらすじだけ知りたい」 と言う方は最後の方をご覧下さい。 では、ちょっとしたあらすじ。 ◇[[空腹ルシェ店員さんとアイゼンの青年のお話]]。 ◇ちょっとした手違いで振られた誤解した青年は自暴自棄のまま旅へ ◇主人公メンバー(名称不明)は誤解を解きたいルシェ店員のクエストにより、青年を追う。 ◇途中、リタ達と再会したり、ルシェ店員の悲惨な過去を聞いている内に彼に追いつく。その場所はヒューロ氷洞。 ◇中に入るも、フロワロにより、狂気へとはしるルシェ店員。そこへ現る魔物と化した青年。 ◇果たして、主人公達はどうなるのか! ◇エロ無し、続く。ごめんなさい。 ◆◆◆ 彼女は消えた。 何も、私に告げずに消えてしまった。 何故なんだ? 私は泣きたくなった。怒りにも似たその悲しみは、誰が知ることもなく、すぐ消え失せた。しかし、その問いが消えることは、生涯無いだろう。 何故彼女は消えた? 何故彼女は私に何も言わずに? 何故彼女は――? 私は彼女を探すために冒険者として、家を出た。表向きは家の名声を高める為として。 しかし、彼女は見つからなかった。ありとあらゆる王国や村で彼女を探したが、手がかり一つ見つけることすら出来なかった。 諦めよう――。一生を誓った仲でもないのに、いつまでも女の影を追いかける、己の何と女々しい事か。そう叫び始める自分がいた。 「あの……何か、買ってくれますか?」 そんな時、彼女と出会った。 似ていた。いや、似ているなんてモノじゃない。彼女だ。私の本能が叫んでいた。 頭のどこかで違うんじゃないかと、冷静に言っている自分がいたが、はやる心を抑えきれずに、しかし、怪しまれないよう、彼女にそれとなく聞いた。 「……? いえ……私は幼い頃から、ずっとこの街に住んでいますが……どうしてそんな事を……?」 その言葉に、私はガッカリすると同時に、ホッと溜め息をつきながらまたそれとなく返した。 ――何だ。やはり自分はこの程度か。そんな自嘲気味な考えを浮かべながら、もし彼女であったらどうしようかと心配していた自分に渇を入れた。 ――彼女を見分ける事すら出来ないのに、有り得ない未来を心配するな。と。 それから私は、彼女の下へ何度も通った。 『彼女』に似ていた事もあってか、妙に庇護欲をそそられる彼女に、私は親愛の情を持ち始めていた。 それが、恋愛へと変わったのは、それから幾月経ってからか。 『彼女』へこだわるのは、止めにした。『彼女』には、『彼女』なりの事情があるのだろう。それに対して、きっと私に出来ることはない。 寧ろ、邪魔になるだけだろう。そう考える事にした。 その事を彼女に話したら、こう言ってくれた。 「そんな事! あ、あの……そんな事、ありません……きっと、その人は……貴方にとって、迷惑をかけるから、消えたんだと……すいません、勝手なこと言ってしまって……」 私は純粋に嬉しかった。私如きに、こんなにも優しい言葉を言ってくれた彼女が、ただただ嬉しかった。 そして、私は婚約を告げることに決めた。あんな親には――それでも我が親だ――ただ一方的に告げるだけで充分だろう。 誰が反対したって構うものか。私はそう覚悟して、一旦アイゼンに戻る準備をする。 何て言おうか? そうだ、確か×××××を―― ……? あれ……? 何を貰ったんだっけ……? 「あの……これ……御守――して――良かっ――ど――」 思い出せない……大切な――『×××××』と同じくら――大切――誰――誰だ――! 誰――! 誰だ! 思い出せない! 誰なんだ! 私は誰に――何を――! 「×××××」 誰――誰――誰――そうだ――×××××――綺麗に――しな――。 ――血だ。 ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙!! 血だ――! 駄目だ――! 汚い―― ! 駄目だ――! 嫌わ る――×××××に ――『×××××』 も――もう 会えな ――。 洗 な は― 。見られ よう ――。 く洗わ くて ― 。 ミタナ……? ミルナ……ミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナッ! コロサナクテハ……! ダレニモ……ダレニモイウマエニッ! ×××××ニ……! シラレナイヨウニ……ミラレナイヨウニッ……! コロスッ……! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスッ!! シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネェエエエエェエエエエ!! ……シンダ? ハハハッ……! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ハハハハハハハハハハハハッ!! ハハ……。 …………………………………………………………………………………………………。 ……×××××……オレヲ、ミナイデ……クレ……×××××……。×××××……タスケテ……クレ……。オレヲ……タスケテクレ……。 イヤ……ダ……モウ、イヤダ……アイタイ……×××××……モウイチドダケデモ……アイタイッ……! ……ミタナ? ◆◆◆ 「シネェエエエエェエエエエェエエエエェエエエエ!!」 『彼』は、いや【ロスト】はそう叫びながら襲いかかってきた。 力任せに振るう刀に込められる怨念は、洞窟内のフロワロさえも綺麗に見せた。 「攻撃が速いから気を付けてっ!」 リタのアドバイスを背中に、彼らは最小限の動きでかわすと、すかさず隊列を組む。何であろうと、まず自分達は生き延びなければならない。リタ達を後ろに下げ、武器を構える。 臨戦態勢の彼らを紅き目が、空気を切り裂かんばかりに睨み、叫んだ。 「ダレダ……! オレヲ……オレヲミルノハ……ミルナ……ミルナミルナミルナミルナミルナミルナッ! オレヲミルナァアアアアァアァアァアアアアッ!!」 ロストは再び叫び、突進してくる。 その速度は人間にしては異常であった。――人間にしては、だ。 肉を切り裂き、骨が砕ける音がした。同時に、ロストは前のめりに倒れ伏す。 ロストの足には、彼らからの斬撃の痕がいつの間にかあり、そこから噴水のように血が吹き出てくる。 「ァガッ……! ァアァアアァァァアアアアアアァアァアア!!」 ロストは決して弱くない。寧ろ、一個小隊なら一瞬で潰せるほどに強い。 それを相手に生きているリタ達もそれなりに強い。 だが、相手が悪かった。 「つ、強い……」 「目の前でやられると……何だか自信なくすな……」 今、ロストの目の前にいる四人は、数千の魔物を殺し、数百の竜を殺し、国を滅ぼす竜を殺し、闇に潜んだ竜を殺した、人類最強の四人。 格が違う。次元が違う。『強さ』の意味が違う。 この洞窟が修羅道ならば、まさしく彼ら以上に相応しい場所はない。 彼らは言うなれば【阿修羅】。たかだか人以上の存在に、殺される人間ではない。 「ウグッ……! ァア! アァアアアアアアァアァアアァァアアア!! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスッ!」 必死に立ち上がろうとするロストだが、激痛がはしり、立てるどころではない。それどころか、徐々に足が変色し始めてくる。 血が無くなり、その肌の色のみとなってきたのだ。洞窟内は氷点下であり、そう簡単に腐りはしないが、このままでは失血死してしまうだろう。 「ァアアァアァアァアアァアアァアァアァアア!! ミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナァアアァアァアァアアッ!」 「ちょ……ちょっと! 何か助ける策があるんじゃないの!? あのままだと死んじゃうわよっ!!」 もはやロストの周りは血の海と化しているが、まだ意識がある。やはりフロワロによる身体変化があったのだろう。想像以上に人間よりも強靭になっており、あの程度では致命傷どころか万が一にも治癒してしまう可能性もある。 リタ達がそれを知らずに声をあげるのも無理はない。 しかし、彼らはそれを知りながらも、必死に今すぐ治してやりたい衝動を抑えていた。 「……何か、考えがあるのね?」 その問いに、彼らは静かに頷いた。 彼を戻す算段はある。それは、『生死の狭間から蘇らせる』――という賭にも似た方法だ。 彼らの内一人が、この症状を仲間より知らされた時、ふと思い出したことがあった。 それは三年前。発症者は自分達。 ――三年間の、植物状態である。 植物状態自体は、医学においてそう有ることではないが、珍しい事ではない。 しかし、彼らの発症した原因は【フロワロ】である。 そして目覚めた後に身についた特性。 常人であれば、一日として保たないフロワロの毒に対して、まるで無いかのように平気でいられる【耐性】。 姿形は変わっていなくても、その特異性には類似点がある。 つまり、自分達も【ロスト化】していたのではないか――。 そう考えてからは話は早かった。要は何も『ロスト化を消す』必要は無い。大事なのは『心身が変わってしまった原因を見つける』こと。 自分達が助かった理由は何か。 そして、彼らが変わってしまった理由は何か。 彼らは一つの結論へと辿り着く。 おそらく、『精神力』だろう。と。 『彼』は自暴自棄の状態でここに来た。 そして、おそらく、言動から察するに(“ミルナ”と言う言葉と明らかに彼の物ではない血にまみれた剣から)、【ロスト化】した人を何が何なのか分からずに殺してしまい、罪悪感から畜生への道へと歩んだのだろう。 で、あれば。まず、その罪に取り憑かれた彼を一時期仮死状態にして、意識を無くす。 その後、彼の想い人である彼女から『生きたい』という意識を与えながら蘇生を施す。 素人考えではあるが、ロスト化の治療法はプレロマでさえ分からない。 時間は、無い。これ以上彼のロスト化が進行して、本当の魔物に堕ちる前に、何とかして助けなくては。 これが今彼らが出来る、最善にして唯一の方法なのだ。 「分かった……確かに、今はそれしか方法は無いわね……貴方達を信じるわ! じゃあ、あたし達は近づいてくる魔物がいたら追っ払うわ! エミリ! ハリス! もう回復したでしょ! 私達も少しは役に――あれ……?」 「ァア……ガ……ア……ァ……!」 絶対に、成功させなくてはならない。彼のために。そして彼女のために。 「どうしたんですか……?」 「リーダー?」 「いない……」 彼らは全集中力を彼と、自身に近づくまたは、狙ってる魔物はいないか。それだけに注いでいた。 「え? いないって……?」 「彼女が、いない……!? みんなっ!! っ! しまっ――!!」 だからだろうか。 「駄目ですよ、彼を殺そうとしちゃ」 彼らに気付かれないように移動していた彼女が、何処にいるのか気にも止めなかったのは。 「彼を殺していいのは――」 彼らは気付くと同時に駆ける。彼女の手には、冷たく光る銀色のナイフ。 「彼のモノである――」 距離は数字にして二メートル。だがたった二メートルが、長くとても長く。そして―― 「私だけの――権利なんですからねぇ!」 「だめぇええええぇぇえええ!!」 ――残酷で、冷たい壁に感じた。 「――コロ ス。ミタ モノ ハ コロス!」 肉を食いちぎられる音が響く。 「あ……れ……?」 骨が砕ける音が響く。 「あ……あぁっ! 止めて……止めてぇえええぇええ!!」 彼女の手が、腕が、肩が、彼の口で、牙で、顎で―― 「おか……しい……なぁ……私が、殺す筈なのに……」 ―― 切り裂かれて、千切れていった。 ◆◆◆ 私は消えた。 何も、彼に告げずに消えてしまった。 どうして? 私は恨みたくなった。悲しみにも似たその怒りは、誰が知ることもなく、すぐ消え失せた。しかし、その問いが消えることは、生涯無いだろう。 何故彼から消えなきゃいけないの? 何故彼と一緒に生きていけないの? 何故彼と――? 私は彼から消えた後、商人の家に養子となった。表向きはアイゼンからの家出として。 彼と分かれてから私はがむしゃらに働いた。彼の事を考えてしまうと、涙が止まらなくなってしまうから。 諦めよう――。所詮は貴族と奴隷、いつまでも夢みたいな事を考える、己の何と幼い事だろう。そう自分に言い聞かせた。 「あ、あの……少し聞いてもいいですか? 昔……アイゼンに住んでいたりとか……して、いませんでしたか?」 そんな時、彼と出会った。 彼だ。かなり変わってしまったが、彼だ。彼なんだ。私の本能が叫んでいた。 何か幻想を見ているんじゃないかと、冷静になろうとしている自分がいたが、心がドキドキとうるさくて、顔から火が出るんじゃないかと思い、必死にいつも通りに接しようと務めた。 「そう……ですか……あ、あの! その……用事が無くても会いに来て……いい、ですか……?」 嘘をついた事に、彼はガッカリすると同時に、何故かホッと溜め息をつくと、そう提案してきた。 ――何だ。やはり自分は彼にとってその程度なんだ。そんな自嘲気味な考えを浮かべながら、もし彼が私に気付いたらどうしようかと心配していた自分に渇を入れた。 ――彼の隣にいることすら罪なのに、有り得ない未来を心配するな。と。 それから私は、彼が来るのを何度も待った。 きっと彼は『彼女』に似ているとか、そういう事で来ているのだろう。 そう思うと、今までの悲しみが嘘みたいに消し飛んだ。 彼から『大事な人』を探している事。 しかし、それはその人にとって迷惑になるだけだろうからもう探すのは止めると言われた。 私は、そんな事はない。と、偉そうに彼に言ってしまった。嫌われたかな……? そう思っていたら、彼はこう言ってくれた。 「ありがとう……そう言われると、少し気持ちが楽になったよ。ありがとう」 私は純粋に嬉しかった。私如きに、こんなにも優しい言葉を言ってくれた彼が、ただただ嬉しかった。 そして、私はこれからもひっそりとだが彼を助けることに決めた。きっとそうすれば、彼は私と、『彼女』ではない私を必要としてくれるから。 ずるいなぁと、我ながら思う。でも、ちょっとくらいはいいよね? そうだ、×××××を作って―― ……? あれ……? 何を作ったんだっけ……? 「ありがとう……御守――大事――使――」 思い出せない……大切な――×××××との――大切――何――何――! 何――! 何で!? 何で思い出せないの!? 私は……! 私は×××××に――何を――! 「×××××」 そうだ――そうだ――×××××――に――謝ら――。 ――×××××が――死ぬ? ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙!! 嫌だ――! 駄目――! ×××××が―― ! 嫌――! とられる――また ――×××××が――もう 会えな くなる――。 早 行 きゃ――。××××× また から消 前 ――。 嫌……。 ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ! もう嫌だ……! また……また失うのはもう、嫌……! ×××××に……×××××に会えなくなるのはもう嫌だぁああああぁあああああ!! ……そうか。私が……殺せばいいんだ……そうだよね。私がとっちゃえばいいんだよね……ふふふ……なーんだ、簡単な事じゃない。 ふふふ……あはははははははははは! もう誰も! そうよ、もう誰も! 私達を引き離せない……! だって私達は一つになるんだもん! あははははははははははははははははははははっ!! あはは……。 …………………………………………………………………………………………………。 ……×××××……私ね……もう、一人は嫌なの……×××××……。×××××……ねぇ……助けてよ……あの時みたいに……助けてよ……! ……一緒にいたいよ……×××××……一人に、しないでぇ……いるだけで、いいから……×××××……っ! 助けて……っ! では最後に今回の話をまとめてさようならノシ ◇彼を元に戻す……その為に一度仮死状態にしなくてはならない……後少し……! しかし、彼が殺されると思った彼女は「とられるぐらいなら……!」と彼を自らの手で殺そうとする。 しかし、彼は突如として彼女へと牙を向けた……。
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/85.html
##ネタバレ(ほとんどオーラスまで)注意!## 指標を簡単に。 すごく:非エロ やや:欝 実に自己満なお話を読んでくださった方、どうもありがとうございました。 とりあえず満喫したので次からは普通のエロ書きます。 最後に、斑鳩の便利リンクなどを。 動画 ttp //www.nicovideo.jp/watch/sm5816012 Final chapter [輪廻 Metempsychosis] ■2月14日18 34 H国海防軍正規空母“鶉”艦長室 「――艦長、彼らの提案を、どうされるおつもりなのですか」 「どうもせんよ。我々はただの軍人に過ぎん。この国では、軍人の指揮を執る のは国法が定めた文民だ。あやつらに指揮権はない」 「は、はあ。仰るとおりですが」 「それに、そもそも我々では竜には勝てん」 「しかし」 「もちろん、非常事態となれば民間人の救出に最大の努力を払わねばならん。 それだけは心しておいてくれ、副艦長」 「イエス・サー。ですが、その、お言葉ですが」 「なぜ儂が勝てないと言うのか、わからんか」 「……はい。本艦には最新鋭の軍事衛星、“不動明王”のコントロール権があ ります。巡航ミサイルも十分なストックを持っていますし、護衛となる飛行隊 は高い錬度にあります。むしろ我々が先制攻撃に参与しないことによって、民 間人への最終的な被害は拡大するものと推測されます」 「最終的、と言うかね。最終的には人間はみな死ぬ」 「それは極論です」 「いいかね、副艦長。覚えておきたまえ。人間が犯す最大の過ちは、いつだっ て『緊急時における特別な措置』から始まるのだ。それは、臨機応変とは異な る。臨機応変というのは、十全な準備があった上で、準備の範囲内で対応を変 えることを言う。準備の範囲を超えるのであれば、それは負け惜しみの無駄な 足掻きと言うのだ」 「……は、心します」 「すまんな、年寄りはすぐに説教臭くなる。それよりどうかね、将棋でも一局、 打っていかんか」 「申し訳ございません、まだ軍務中ですので」 「仕方ないな。またコンピューター相手とするか」 「失礼いたします」 副艦長が敬礼して出て行くのを、艦長は退屈げに見送る。だが艦長室の扉が 閉められたあとも、艦長の視線は扉を見つめたままだった。彼はしばらくそう していたが、やがて手元のコーヒーカップに手を伸ばす。 「まったく。臨機応変についてのお説教をしたばかりだというのに、臨機応変 な対応ができんとは」 ■2月16日04 43 防衛戦線中央司令室 「その後、α6からの通信は?」 「約51時間前にアクセスを試みた形跡がありますが、それが最後です」 乱雑に散らばった書類が層を成しているテーブルを前に、エメルは厳しい表 情で立っていた。 「α6の現在位置は」 「追跡不可能」 「なんだと?」 「約60時間前から、彼ら自身に搭載された通信機からのパルスが、まったく感 知できません。こちらのセンサーにも反応なし」 「なぜ報告しない!」 「問題発生時に報告されています」 「――そうか、すまない。彼らが任務遂行不能状態になっている可能性は?」 「計算不能。データが少なすぎます」 「分かった。H国の動きは」 「探知不能」 「――後手を踏みすぎているな、我々は。連絡途絶時のデータと、51時間前の アクセス記録を見せてくれ」 エメルの手元にあるディスプレイにデータが並んでいく。とても人間の眼で は追えない速度だが、彼女はそのすべてを理解しているようだった。 「第6軍を緊急動員しろ。どれくらいかかる」 「18時間以内に75%が動員可能です」 「十分だ。第6軍に命令、ヘイズおよびH国の竜を攻撃する」 「ですが――」 「評議会の意向など知ったことか。今動かなくては間に合わん。タケハヤは回 復したか?」 「アイテルからの報告では、まだ不十分だと」 「タケハヤに第6軍の指揮を任せる。4時間以内に出頭させろ。それから、基地 の全員に通達だ。第6軍の上陸から24時間以内に、本部をH国首都に移転する。 引越しの準備を始めろ」 「アイ・サー」 無表情なオペレーターたちが、命令を伝達していく。エメルは重いため息を ついた。30分とたたないうちに、ヒステリーを起こしたアイテルを引きずって タケハヤがここに来るだろう。鎮静剤を用意させるか? いや、無駄だ。まっ たく、なぜこんなことまで考えねばならん。 エメルは歯を食いしばると、拳を固めた。 「敵は、竜だ。我々は断固として彼らを殲滅する」 ■2月17日12 23 H国山岳地帯 4人の男女が、崖の上にいた。全員匍匐体勢で、カモフラージュネットを被 っている。 「シュヴァルツ、あれがヘイズさんのお宅の入り口だ。分析しろ」 「分析中です――熱探知の結果から、地下5階前後まで掘り下げてあると推定 されます」 「思ったより浅いな」 「各フロアの床厚は相当のものです。ちょっとした核シェルターですよ」 「そこはまあ、想定済みだ。念のため聞くが、例のアレが貫通しない確率はど れくらいある?」 「ほぼ皆無です、隊長。ヘイズ本人が妨害しない限り、この程度の防壁では話 になりません」 シンラはやや落ち窪んだ印象のある目を細め、口をへの字に結んだ。 「使わずに済ませたいもんだな」 「シンラ。迷いがあるなら、ここで引くのも勇気よ」 「それはできない。俺たちはこの国のタカ派の連中に、突入すると宣言してる。 その約束を違えれば、防衛戦線とこの国の関係はさらに悪化するだろう。俺た ちの突入を契機として防衛戦線が上陸作戦を展開し始めた段階での、再離反ま であり得る。やるならそのタイミングしかあり得ないからな」 「そうね。彼らは――やりかねない。でも、本当にいいのね?」 「お前らこそどうだ。状況が状況だ。一人でも拒否するなら、俺は作戦を撤回 する」 「ここまできてそれはありえないですよ。やりましょう、隊長」 「シンラの見解に賛成します。それに、タカ派のクーデターは規定の路線です。 その前にヘイズに一定以上の打撃を与えておかないと、タカ派の要請で到着す るであろう防衛戦線の主力が、上陸中に襲撃される危険性が高まります」 カガリは、沈黙していた。目を閉じたその姿は、まるで眠っているかのよう だ。 「……あたしは、あなたが行くところに行く。作戦を撤回したら、あなたは一 人で突入するつもりなんでしょう? あたし、その手の後悔をするのは絶対に イヤ」 「分かった。すまん、迷ってたのは俺だけだったみたいだな」 「いつものことじゃない。指揮官なんて迷うのが仕事みたいなものなんだから、 いまさら謝らなくていいわよ」 「りょーかい。移動するぞ。今のうちに食っとけ。18 00に作戦を開始する。1 4 00の段階でトラップを確認しておけよ」 「アイ・サー」 「で、シュヴァルツ」 「なんでしょう?」 「そこの山小屋の自販で缶コーヒーを買ってきてくれ。人数分な。俺とカガリ は無糖のブラックで暖かいやつ。釣りはお駄賃にくれてやるよ」 「サー・イエス・サー。ふふ、なんだか遠足みたいですね」 ■2月17日13 16 H国某所 正しいか間違っているかで問われれば、儂はおそらく間違いを犯した。 この国は、まもなくその長い歴史に終止符を打つ。その場に居合わせること になった我が身の不幸は嘆くに値するとはいえ、それでいて自分がただならぬ 興奮を覚えていることもまた告白しなくてはなるまい。 世界は変容している。我々が用いてきた旧式の理論は、細密化によってその 再現力を高めているように見せかけつつも、実際には偽りしか描けていない。 偽の水晶球に移るのは、何をどうしたってまがい物だ。 時代はうつろい、世界は変わった。もはや、1/2と1/2を足し合わせる計算で すら、かつてのような結論では間に合わぬように感じる。 老人の妄言と思うか? 1/2と1/2を足したら1、そんなことは小学生だって 知っている、そう思うか? そう思うのであるならば、それは我々がまさに今、 限界に向き合っているということの証左だ。我々は、1/2と1/2を足した本当 の答えを、探さねばならない。人と人ならざるものを足しあわせて生まれた彼 らが、単純にそれの合計や、あるいはその合計以上以下であるといったところ とは違う世界に飛び立とうとしているように。 ■2月17日17 00ごろ H国首都 「まもなく小学生が下校する時刻となります。できるかぎり子どもたちに目を 配り、安全に帰宅できるよう、皆様のご協力をお願いいたします」 ■2月17日17 58 H国海防軍正規空母“鶉”メインブリッジ 「副艦長、ちょっとよろしいでしょうか?」 「何だ」 副艦長は何気なく返事をしたものの、電子戦オペレーターの困惑した表情を 見て眉をひそめた。 「どうも……何か妙な感じがするのです」 「感じ、ではわからん。正確に報告したまえ」 「は、はい。失礼しました。4日ほど前から、アメニティ関係のネットワーク が重くなっておりまして」 「ウィルスのチェックは」 「もちろん行いました。おそらくは物理的な機材の損傷があると思われるので すが、なにしろアメニティ部門ですので」 副艦長の表情が曇る。アメニティ・ネットワークは、艦のあらゆる部分に繋 がっていて、部分的には戦闘コンピューターとのリンクも行われている。今す ぐ致命的な何かが起きることもないだろうが、根が深い問題になっている危険 性はある。 「何か悪影響が出ているのか?」 「いいえ。いまのところ、若干のネットワーク遅延が発生しているだけです」 「空調関係は」 「異常ありません。緊急気密処理や、対放射能汚染対策装置にも干渉は確認で きません」 「問題ない、ように思えるな」 「はい。しかし」 「気持ちが悪い」 「そうです。平均すると遅延は200μs程度ではあるのですが」 「……分かった。艦長に報告して、この週末のシステム再起動時に徹底してネ ットワークの調査を行うことにしよう」 「なんだか余計な予算を使ってしまうようで、申し訳ございません」 「貴官が謝罪することではない。むしろ不具合を発見したことを誇るべきだ。 だが、次は4日前に報告するように。200μsが20μsであっても、だ」 「イエス・サー」 耳をつんざく戦闘警報が鳴り始めたのは、まさにそのときだった。 「どうした! 何が起こった!」 副艦長が叫ぶ。 「不明!」 「不明とは何だ! そんな馬鹿なことがあるか!」 「ほ、本艦は、攻撃を受けています! 艦橋の防御シャッター起動しました」 艦橋のガラス窓が、一斉に真っ黒なシャッターで覆われる。 「ミ、ミサイル! ミサイル接近、フレア間に合いません! 着弾!」 ミサイル接近の声に全員が対衝撃姿勢をとるが、船はいたって静かなままだ。 「何が起こっている! ミサイルはどうなった! 不発か?!」 「わ、わ、わかりません」 「ミサイル着弾の衝撃を検出できず。外部装甲に損傷ありません!」 「第一級戦闘態勢を宣言する。事態の把握を急げ」 「イエス・サー!」 「無駄だよ、副艦長」 「無駄とは何だ、無駄とは!……し、失礼しました、艦長。冷静さを、欠きま した」 いつの間にか、艦長が艦橋に置いてあったパイプ椅子に座っていた。オペレ ーターは必死に制御卓をチェックするが、あらゆる情報が矛盾を訴えている。 混乱は広がるばかりだ。艦長だけが、一人泰然としていた。 「副艦長。いつからかな、軍人が――いや、危機に瀕した人間が、真っ先にや ることが、電子機器のスイッチを入れることになったのは」 「艦長、申し訳ございませんが今は」 「副艦長。無駄な努力を今すぐ止めて、儂の話を聞きたまえ。そして私の質問 に答えてくれないか。 なぜ君の部下は、いつまでもその無用の長物と向き合っているのだね。彼ら には二本の足がついていないのか? ミサイルが着弾しただと? 君は着弾し たという事実を、着弾衝撃だの損害自動報告だのを見て信じるのかね? 着弾 したのは、この船だ。君の身体は、着弾を感じたのか? 君はなぜ、目に見え るものを信じずに、目に見えないものを信じようとする」 「は、はっ……それは」 「なぜ君は、君の命令を正確に伝えているという保障もないその無線機に向か って、声をからしているのかね。冷静に観察したまえ。我々は、もう負けてい るのだ。この船は電子的に制圧された。違うかね? だのになぜ君は、この船 の電子機材を使って命令を出そうとしてる」 「そ、それは……その、いえ、私の失態です」 「君の、ではないよ。儂のミスだ。この船には伝声管を取り付けないと聞いた とき、もっと真剣に抵抗しなくてはならなかった。手旗信号用の旗を積まない と聞いたとき、乗員が手旗信号を知らないと聞いたとき、儂が自分の金で手旗 を仕入れて、部下を教育すべきだった。晴れた日にでも、甲板の上で、皆で旗 を振るのだよ。楽しいぞ。だが、遅い。我々は、目も、耳も、口も失ってしま った」 「艦長――」 オペレーターたちは次々に報告を叫び、互いの報告を否定しあっている。艦 橋はまるで機能していなかった。 のそり、と艦長が立ち上がる。 「儂らが未だ生きておるということ、船の指揮権すべてを奪われているわけで はないこと、周囲に竜の気配がないこと。これらを鑑みるに、この船を乗っ取 った輩には、この国の誰とも共通しない目的があるのだろうな」 「それはつまり、まさか防衛戦線が」 「それ以外にあり得ん。しかるに彼らの軍隊の姿も見えぬことを考えれば、お そらくはあの政治屋どもが言っていた、『防衛戦線の使者』とやらが仕組んだ のではないか」 「そんなことが可能なのですか? 彼らはたった4人であるという情報が」 「飛行機をハイジャックしてビルに突っ込むには、テロリストが4人いれば十 分だった。まあ、いい。犯人探しをしたところで詮無いことだ。今は、我らに できることをしなくてはならん」 「は、はい。しかし」 「どれどれ、そこの女の子、ちょっとそのテーブルの上に登らせてもらうから、 場所をあけてくれんかね。それから、この無意味な防御シャッターを開けてく れ。今すぐにだ」 「その席を外せ。艦橋の防御シャッターを開けろ。偏光設定も解除だ、急げ!」 オペレーターたちが機材と5分ほど格闘して、ようやく艦橋のシャッターが 開いた。混乱は、飛行甲板にも広がっている。あちこちでパイロットと整備員 が口論し、なかには殴り合いの喧嘩をしている者もいた。 艦長はオペ卓の上に立つと、甲板の上を眼で追う。と、誰かの姿を見つけた ようで、手を振った。そして一呼吸置くと愛用の双眼鏡を目に、なにやら複雑 な身振り手振りをする。 「……艦長は、その、何をやっておられるのでしょう……?」 席を失ったオペレーターが不安そうに副艦長に囁く。 「おそらく、甲板にいる誰かと手話で通信しているのだ。原始的だが――クソ、 艦長が何を伝えていらっしゃるのか、私にはわからん。なんということだ」 「わ、わたしも、ハンドサインを覚えたほうがよかったのでしょうか」 「貴官が、ではない。我々全員が、だ。なんと――なんという、ことだ。艦長 の仰られた通りだった。我々は、戦争などできる状態ではなかった」 しばらくして、艦長は机から降り、盛大にため息をつく。 「話はつけた。飛行甲板は儂の代理が仕切る。艦載機を対竜装備に換装、順次 発艦させる」 「か、艦長、お言葉ですが、それは」 「できる。飛行甲板のエレベーターはシステムが独立しておる。弾薬庫周辺の 機材は完全に独立させるべし、と儂が強硬に主張したからな」 「申し訳ございません、存じませんでした――」 「暇ができたら、一歩でも多く艦内を歩いておくことだ。散歩がてらにな。健 康にもいい」 「赤恥ついでに伺いたいのですが、飛行甲板で艦長の代理を務めてられている のは、どなたでしょうか」 「おお、そうだったな。勝手に人事を差配してしまってすまんの。甲板を仕切 っているのは、ナナミ二等海兵だ」 「ナナミ――二等海兵?」 「おうよ。名前に聞き覚えくらいあるだろう」 「――いえ、二等海兵となりますと……しかし、ナナミ――ま、まさか、その、 本艦の設計者の、ナナミ博士ですか!?」 「ああ。途中で主任設計者を外されてしまったがな。儂の力不足だ。しかし奴 は最後まで『自分の船』を見届けると言い張ったから、1週間ほど前に儂のコ ネで乗船させておいた」 「こうなることが、わかっておられたのですか?」 「ナナミの奴は予想しておったよ。だが、儂がタネを仕込めたのはここまでだ。 ここから先は、英雄様たちのお慈悲にすがる以外、できることはない」 「そ、そんな、この絶望的な状況で、艦載機だけでも救出できるなど、そのほ うがよほど英雄的であります、艦長」 「絶望か! いいかね、こんなものはまだまだ絶望的な状況とは呼ばん。 おっと、どうやら次のリクエストが届いたようだな。ふん、派手にやってく れる。ここまでおおっぴらに負けると、いっそすがすがしいというものよ」 艦橋の統合ディスプレイに、赤い文字が浮かんだ。全員がその文字を見上げ、 そして呆けたように口を半開きにする。 カウントダウンが始まった。 ■2月17日18 26 H国山岳地帯 ヘイズが根拠地としている穴倉には、一面にフロワロの花が咲き乱れていた。 人間の侵入を阻むのであれば、これが一番面倒がないということだろう。もっ とも、ここの主人はフロワロだけでは飽き足らなかったのか、入り口付近には いかにも剣呑そうな雰囲気を漂わせる竜が守りを固めている。 「ヴァイス、着弾まであとどれくらいだ」 「1分以内です。誤差30秒前後」 「オーケー、そろそろ衝撃に備えろ」 そのとき、地平線の彼方で何かが光った。遠目には数機の飛行機が飛んでい るように見える。見張りに立っていた竜たちが、威嚇するような顔になって、 飛翔体群を睨みつけ―― 次の瞬間、天と地がひっくり返った。 正規空母“鶉”から発射された巡航ミサイル6発は、ヘイズの基地の地表部 分を一瞬で焼き尽くした。地上にいた竜たちは、悲鳴をあげる時間すら与えら れなかった。音速を超える速度で飛来した裁きの矢のうち、数発は最後の最後 で急上昇し、そのまま急降下するように軌道を変更、大地に深々とした穴を抉 る。 崖の上で着弾を観測していたシンラたちは、想像した以上の破壊力に一瞬絶 句したが、次の瞬間には翼を生やしたシンラにつかまって全員が宙に舞い上が っていた。 「すげえな、こりゃ。さすが一発2億だけのことはあるぜ」 「そんなするの!? じゃ、じゃあ今の一瞬で12億!?」 「おう」 「なんかもう、一生分の浪費をした気分」 「給弾システムがジャックできれば第二波も撃てたんですが」 「十分だ。これ以上は俺ら庶民には弁償しきれん」 「今だって無理でしょ、12億なんて」 「連帯責任って言葉があってな、一人4億だろ、頑張ればもしかして……と、 あの穴から中に入るぞ。環境シールド起動まで3秒。起動、いくぞ!」 「アイ・サー」 彼らが突入した先は、闇に包まれた通路だった。ミサイルは地下2階までの ショートカットを作ってくれた一方で、爆心地近くは天井の崩落も激しく、あ まり安全とはいえない状況だ。 それでもなんとかシュヴァルツが瓦礫の隙間を見つける。シンラが通り抜け るのに一苦労したものの、辛うじて彼らはヘイズの拠点内部への侵入に成功し た。さすがに、彼らの表情からも余裕の色は消えている。ここは文字通りのパ ンデモニウムであり、ヘイズが待つであろう最下層までは地獄と遜色のない世 界が待ち受けていることを、彼らは知っていた。 「シンラ、やばいのが来る気配がする」 「ヴァイス、シュヴァルツ、周辺警戒だ。カガリ、ステルスモードを起動」 「ステルスモード起動完了。ダメね、こっちに来てるみたい」 「余計な雑魚がついてこないだけでも十分だ」 「隊長、敵影確認。データにはないタイプです」 「わかるのは、厄介だってことだけか。二人とも、正面を取るなよ。俺が攻撃 をひきつける。あとはいつもどおり、だ。武運を」 「ご武運を」 じゃらり、じゃらりと、鎖を引きずるような音ともに、闇の向こうから巨大 な刀身を模したような姿の竜が現れる。シンラは理力楯をかざして走り、ヴァ イスとシュヴァルツはその姿を闇へと溶かした。カガリは精神を安定させる効 果のあるフィールドを展開していく。 「来い、バケモノめ! 貴様のその刃が伊達じゃねえってなら、かかってくる がいい!」 シンラが咆えるように絶叫する。 かくして、絶望的な消耗戦が幕をあけた。 ■2月17日21 48 H国山岳地帯 「……! ……ラ! シンラ!」 耳元で自分の名前を呼ぶ声を聞いて、シンラは意識を取り戻した。頭蓋を捻 じ曲げるような鋭い頭痛と、全身を苛む鈍痛に、顔をしかめる。 「クソ、頭ん中で……魔女の婆さんが、ルンバを踊って……やがる。状況の、 報告を」 「仮称『ヘイズ・シールド』は倒したわ。あの壁みたいな奴。あなたは最後の 一撃を受けきれなくて、私の治療も間に合わなかった。幸い、ヴァイスとシュ ヴァルツのカウンターで始末できた。あなたは心肺停止状態だったけど、蘇生 を試みて、今ようやく成功したところ」 「死んでたのか――どうりで」 「精神汚染が進んでる?」 「――脳みそを、万力にかけてる、みたいだ。っと、シュヴァルツ、絶対に― ―共有回路を、開くなよ? 発狂しかねん」 「で、でも」 「すまん、時間がないのは、わかってるが、1分だけ、休ませてくれ。それか ら、動こう。ステルスモードは――維持、できているな? 環境シールド、は、 今ちょうど……動かしたところだ」 シンラは荒い息をついて、背を壁にもたれかからせる。カガリは彼の額に手 をあて、僅かでも苦痛を緩和しようと治療フィールドを活性化させた。ヴァイ スとシュヴァルツは不安そうな顔でそれを見守っている。 彼らは、限界に達しつつあった。 もとより彼らは敵陣に深く潜入し、そこで長期間活動することを前提に編成 されたチームではあったが、この場所は彼らをして常識外れの消耗を強いられ る場所だったのだ。治療フィールドを維持しているカガリも顔面は蒼白で、ヴ ァイスとシュヴァルツは全身のあちこちに怪我が目立つ。 だが、一番状態が悪いのはシンラだ。彼が生きているのは、皮肉にも、意識 を失ったことによって体内の竜が活性化したためだ。その代償は大きく、彼の 右手は竜のような鍵爪に変形したままになっている――もっとも、そういうこ とがあり得るから、彼らは時代錯誤にも思える剣や斧といった武器を得物とす るのだが。 「あと……どれくらいで……ゴールだ」 「現在のペースで進軍した場合、推定で2時間です、隊長。敵の襲撃が激しく なることは予想できますので、3時間はかかると思われます」 「3時間は……まずい」 「なるべく戦闘を避けるしかないわね」 「だな……よし、オーケー……動ける」 シンラはよろよろと立ち上がった。どうみても大丈夫ではないのは明らかだ。 しかし、彼にはそれしかなかったし、チームメイトにしてもまた先に進む以外 の道を持ち得なかった。 だが、ヘイズが用意した防御網は、疲弊しきった彼らに追い討ちをかけ続け た。シンラの護衛能力は、レーザーですら「見てから止める」と言ってはばか らないほど高度なものだったが、『ヘイズアーム』と名づけられた巨大な剣型 の竜が振りかざしてくる一撃は、彼をして片膝をつかせる威力がある。 さらに問題になったのが、『ヘイズシールド』だ。ヴァイスとシュヴァルツ が振るう、単分子ワイヤをコートしたナイフは、あらゆる竜の装甲をやすやす と切り裂くが、この巨大な壁にも似た竜は彼女らの一撃を受けてなお平然とし ていた。大地をゆるがすような衝撃波は彼らを打ちのめすのに十分な破壊力を 持ち、身をもってその攻撃を受け止めるシンラはほぼ常に極限状態での戦いを 強いられている。 連戦に次ぐ連戦のなかで、一番焦りを感じていたのはカガリだ。彼女は数回 に渡るヘイズシールド戦の中で、彼女の内に潜む竜が持つ力をほぼ使い切って いた。竜の力を借りて医療用ナノマシンを通常の100倍近い効率で働かせるそ の技は、文字通り奇跡そのもののような威力を発揮するが、この「奇跡」には タネも仕掛けもあるぶん行使できる回数に限界がある。 それでも、彼らはひたすらに前に進んだ。群がる敵をなぎ倒し、切り払い、 叩き潰して、返り血と自らの出血に塗れながら、ただ、前に進んだ。誰一人と して、絶望の言葉を漏らすものはいなかった。彼らには、勝利か、さもなくば 死しかないのだから。 ――だが、ついに彼らの足が止まった。地下5階、ヘイズが待ち受けると推 測されるフロアに下りる階段の前に、ヘイズシールドが鎮座していたのだ。シ ンラは音速で振動する刃を備えた剣を起動しようとして、カガリにその手を止 められる。誰もがわかっていた。やれば、倒せるだろう。けれどそれは、ほぼ 相打ちに等しい勝利になる。ヘイズに立ち向かう余力は一滴たりと残るまい。 彼らは来た道を若干引き返し、そして、誰からともなくその場に座り込んだ。 「……俺が、あいつを引きつけよう。お前らはヘイズを直撃するんだ。それ以 外に手はない」 「シンラ、それは無理です。シンラのサポートがなければ、私たちは一瞬で殲 滅させられてしまいます」 「わたしも同意見です。あれを全員でなんとかするほうが、任務達成の可能性 は向上します」 「それで、全員でヘイズの顔を拝んで、一斉に死ぬか?」 「それは……」 「シンラ、落ち着きなさい。この子たちの言う通りよ。シンラ抜きでヘイズと 対峙しても、あたしたちには何もできない」 「じゃあみんなでここで死ぬのか?」 「――シンラ。あたしに作戦がある。ただし、成功する確率はかなり低いわ。 それでも、成功すれば全員がほぼ無傷であそこを通り抜けられる。どう?」 「勿体ぶるなよ、プランを話してくれ」 ■2月17日23 19 H国山岳地帯 彼らは、ヘイズシールドの近くまで忍び寄った。ヘイズシールドがさほど高 度な知覚能力を持っていないのは、これまでの戦闘で確認している。 『始めよう。準備はいいな?』 『……アイ・サー』 『いいわ』 シュヴァルツが熱光学迷彩を起動する。彼女の姿が闇に溶けた。 『いきます、カガリさん』 『ひと思いにお願いね』 ヴァイスはきっと奥歯を噛みしめると、ナイフを閃かせた。音もなくカガリ の左手が付け根から切断される。間髪いれずカガリは医療フィールドを起動、 大量出血を抑止した。 シュヴァルツは(傍目には透明人間だが)切断されたカガリの腕を握ると、 通路に飛び出し、ヘイズシールドに向かって投げつける。 ヘイズシールドは、突然、自分の目の前に投じられた人肉の断片を見つけた。 「この状況で、何の前触れもなく人間の肉が放り出されるなど、罠以外にあり 得ない」という思いと、「ひさびさのご馳走だ」という本能が交錯し、一呼吸 ほど闘争を繰り広げた結果――本能が勝利した。 ほんのちょっとだけ。ほんのちょっと、目の前の肉を拾って食うくらいのこ とで、何が変わるだろうか! ヘイズシールドは触手をはためかせ、カガリの腕を拾い上げた。 その瞬間、翼を展開していたシンラは、3人の仲間をぶら下げ、ヘイズシー ルドの上にわずかに生まれた空間に飛び込む。触手が侵入者を叩き伏せるべく 振り上げられるが、間に合わない。コンマ数秒の差で、シンラたちはヘイズシ ールドの頭上をフライバイすることに成功していた。 階段に着地したシンラたちの背後で、怒りの咆哮が響く。シンラは3人をぶ らさげたまま、躊躇なくもう一度宙を舞った。飛ぶというよりは、ジャンプす るのに近い。あちこちの壁に派手に身体をぶつけながらも、彼は長い階段をす さまじい速度で降下していった。徐々に咆え猛る声が遠くなっていく。 「ここ、が、最下層、か――カガリ、大、丈夫、か?」 カガリの白い顔は、輪をかけるように蒼白になっていた。出血を止めた直後 の激しい運動で、塞いだばかりの傷が開いたのだ。医療フィールドによる治療 で出血を食い止めているが、またいつ傷口が開いても不思議ではない。 「酔った。でも大丈夫」 「は、は、す、まん――な」 「あなたたちは怪我はない? ひどい運転だったから」 カガリが床にしゃがみこんでいるヴァイスとシュヴァルツに声をかける。 「だ、大丈夫、です」 「……うう、ちょっと酔いました……」 「あなたこそ大丈夫、シンラ? こんなに長時間翼を出してる予定じゃなかっ たのに」 「大丈夫、ダ。っく、どこガ、だな、クソ。侵食、されテ――いく、のガ、止 まラん」 シンラの呂律が怪しくなってきた。カガリは、彼の舌が爬虫類を思わせる尖 り方をしていることに気がついく。シュヴァルツがシンラに手を伸ばすが、カ ガリが慌ててそれを止めた。 「やめなさいシュヴァルツ。いま何の外部サポートもなしにシンクロしたら、 即死しちゃうわ。シンラ、翼を戻せない?」 「……だめ、っポい、な。急ゴ――う。ソれしか、なイ」 シンラの両手は、完全に竜のそれに変化していた。顔にも鱗のような模様が 浮かび上がっている。裂けたボディーアーマーから垣間見える皮膚は、やや緑 がかって見えた。一歩を踏み出そうとして、よろける。背骨も微妙に変形して いた。 「シンラ……」 「ダいジょうブ、だ―― 雨の、よウナモ……のさ、やガ――ては、過ギ去、ってイく。そンな、こと モアッタ、なト、思イ出し――消えテいク…… さあ、イく、ぞ、コれが、ラス、と、ダ」 「ええ――いきましょう」 あたかも竜のように、やや前のめりの姿勢で歩くシンラの後を追いながら、 カガリは心の中で絶叫した。 これが、人類の業だとでもいうの!? 竜に会っては竜と成りてこれを殺し、 人に会っては人と成りて人を殺す。それが、そんなことが、人類の歴史だとで もいうの!? 彼女は情動制御回路をコールし、とめどなくこみ上げてくる感情を押し殺し た。今は、泣くなどという贅沢は許されない。そしてきっと最期まで、そんな 贅沢は、仲間たちの誰にも許されない。 ならば――ならば、それでいい。涙を流すのは、別の人に任せよう。 あたしたちは、血を流すので十分なのだから。 ■2月17日23 37 H国山岳地帯 地下5階には、敵の姿は見えなかった。フロワロは咲き乱れているが、シン ラが放出する環境シールドが彼らを守っている。4人は真紅の花畑を踏みしめ ながら前進し、やがて通路の突き当たりにある巨大な扉の前にたどり着く。 「これ、かしらね」 「間違いありません。内部から強烈な竜の反応。ヘイズか、さもなくばヘイズ 級の竜である確率は95%を越えています」 「ヘ、いズ、だ、よ――オレには、わカる。ヨんでルのが、きこエ、ル」 「『良くここまで来たな、虫けらども。褒めてやろう』って感じ?」 「せイかイ」 「お呼ばれとあっては仕方ないわね。行きましょう。覚悟は――いいわね?」 「はい。想定よりも我々の消耗は小さいです。現時点での任務達成確率、3%」 「お姉ちゃん、もうちょっとサバ読もうよ。マニュアルにも、士気が鼓舞でき ることが予想されるならば倍くらいまでは嘘を言っていいと書いて」 「あー、もう。元気ね、あなたたち。 ……さ、みんなやる気マンマンみたいだし、始めましょうか、シンラ」 シンラは無言でドアに力を込めた。音もなく、扉が開いていく。 扉の向こうは、広大な空間が広がっていた。打ちっぱなしのコンクリの壁が 寒々しさを感じさせる。天井は高く吹き抜けていて、この部屋の主が悠々と過 ごせるだけの空間が確保されていた。 部屋の真ん中には、全身を武装した巨大な竜の姿があった。どこかぬめりを 帯びたメタリックな輝きは、竜と人間の技術を融合させて作った合金だろう。 あちこちに大口径の機関砲がマウントされている。 「良く来たな、人間ども。ちょうど退屈していたところだった。ここまで来れ るとは思っていなかったが、少しは楽しませてくれそうだな」 「月並みな脅し文句ね」 「貴様らの『月並み』は、我々が作ったものだ。所詮、貴様らは我らの餌よ。 ニアラの命令ゆえ、やむなくつまらん政治屋の真似事をしていたが――今日で 終わりにしても良いというわけだ。貴様らは、祝杯代わりにしてくれよう」 「御託は十分よ。政治屋みたいに無駄口叩いてないで、ちゃっちゃとやること をしましょう」 「いいだろう。安心しろ、すぐには殺さん」 4人は一斉に散開する。シンラは剣と楯を構え、カガリは片手に拳銃を抜い た。ヴァイスとシュヴァルツの手には、鈍く光るナイフ。 『ヘイズは強力なECMを展開している。可能なタイミングがあれば、ECMを潰し ていけ。うまくいけば、“鶉”からの支援砲撃が期待できる。奴がここから逃 げ出した場合も、追跡が容易になる』 シンラが生体通信で指令を下す。3人は、シンラの内部で渦巻く狂気を通信 ごしに感じ、彼が生体通信においては普段と変わらない口調を保てていること に改めて驚嘆していた。 ヘイズが30ミリ機関砲を乱射する。あちこちでコンクリがえぐれていくが、 カガリへの着弾はすべてシンラがカバーしている。ヴァイスとシュヴァルツに は、かする気配すらない。 シンラが左手に持つ楯は、実体としての楯ではなく、空間の連続性を量子論 的に遮断する兵器だ――その威力と効果範囲は、彼の内部に渦巻く竜の力に比 例して大きくなる。 シュヴァルツとヴァイスが熱光学迷彩を起動する。彼女たちの姿が消え去っ た。カガリは自分とヘイズの間に常にシンラが入るような位置をキープしなが ら、空間全体にナノマシンを発散させていく。 銃撃では埒があかないと悟ったヘイズは、まずは邪魔な壁を排除すると言わ んばかりに、シンラに向かって巨大な鉤爪で襲い掛かった。 が、その懐でシュヴァルツの姿が実体化する。カウンター気味に打ち込まれ た一撃は、ヘイズの装甲をやすやすと切り裂き、傷跡からは緑の体液が噴出し た。一瞬の隙もなく、ヴァイスがヘイズの背後に姿を現し、背中に搭載してい た武装ラックを叩き斬る。火花が散って、コンデンサーが焼ける特有の匂いが 充満した。 ヘイズは、そんな彼女たちを無視して、シンラに向かって巨大な鉤爪を振り 下ろす。シンラは楯をかざし、真っ向からその一撃を受け止めようとした。 「おおおおおオオッ!」 シンラの雄たけびが響く。楯の構造的に、物理的な衝撃が彼に伝わることは ない。だが楯への打撃は、そのまま彼の精神を揺さぶる。無意識のうちに彼は 両足を踏ん張り、ヘイズの巨体を支えるように全身に力を込め―― そして――ヘイズの鉤爪は、シンラのかざした楯の前で静止した。禍々しい 色に染まったヘイズとシンラの瞳が、互いの瞳を凝視する。シンラは楯の効果 範囲をコントロールすると、空間の隙間から剣を振るう。ヘイズの鉤爪が1本、 ゴトリと重たい音をたてて地面に転がった。 状況の不利を悟って、ヘイズは大きく飛びのく。だがそこにヴァイスとシュ ヴァルツが襲い掛かった。彼女たちは血に飢えたジャッカルのようにヘイズの 手傷に向かって攻撃を集中するや否や、シンラの援護可能範囲から飛び出すぎ ないように素早く後退する。ヘイズは苦痛と不快感に低く唸った。 「ここまで来るだけのことはある、ということか。面白い。面白いぞ。どれ、 その楯は初めて見るな。どんな武器なのだ」 ヘイズがシンラを凝視する。シンラは反射的に楯で自身をカバーしたが、想 像されたような攻撃は来なかった。口から火炎もなければ、目から怪光線もな い。ヴァイスとシュヴァルツはシンラを睨みつけるヘイズに対して更に攻撃を 加えたが、何があるか分からないという判断が彼女たちに深入りを避けさせた。 「……ふん。玩具としてはなかなかだ。どうれ、お前たちにこいつの使い方を 教えてやるとするか」 ヘイズの正面に、空間の歪みが出現した。その中心には、シンラが持つ楯と 同じようなものが見える。 『シンラ、あれは、まさか』 『ヴァイスは分析を急げ。シュヴァルツ、無理に手を出すなよ』 ヴァイスは軽く後退して、ヘイズがかざした楯の特性分析に入る。シュヴァ ルツは散開して、ヘイズの隙を伺った。 「どれ、人間どもは、これをこうやって使うのだろう?」 ヘイズは尊大に言い放つと、左の鉤爪を大きく振った。その動きにあわせて 楯が動く。本能的に危険を察知して、シュヴァルツが大きくサイドステップを 踏んで――そして突然、すさまじい勢いで跳ね飛ばされた。投げ捨てられた人 形のように地面を激しく転がり、ぴくりとも動かなくなる。 カガリはシュヴァルツの生命機能に重大な損傷が発生したことを感知し、緊 急蘇生措置を起動した。ややあって、激しく咳き込みながらシュヴァルツが上 体をもたげる。彼女は口から大量の血を吐いていた。ヘイズは彼女を踏み潰そ うと突進したが、行く手をシンラに阻まれる。 『分析完了、あれはシンラの持っている理力楯とまったく同じものです!』 『そんな。あの楯は最高機密クラスの』 『事実は変えられん。シュヴァルツ、動けるか?』 『大丈夫です』 『二人で180度逆側から攻撃を続行しろ。この楯は、ニ方向を同時には止めら れん。殴りつけてくるようなら、俺がフォローに入る』 『アイ・サー』 戦況は彼らにとって一気に悪化した。ヴァイスもシュヴァルツも、あの一撃 があることを前提にすると、思い切った踏み込みができずにいる。シンラもま た、チームの打撃力である彼女たちの半分を封じられた上、いつどちらが狙わ れるか分からない状況にあって、思うようなポジショニングができずにいる。 カガリは治療と回復フィールドの維持にかかりきりだ。 「ハッ、どうにも飽きてきたな。ニアラの好物でも試してみるとするか」 ヘイズは楯を防御的にセットすると、高らかに咆哮する。その身体が青白い 光に包まれた。 『シンラ、ヘイズが回復フィールドを張ったわ』 『カガリ、こちらの打撃速度と、やつのフィールドの回復速度を比較しろ』 『ヘイズの回復力の方が上よ』 シンラの顔が険しさを増す。今のところシュヴァルツが一度大打撃を受けた 以外、失策といえる失策はないものの、このままではジリ貧だ。それに全員が 無視しようと務めているが、ここまで来る間に彼らが負ったダメージは深い。 どこかで誰かの緊張の糸が途切れたが最後、一瞬でチームは全滅しかねない。 シンラはヘイズが次々に繰り出す攻撃を捌き、受け止め、チームに指示を下 しながら、打開策を考え続けた。だが少しずつ、頭の回転が散漫になっていく。 竜の狂気は、戦闘という好物を与えてなお、彼の内面を激しく蝕んでいた。 集中を途切らせないように、途切らせないようにと意識しながら戦うシンラ に、再びヘイズの鉤爪が振り上げられた。気を引き締めなおして、鉤爪のコー スを読み、楯を構える。図体が馬鹿でかいぶん、フェイントだの攻撃の変化だ のを考えなくてもいいのはありがたい―― 次の瞬間、シンラは壁に叩きつけられていた。脊髄が軋み、息がつまる。カ ガリの叫びが彼の脳裏に木霊する。 地面に倒れたシンラの耳に、ヴァイスの悲鳴が聞こえた。立ち上がろう、立 ち上がらなくてはならない。どんなにそう念じても、彼の身体はまるで動かな い。むっとする血の匂いが鼻をつく。 ■2月17日23 46 H国山岳地帯 カガリは、シンラが見当はずれなところに楯をかざしたのを見て警告の声を あげたが、間に合わなかった。精神汚染が、彼の視覚に再び影響したのだ。ヘ イズの鉤爪に直撃されたシンラは戦闘続行不能なダメージを受け、そしてカガ リが動く隙もなく尻尾の一撃がヴァイスを捕らえた。装甲版がヴァイスの首筋 から右顔面をざっくりと切り裂き、彼女は脳震盪と出血性のショックでぱたり と仰向けに倒れる。 チームが半壊する事態にあってなお、カガリは落ち着いていた。意識を集中 させて自分の内に眠る竜を刺激すると、大気中に散布しておいた治療用ナノマ シンを一気に活性化させる。シンラは本能が命ずるままに立ち上がり、ヴァイ スもまた、片目は失ったままだがショック状態からは脱した。 シンラは翼を羽ばたかせると、一足で戦線に復帰する。シュヴァルツを狙っ たヘイズの一撃は、彼の楯が食い止めた。そしてチームは再びシンラを中心と したフォーメーションを組みなおす。ヴァイスの顔に刻まれた深い切り傷は、 カガリが展開した回復フィールドによって迅速に修復されていった。 カガリは、内心で敗北を意識し始めていた。今の「奇跡」で、奇跡のタネは 打ち止めだ。あと1回、なんとか捻出できないことはないが、そのためには彼 女の内なる竜を無理矢理たたき起こす時間が必要になる。現状、そんな時間的 余裕はどこにもない。 だがそれでも、彼女は諦めなかった。チームの誰か一人でも諦めれば、その 諦観はチーム全体に波及する。決壊寸前まで追い込まれた状況であるとはいえ、 そんな無様な最後を迎えるなどということは、彼女のプライドが許さなかった。 無意識のうちに下唇を噛みしめていた彼女の脳裏に、シンラの声が響く。 シンラは、事態の打開策を悟っていた。実のところそれは、ヘイズがあの楯 を出現させたその瞬間から、彼の脳裏によぎっていたものだ。しかしそれはあ まりにも馬鹿げた、リスキーな策であり、彼はそれを竜の狂気の産物として却 下してしまっていたのだ。 そして今、彼は奇妙に冴えた頭の中で、その直感が正しかったことを――正 確には、それ以外の手がないことに気づいていた。 ヘイズの猛攻を受け流し、チームのカバーに走りながら、彼は作戦展開図を 脳裏にまとめ、生体通信で画像を共有させる。彼の内側で一層激しく荒れ狂う 竜の狂気は、あわや画像リンクに接続したチーム全員の脳を焼くところだった が、それでも彼らはそのプランが勝利に続く唯一の小道であることを直感的に 理解した。 そしてシンラは、このプランの要となる一手が打てるのかどうか、カガリに 問い…… ――カガリはただ一言、「できるわ」と答えた。 ■2月17日23 47.5 H国山岳地帯 彼らはフォーメーションを変更し、攻撃正面を固定した。ヴァイスとシュヴ ァルツは同じ方向からヘイズに襲い掛かり、巧みなフェイントとコンビネーシ ョンで楯による防御をかいくぐる。 ヘイズは、シンラがやってみせたように、理力楯の一部に任意の穴を開ける ほど扱いに慣れているわけではない。いきおい、二人の猛禽類からの攻撃を防 ごうとして楯を展開すると、攻撃は防げるがヘイズもまた彼女たちを攻撃でき なくなる――シンラとカガリは攻撃陣の背後を完璧にキープしており、ヘイズ はイラつき始めていた。 かくして、ヘイズの頭に自明の結論がよぎる。二人が同じ方向から襲い掛か ってくるのだから、その二人をなぎ倒すように楯を振ればいいではないか。ま さに一網打尽。勘違いした小蝿二匹が壁の染みになるところは、さぞ爽快であ るに違いない。 このアイデアは、ヘイズを魅了した。そして、さして深く考えることもなく、 それを実行することに決める。もう勝負は決しているのだ。攻撃力を失った防 御チームだけをじっくりいたぶって殺すのもオツなものだろう――ニアラは 「この絶望感こそが、最大の美味」と言うが、一度それを徹底的に試してみる のも悪くない。 ヘイズは一歩後ろに下がると、執拗に追いすがるヴァイスとシュヴァルツに 向かって楯を振り上げ、そして、全体重を乗せて振り下ろした。 そのとき、シンラが飛び出した。彼は楯を可能な限り広げると、ヘイズの楯 に向かって叩きつける。 突然、ヘイズは自分が罠にかかったことを知った――そして、罠から逃れる にはもはや手遅れだということも。 量子化された二つの隔離空間が、凄まじい速度で衝突する。 ひとたび、その2つは何事もなかったかのように互いを通り抜けさせ、 しかし本来そのようなことがあり得ないということを思い出したかのように 激しく排斥しあい、 そんなこともあっていいんじゃないかと言わんばかりに空間があいまいに捻 じ曲がり、 負荷に耐えかねた空間そのものがガラスのように砕けて、 風景そのものが細かく舞い散り、降り積もっていき、 そして、一瞬でも不可能が可能になったことを糊塗するかのように、現実世 界において大爆発が起こった。 ■2月17日23 48.2 防衛戦線中央司令室 「エメル総指揮官、H国にて空間断裂の振動が確認されました」 珍しく、オペレーターが緊張した表情を浮かべる。 「シンラだな。無茶をする。本当に、無茶をする」 タケハヤが呟く。 「振動だけか。ふむ、我々が幸運だったのか、それとも彼が不運なのか、判断 に悩むな。私の試算では、空間断裂が共鳴して、7割程度の確率で地球がブラ ックホール化するはずなのだが」 エメルが悠然と言う。 「モニタを続けろ。今のはただの――ただの、『臨機応変』の範疇だろう。あ いつらの蛮行が、この程度で終わるとは思えん」 ■2月17日23 49 H国山岳地帯 カガリは、シンラのダッシュにあわせて大きく後退すると、対量子障壁を展 開していた。爆発の威力は凄まじく、彼女は派手に吹き飛ばされ、左肩からは 大量の出血が始まったが、それでもなんとか彼女は生きていた。第一段階はク リアだ――そして、彼女にとってのすべてのステップはクリアされた。 爆発の粉塵が吹き上がるなか、彼女のセンサは仲間の命が重篤な危機にある ことを探知し、脳に埋め込まれたプラントはその情報に基づき自動的にアドレ ナリンを噴出させる。 ――まったく、あんな大爆発に巻き込まれて、身体が残っているってほうが、 そもそも奇跡よね。ま、シンラが守ったのだろうけど。 唐突に、妙な嫉妬心がカガリの心をよぎる。まったくもう、あたしのことは 守ってくれないんだから。 この期に至って自分がそんな感情を抱くことに苦笑しながら、カガリは自分 の内なる竜を覚醒させるべく集中する。粉塵の向こうで、深手を負ったヘイズ がゆっくりと立ち上がるのが見える。 ヘイズは苦痛の雄たけびをあげ、辛うじて生き残っていた30mm機関砲をカガ リに照準した。禍々しい銃口が、カガリを捕らえる。 「それ故に……悔いの残らぬよう、やり遂げなさい。我、生きずして死すこと なし。理想の器、満つらざるとも屈せず。これ、後悔とともに死すこと無し… …わかっていたはずだった……あたし達は、自由を見られるかしら?」 機関砲の最初の一発が発射される前に、カガリは内なる竜の狂気を完全に解 放し、空間に残滓のように残っていた医療用ナノマシンを活性化させた。視界 の隅で、三人が蘇生したことを告げるメッセージが点滅する。 その直後、ヘイズが放った直径3センチの弾丸はカガリの右足を捕らえ、足 そのものを吹き飛ばした。そして次の一発が左半身を直撃し、彼女の身体の半 分を大穴に変える。 彼女は着弾の衝撃で跳ね飛ばされ、地面に転がったが、その身体が最初のバ ウンドをする頃には既に息絶えていた。 ■2月17日23 49.7 H国山岳地帯 カガリが死んだ瞬間、意識の奥で、シンラは自分の絶叫を聞いた。それなの に、身体はどこまでも冷静に、彼がすべきことを進め続ける。 『シンラ、制御装置の解除を申請します』 シュヴァルツの声が聞こえる。 『解除を許可する』 自分がそんなことを言えることが信じられなかった。一度。一度しかできな いのだ。この意味がわかっているのか!? そう、心が叫んでいた。だが、そ の声が心の外に出ることはなかった。 『制御装置を解除。生体の持つ特殊機能が一時封鎖されます。 ...Good luck, Shinra』 カガリを血祭りにあげたヘイズは、全速力で間合いを取ろうととするヴァイ スを次の獲物と決めたのか、機関砲を撃とうとする。しかしヘイズが照準を定 める寸前、シンラはヘイズに生体通信を繋げた。そんなことをすれば普通なら ば即座に発狂して死ぬところだが、限りになく竜に近づきつつあった彼は、そ の不可能を乗り越えた。 『ヘイズ。神を自称する者が、人間の武器で大火傷をした挙句、それでも最後 は人間の武器頼みか。語るに落ちたとはこのことだ』 ヘイズはぴくりと動きを止め、シンラを睨みつける。 『自称ではない。我らは人間の創造主。神そのものだ。貴様らが何をやったと ころで、我らには勝てん』 『しゃらくさいことを言うなよ、ヘイズ。お前たちが神でなどないことは、簡 単に証明できる。お前たちは、命の危険を冒してまで、俺たちを食いにやって きた。確かに、なかにはお前のような戦闘狂のスリルジャンキーもいるが、大 半は俺たちを食うのが目的だ。ニアラすらそうなんだろう?』 『――大半、ではないな。俺以外の竜はみなお前らを食うのが最大の目的よ。 今更、何を言っている』 『命がけで狩りをして、生きるために食う。そんな神がいてたまるか。お前ら は、ごく普通に、食物連鎖の上のほうにいるというだけに過ぎん。この宇宙の どこかを探せば、きっとお前らを捕食する生物だっているだろう。神だ? 馬 鹿馬鹿しい。お前らもまた、どこにでもいる、弱い生物の一員さ』 『遺言はそれだけか、餌よ。さて、いよいよもって――死ぬがよい』 『はは、俺はね、意外とお前のことを尊敬してるんだよ。お前は、あらゆる竜 のなかでただ一匹だけ、食うことよりも戦うことを好む。さぞ、肩身が狭かろ う。だが――お前だけは、神を名乗る資格を持っていると思うぜ。たった一つ の問題を除けば』 ヘイズは奇妙な表情を浮かべた。あるいは、それはシンラに対する不思議な 共感だったのかもしれない。それでも、ヘイズはその感覚を無視して、機関砲 の照準をシンラに合わせた。楯を失ったシンラに、この攻撃を耐える術はない。 『なあ、ヘイズ。お前、神を名乗るには、注意力散漫過ぎるんだよ。ママに習 わなかったか? 喧嘩ってのは相手を殺すまでが喧嘩です、途中でお話し合い なんかしちゃいけません、ってな。 神竜ヘイズよ……そして、さようなら、だ』 ヘイズは、はっとしたように周囲を見渡した。そういえば、あの蝿どもはど こに―― シンラの目の前で、白い光と黒い光が交差する。ヴァイスとシュヴァルツだ。 彼女たちは持てる身体能力すべてを解放し、目にも止まらない速さで次々にヘ イズを突き刺し、抉り、破壊し、切り刻んでいく。 白い光は次の瞬間に黒い光と入れ替わり、黒い光は白い光を導くように入れ 替わる。最初から人間離れした速度だったそれは、徐々に速度を上げていく。 ヘイズは必死で攻撃に対処しようとしたが、ヘイズの繰り出したあらゆる攻撃 は空を薙ぐだけだった。 そして二人がヘイズの頭上に立って、その頭蓋にナイフを打ち込んだ瞬間、 シンラは脳裏に無機質な声を聞いた。 "System boot... Final check. Energy max" "2 seconds after shooting from the sword of Fudoumyouoh" "You did your best. Was I helpful for you?" "I am deeply grateful to you." シンラは左手をかざすと、人間の理性と竜の狂気を調和させ、ドーム型の空 間遮断壁を構築する。究極を極めれば、楯は飾りに過ぎない。そう言っていた 戦士の言葉を、ふと思い出す。 攻撃型軍事衛星「不動明王」から放たれたエネルギーの束は、大気圏を貫き、 正確にヘイズを――より正しくはヴァイスとシュヴァルツをマーカーとして、 地上を撃った。ヘイズを電子的に守っていたECMは二人の猛攻によって破壊さ れ尽くされており、ヘイズは照準波に対し完全に丸裸だった。 衛星に蓄積されていたエネルギーは、5層の地殻を貫通し、ヘイズを直撃す る。シンラは、あまりのまばゆさに思わず目を閉じる。 光の後を追うようにして高熱が押し寄せ、あらゆるものを溶かし、蒸発させ ていった。空間障壁に守られていない世界が、瞬く間に崩壊していく。 エネルギー照射は、プログラムどおり、正確に2秒間行われた。 ■2月17日23 52.6 H国山岳地帯 シンラが目をあけると、周囲は灼熱の地獄と化していた。彼が生きているの は環境シールドと空間障壁が機能しているからに過ぎず、その空間障壁はまも なく効果を終える。 シンラは、がっくりと膝をつくと、激しく吐血した。いままさに、彼は一匹 の竜に変容しようとしている。そしてそれを拒もうとする人間の理性とのせめ ぎあいのなかで、身体が崩壊しつつあるのだ。 そのとき、彼の視界の隅で、大きな影が動いた。 ヘイズは、まだ生きていた。 シンラはぎこちなく立ち上がると、剣を構えなおす。 ヘイズはボロボロになった身体を引きずりながら、シンラの前に立った。 シンラは確信する。ヘイズは、本当に馬鹿なのだ。本当に、本物の馬鹿なの だ。ほぼ竜と同化しているシンラの頭の中には、ニアラが状況の報告と至急の 帰還をヘイズに求める声が響いている。 だが、ヘイズはシンラの前に立った。 シンラは確信する。俺は、本当に馬鹿なのだ。本当に、本物の馬鹿なのだ。 ヘイズには、もうまともに動く力は残っていない。このまま頭上に空いた大穴 に向かって飛べば、俺は生き延びる。 だが、シンラはヘイズの前に立った。 言葉は、必要なかった。 ヘイズはいまだに燃えている己の鉤爪を、緩慢な動作で振りかざす。シンラ は、両手で剣を構えなおした。 ヘイズの鉤爪が振り下ろされ――シンラは、凍りついたような時間の中で、 それをがっちりと受け止めた。衝撃で腕の骨が砕け、内臓がはじける。それで も、彼は巨竜の一撃を受け止めた。 そして、コマ落としのように流れる時間の中で、渾身の力を込めて、ヘイズ に己の剣を叩きつける。 怒りも、憎しみも、なかった。 悲しみも、絶望も、なかった。 ただ、すべてを失った彼に残されたすべてが、そこにあった。 その一撃はヘイズの胴、心臓の真上を直撃し、 そして―― 鈍い音を立てて、剣は折れた。 ■2月17日23 55 H国山岳地帯 ヘイズは去った。 シンラは剣の残骸を投げ捨て、そしてふと、自分の心臓がもう動いていない ことに気づく。 折れた右足を、前に差し出す。動いた。いいぞ。その調子だ。 そして左足を出そうとして、転倒する。左足は、原形を留めていなかった。 地面に倒れた彼は、ぐちゃぐちゃになっているがなんとか動く左手と、折れ た右足を使って、ずるずると這い進む。 シンラの視線の先には、カガリの青ざめた死体があった。 死んだら、さすがに静かだな――そんな戯言がシンラの脳裏によぎる。 もう、あらゆるものは問題ではなかった。 人類の未来も、 竜との戦いも、 暴走する理性も、 内なる竜の狂気も、 そんなものは何一つ問題ではなかった。 シンラは意識を極限まで集中させ、人間だった頃の自分の手を思い出そうと する。ゆっくりと、しかし着実に、彼の左手はごく普通の、ありふれた人間の 手に変容していく。 よし。第1ステップはクリアだ。 彼は止まってしまった心臓を叱咤しつつ、 のろのろとカガリの体に這い寄り、 混濁する意識のなかで、 思い切り腕を伸ばして、 カガリの手に、 自分の手を、 重ねようとする。 (完) ← イカルガ chapter4
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/11.html
姫のパンツ話に見せかけて、ふたなり話です。 名前はちびキャラトークの名前です 一人称で判断してください マロン→私 ノーラ→妾 アルジャ→あたし モモメノ→ボク エデンにある何処かの町の一室で、若い娘達がとある話題について話し合ってい た。 「人がどんな下着穿いていようとどうでもいいじゃない…」 「そう言うでない。どんなパンツを穿いているのかと尋ねられて、答えるくらい の寛容さが必要なのじゃ」 「それに、ぱんつと一言で言っても、たくさん種類があるよ」 「…そうですわ。私達が実際に穿いてみればよろしいのではありませんか? さ、着替えは沢山ございますから、お着替えいたしましょう」 そう言ってマロンがどこからか垂れ下がっていた紐をくいっと引っ張ると、 天幕が開いて着替えが入ったタンスが幾つも出てくる。 各々は椅子から腰を上げて、下着を物色していた。 「で…なんで、あたしが縛り付けられなきゃいけないのよっ!?」 現在椅子に縛り付けられている、アルジャが三人に物申す。 彼女は体を椅子に縛り付けられており、かろうじて足は縛られていないものの自 由は奪われている。 「ただ穿くだけではつまらないですわ。それにこれをすると言ったらアルジャさ ん、逃げてしまいますでしょ?」 「何より、おぬしのが一番脱ぎ着しやすいのじゃ。妾達はスカートがこういうの だからしにくいのじゃ」 「…そんなの、モモメノだって大して変わらないじゃないの!」 「…おねえちゃんは、ボクみたいな小さい子にそんなことさせるの…?」 モモメノにそう言われてうっと詰まってしまう。 確かにそうだ。 小さい子にこんな辛い思いをさせるなんてあまりにも可哀相だ。 だがしかし、だからといって、どうして自分でなければならないのだ、とも考え る。 キッと三人を睨みつけるが、動じることすらしない。 「…さて、アルジャさん…まずはスカートの下を脱ぎましょうね」 「ちょっ…やだっ、やめてっ…いやぁっ」 ばたばたと足を暴れさせて抵抗するも押さえつけられて、すんなりと捕まえられ てしまい、 開脚させられてスカートの下を丸見えにさせられてしまう。 「ブーツを脱がさないと、タイツも脱がせないのじゃ」 「この鎧も外そうよ」 そんなことを言いながら脱がしていき彼女の肌を露にさせて、当然秘部も露にす る。 縛り付けられて自由を奪われ、人前でこんな格好をさせられてアルジャは恥ずか しそうに顔を真っ赤にする。 「…早くしてよぉ…」 「じゃあ、最初はどれにいたしましょうか?」 マロンはそう言って、他の二人とあれやこれや話しながら、彼女に穿かせる下着 を選び始める。 ローライズだ、ふんどしだ、ローレグだ、総レースだ、かぼちゃパンツだ、紐パ ンだ、 Tバックだ、生スパッツだ、生パンストだ、前張りだ、 いやもうむしろ穿いてないでいいじゃないか、とか何とか言ってパンツについて 論争し始めている。 しばらくして、ようやく決まったのかノーラが一枚目を手にして、持ってきた。 「まずは、かぼちゃパンツじゃ」 まず、と言っているからには二枚目、三枚目があるのだろうか。 パンツ限定着せ替え人形として、あとどれくらい遊ばれるのだろうかと心配にな ってきた。 そんなことを考えながら、下着を穿かせられる。 「あら、可愛らしいですわ」 「んー、これはこれで…」 「なかなかじゃの…ううん、だがのぉ…」 三人はドロワーズを穿いているアルジャを囲んで何やら唸って考えている。 一体何を考えているんだと、本当に心配になってきた。 予想通り、やはり一枚では終わらないようで、かぼちゃパンツを脱がされる。 「じゃあ、お次はローレグですわ」 ぴらっと極端に布の少ないストライプ柄の下着を一枚見せられて、それを穿かさ れる。 「ちょ…何よ、これ…」 「おおー…これは、また…」 「見えそで見えない」 「はぁ…これですわ。これは堪りませんわ…」 陰部が見えそうで見えない布きれを穿かされて、うろたえるアルジャとは対照的 に三人は感嘆の声を上げている。 マロンはというと何故だかうっとりしている。 恥ずかしい。 実際、少し毛が見えていて、これはかなり恥ずかしい。 こんなのならむしろ穿いてない方がまし、と言いたくなったが、 本当にノーパンにされるのは困るので黙っておいた。 「これもいいけど、次はこっち」 モモメノが持ってきた白い布がぴらりとはためく。 ふんどしである。 正確には六尺褌と言う。 それを穿かせるべく、現在穿いているローレグを脱がす。 「…それって男の人が穿くんじゃないの?」 「最近は殿方だけでなく、女性も穿くようですわ」 「ところで、これはどうやって穿かせるのじゃ?」 「わかんない…でも、ふんどしは締めるって言うから…締めればいいんじゃない かな?」 「穿き方が書いてある説明書はございませんの?」 そんな行き当たりばったりな彼女達の会話を聞いて、 もっと事前に調べておいてくれ、とアルジャは思ったとか思わなかったとか。 彼女の体を持ち上げ腰を浮かせて、ふんどしの真ん中辺りでまたの間をくぐらせ る。 股を通した布を捩って細くして腰に巻き、それを後ろで結び、 前に垂らしていた布を股の間をくぐらせて、ぐいっと引っ張った。 「いたたたたたっ!ちょ、もっと丁寧にやってよぉっ」 股間を締め付けられて悲鳴を上げるアルジャに適当にごめんと言って謝り、もう 少し丁寧に締め直す。 紐を捩じ込んで固定し、最後に前袋の形を整えて、完成。 大事なところがすっぽりと布に包まれていて、毛も出ていないし、 動いてもずれそうにないし、なかなか悪くはない。 ただ、ちょっと締め付けられるのが気になる。 「悪くはないが、穿くのに時間がかかるのぉ」 「慣れないと難しいね。他にも種類はあるけど、これはちょっと難しかったかな ?」 「そうですわね…これはこれで、味があるのですが…ちょっと失礼いたしますわ 」 そう言ってマロンが布をずらそうと、前の部分をくいっと引っ張る。 「んっ」 アルジャの口からほんの少しだけ声が漏れた。もう一度引っ張ると、またもや小 さく声を漏らす。 ちら、とマロンを見ると、彼女と目が合った。 「アルジャさん…もしかして、感じてますの?」 「…何言ってんのよ?…そんなわけないでしょ。変な事言わないでよね」 急にそんなことを言われて驚きつつも平然を装って否定する。 なのだが、実際少しばかり感じている。それを悟られないように平常通りに振舞 う。 ふんどしを脱がして、次のものを持ってくる。 「次はこれじゃ」 そう言ってノーラが持ってきたのは黒のパンスト一枚のみ。 「…パンツは?」 「これだけ」 「下着を穿かずに、パンストのみを穿くのですわ」 彼女達は何を言っているのだろうか、とアルジャの頭は早くも拒否反応を示して いる。 「早く、穿かせよう」 何やら彼女達は楽しそうにアルジャにパンストを穿かせる。 爪で伝線させないように爪先を丸めてパンストを足に通して穿いた。 スカートを捲らずにパッとだけ見れば、ただパンストを穿いているようにしか見 えないが、 スカートを捲ると生でパンストを穿いているのが確認出来る。 いわゆる「ぱんつはいてません」である。いや、パンストは穿いているのだが。 ぱんつじゃないから恥ずかしくない?いいや、ぱんつじゃなくとも十分恥ずかし い。 直に生地が陰部に擦れて、なんだか変な感じがする。 「何なのよ、これ…」 「生パンストなのじゃ」 「はぁ…ここ、形がくっきり浮き出てますわよ」 「ひっ」 マロンの指で陰部をパンストの上から撫で付けられて、思わず声を出してしまう 。 「おねえちゃん…感じちゃってる?」 「そ、そんなわけないでしょ!」 「それなら…別にいいよね?」 マロンが撫でている所をモモメノも加わって、一緒に撫で付ける。 「ひゃっ…やっ、やめてよぉ…」 彼女の制止を聞かずに二人はそこを指で何度も触れる。 脚を閉じようとしても、押さえつけられて閉じることも出来ずに、やられ放題に なってしまう。 声を出さないように、感じないように、と我慢してもどうしても感じてしまい、 徐々に陰部は濡れてくる。 「おねえちゃん、ここ濡れてるよ」 「あら、本当ですわ。どうしたんですの?」 それはあんた達がそんな事するからだ、と言ってやりたいがそんな事言っては、 余計に弄られるのは目に見えている。 かあっと顔を赤くし、そっぽを向いて答えようとしない。 「汚れてしまったのか?それならば、こうすればよいのじゃ」 ノーラはそう言って顔を近付けると、パンストに噛み付きそのまま引っ張って、 股の部分をびりびりと音を立てて引き裂いた。 「んなっ、何すんのよっ!?」 「こうすれば汚れた部分も目立たんじゃろ。…どれどれ、妾が見てやろう」 「やぁっ、み、見ないでっ」 パンストが破かれ、そこだけ露になった陰部をまじまじと見やる。 更に茂みに手を伸ばし、やわやわと撫でると、彼女は小さく声を漏らす。 「…んっ、さわっちゃだめぇ…」 彼女がそう言っても手を止めるはずもなく、愛撫し続ける。 秘部を指で揉み解すと更にそこは濡れ、指の付け根をぐりぐりと押し当てて責め る。 責められている彼女は段々と切な気な声を漏らし始めて、最初に比べてすっかり 大人しくなってしまっている。 「おねえちゃん、気持ちいいの?」 「私達がもっと気持ちよくして差し上げますわ」 そう言って二人は彼女の胸元のブラウスをずり下げ、下着を外して胸を露にする 。 彼女が逃げようと体をよじるとそれに合わせて豊かな胸もふるんと揺れる。 マロンとモモメノは彼女の乳房にそっと手を触れて、片方ずつ愛撫し始める。 舌先でちろちろと乳房を舐めながら、揉み解す。 更に乳輪を指でなぞり、指で乳首を挟みこんでくにくにと扱くと甘い声を漏らし て、身をよじらせる。 「ふぁ…ぁ、やぁっ…んんっ…」 「おねえちゃんのおっぱい、おっきい…」 「柔らかくて、感度もいいんですのね。羨ましいですわ」 そんな事を言いながら、二人は胸を愛撫する。 愛撫しているうちに乳首が徐々に硬くなり、ぷっくりと浮き上がってくる。 「ひゃぅんっ…はぁっ、やぁっ…あ、あ、あぁんっ」 手で乳房を揉みながらモモメノが顔を近付け、舌を伸ばしてその舌先で乳首を転 がすと、彼女は身を震わせてよがる。 マロンはその様子を見てくすっと笑うと、乳輪ごと乳首を軽く口の中に吸い込ん で、口内で舌を動かして乳首の頂を擦る。 「こっちは、さっきから溢れっぱなしじゃぞ」 濡れそぼってどろどろになっている秘裂を指でそっと触れて、 そのまま奥へと指を挿し入れ抜き差しをすると、堪らず声を上げる。 「硬いし、狭いのぉ。生娘か」 ノーラはそう言って指を膣から抜くと、そこに顔を近付けて舌でぺろっと舐め上 げた。 更にその割れ目を指で広げて、その周りを舌先で舐め回すと、アルジャは体を震 わせて声を漏らす。 「ひゃっ…ぁ、あ、ふぁっ…はぁっ、は、あ、ぁんっ」 陰核を舌の腹で舐め上げ、更に唇を薄く開いて押し付けて吸い付き、口に軽く含 んで舌先で転がすように舐め回す。 唾液を垂らして、既に濡れそぼっているそこを更に湿らせて、どろどろにする。 割れ目を開いて、膣に舌を挿し込ませる。 膣内で舌を動かし抜き差しすると、愛液は更に溢れ出てきて、それをじゅるじゅ ると音を立てて吸い上げる。 声を上げてよがるアルジャと同じようにモモメノも切な気な声を漏らす。 「はぁ…おねえちゃん…ボク、もう我慢できないよぉ…」 彼女はもじもじしながらマロンの袖をくいくいと引っ張って、潤んだ目で訴えか ける。 「あらあら、モモメノちゃんったら…」 マロンはくすくす笑って、モモメノの下着をずらし下ろしてあげる。 愛撫されていた胸が解放されて、陰部を愛撫されていても何となく物足りなさを 感じながら、 薄く目を開けて、その目に映ったものを見て、アルジャは絶句する。 下着を下ろし、スカートをたくし上げたモモメノの股間にはあるはずがないもの があった。 「…な、なに…それ…」 「おちんちんですわ」 「うそ…モモメノ…男の子だったの…?」 「違うよぉ…ボク、女の子だもん…ちゃんとおまんこもあるもん…」 そう言ってモモメノは既に起き上がっている自身の男根を持ち上げて、割れ目を アルジャに見せる。 毛も生えていないつるりとした割れ目。その割れ目の上から男根が生えている。 初めて見た男性器が女の子についているなんて…。 アルジャはその現実を受け入れられず、ただただ呆然とするばかりである。 「はぅ…おねえちゃん…ボクのおちんぽ…きもちよくしてぇ…」 「は…?」 「うーん…でも、手も縛ってますし、下のお口はノーラさんがしてますし…じゃ あ、上のお口でしてもらいましょう」 「うんっ…おねえちゃん、お口まんこさせてねぇ…」 「へ…ぃ、いや…そんなの、近付けないでよぉっ…いやぁっ…んぐっ、むぅ…ん ぉっ」 逃げようと顔を背ける彼女の頭部を掴んで動けないようにして、 口を開かせて無理矢理に男根を咥えさせ、一気に根元まで押し込んだ。 逃げようとしてもがっちりと掴まれて逃げることも出来ず、苦しそうに呻き声を 上げながら口内を犯される。 「ふぁぁっ、いいよぉっ…んぁっ、気持ちいいよぉっ…ぁふ、おねえちゃんのお くちぃ…」 モモメノは蕩けた表情で上擦った声を上げ、腰を振って更に快感を求める。 亀頭が彼女の舌のざらざらで擦り上げられて、その先から先走り汁が溢れ出てく る。 「んぁっ、ひぃんっ…もう出ちゃうっ、出ちゃうよぉ…んぉ、お、ぁ、あ、あぁ っ」 「…ん、んむぅっ、んぉぉっ…ぉ、んぶぅっ…」 男根がびくりと震えたかと思ったら、抜かずにそのまま口内で射精して、 どくどくと脈打ちながら精液を吐き出した。 吐き出し終えた男根を引き抜くと、彼女の口からはでろりと精液が流れ出て、そ の口の周りも胸もどろどろに汚していく。 「…んぉ、ごほっ…あ゛ぁぁ、ぅあ…ぅぷ、んぐ…」 はあはあと荒い息で呼吸し、目からは涙をぼろぼろ流して、目はぼんやりとして 焦点が定まらず呆然としている。 半開きになった口の端からは唾液と一緒に白濁色の精液も零れ出てくる。 「モモメノ、出しすぎじゃ!妾もちょっとかかったではないか…」 「あぅぅ…だってぇ、おねえちゃんの、気持ちよすぎなんだもん…」 「あら、それは興味を持たざるを得ませんわ」 三人はそんなことを話しながら、アルジャを縛り付けている紐を解く。 解かれて自由にされても大して反応も見せずにぼんやりしたままである。 そんな彼女の体をマロンとノーラが少し持ち上げ、脚を掴んで股を開かせる。 「さ、モモメノ…早くここに入れてやらんか」 「おまんこはとろとろして…とっても美味しそうですわよ」 「ひっ…ぃ、いや、やだぁっ…はなしてぇっ…だめぇっ、いれちゃだめぇ…」 次に起こるであろう事態にハッとして、涙ながらに懇願するが、 モモメノは全く聞いておらず、彼女の秘裂に自身の男根の先を擦り付けては声を 漏らしていたが、 ノーラとマロンに言われて、そこを指で広げて押し当てる。 「おねえちゃんの、おまんこ…ボクにちょうだいね…」 「い、ぃ…いやぁっ、やめてぇ…や、ぁぁっ、あ、あ、ああああっ」 押し当てた男根を体重を掛けて押し付け、そのまま膣内へと押し入ってきた。 ぶちぶちと音を立てて奥へと進んだかと思うと、最奥まで一気に押し入った。 「ふぁぁんっ、ぅあぁっ…いいよぉっ、んっ、おねえちゃんのぉ、おまんこぉ… んはぁっ、きゅうきゅうしてぇ…んんっ、きもちいいよぉっ…あ、あ、ぁんっ」 「ひぃんっ、あぁっ、やぁっ…こんなのぉ、んんっ…だめぇっ…はぁっ、あ、ん ぁっ」 「あらあら、すっかり楽しんでますわね…はぁ…」 「ふふ…妾達も気持ちよくしてもらわねばのぉ」 いやいや、と首を振りながらも喘ぐアルジャの体を支えている彼女達もスカート を捲り上げると、 モモメノと同じようにその股間には男根が生えている。 彼女たちのものも興奮して既に硬くなっており、下着からはみ出している。 「じゃあ私は…お尻をいただきますわね…」 マロンは彼女の体を持ち上げて、自身の男根を彼女の肛門に宛がう。 尻を手でぐっと掴んでその穴を広げると先が押し入り、手を放すと重力に従いそ のまま奥へと導いていく。 彼女の肛門はずぶずぶとマロンの男根を飲み込んでいき、根元までぎっちりと咥 え込んだ。 「かはぁぁっ、ひぐっ…あぁ、ひっ、ぁ、ぐ、くるし…んはぁっ、ふぁっ、ぅ、 うごいちゃ、ぁ…なかで、こすれるぅ…ひぁぁっ」 「ぁんっ…狭くて、きつくて…はぁっ、ぁ、んっ、最高ですわぁっ…気を抜くと 、すぐにイッてしまいそう…ふぁっ、あんっ」 「んぁぁんっ、きついぃっ…ひゃうぅっ、さっきからぁ…んんっ、おねえちゃん …しめすぎぃっ、はぁ、ぁ、んっ…ふぁうっ」 前にも後ろにも男根を挿し込まれて、がんがん突かれて、がくがく体を揺らしな がら喘ぎ声を上げる。 接合部からは色んな液が染み出て、ぽたぽた垂れて床に水溜りを作っている。 「さてと…イッてしまわぬ前に、妾も混ざるのじゃ。ほれっ」 「ぁ、んっ、んぐぉっ…んぅぅっ、んぉ、むぅ…んぶ、ん」 半開きになって喘いでいるアルジャの口に男根をずぼっと捩じ込み、一気に奥ま で咥え込ませる。 腰を動かして男根を抜き差しするがもっと自分から動いてくれなければ、より快 感を得ることは出来ない。 「ふぁっ…むぅ、ただ咥えているだけでは、んっ、…妾をイかせることは出来ぬ ぞ?…ほれ、もっと舌を使うのじゃ」 「んぁ…っふぁ、むぉ、んっ…んぉ、ぉ、あ、あぅ…んぐ、はぁ、んんっ」 ノーラにそう言われて、口内に咥え込まされた男根を舌を動かして舐め回す。 舌の腹で亀頭を舐め上げ、更に舌先で鈴口をほじる様にして動かすと、ノーラは 小さく声を漏らす。 「その、調子じゃ…んっ、ぁう、はぁっ…んぉっ、これはぁ、んぁぁっ」 「うふふ…んっ、ぁん…アルジャさんも、だんだん素直になって、はぁっ、きま したわね… ふぁっ、あ、んっ、わ、私…もぅっ、イッちゃいますわぁっ、はぁっ…出します わね、 中に…たくさん、出して差し上げますわ…んんっ、あ、あ、あ、あぁぁぁっ」 「ふにゃあぁっ、イッちゃうぅっ、んぁっ…ボクも、ボクもぉ、イッちゃうよぉ … おねえちゃんの、おまんこにぃ…ボクのせーえき… ふぁっ、いっぱい出すねぇっ、んんっ、んぁ、あ、あぁっ、はぁああぁんっ」 膣内と腸内に挿し込まれた男根が互いに壁を伝って擦れ合い、びくびく震えて彼 女の体内で射精する。 モモメノは膣内で、マロンは腸内で。 一遍に二つの穴の中で精液を吐き出されて、がくがくと震えて更に穴を窄めてぎ ゅうぎゅう締め上げる。 「ふぁ、あ、あ、んぁ、ぉ、んぉ…んぁ、ぃ、ひぃ、ふぁあぁあぁぁぁっ」 「んぁぁっ、しめすぎぃっ、んひぃっ…搾り取られちゃうぅっ…んぁ、ぁ、また 出るぅっ」 「あぁんっ、すごぉいっ…ぁん、またイッちゃいますわぁっ、はぁんっ…うあぁ っ、ふぁぁっ」 「んぉぉっ、わ、妾も…んぁぁっ、イクっ、イクぅっ、んぉ… っく、ほれっ、受け取れぇっ、あ、あぁっ、あ゛、あ゛ああぁぁあぁっ」 男根を抜かぬうちに再び体内に射精されて、その上更に、 口から抜き出された男根から熱い精液を顔面にぶちまけられる。 口の中も膣内も腸内もあらゆる穴という穴に精液を吐き出され、 その上、頭から精液を被り、彼女の全身はどろどろにされてしまった。 「ふぁ…ぁぁ、んぁ…はぁ…あ゛ぁぁ…」 体中の力が抜けて支えられていないと立てなくなってしまって、 放心状態の彼女の膣と肛門から男根を抜き出すと、 そこから男根で栓をされていた精液が、ごぽごぽと逆流して零れ出してきた。 「ぁんっ、出ちゃだめぇっ」 「モモメノちゃん、もう一度出してあげたらいいのですわ」 「そういうことじゃ。さぁて、次はどこをもらおうかのぉ。…アルジャ、どこに ちんぽハメられたいのじゃ?」 「…どこでも…」 「じゃあ、私はお口でしてもらいますわ」 「ボクもう一回、おまんこ…」 「だめじゃ、まんこは妾が入れるのじゃっ」 そんな事を言って、三人のふたなり娘達はきゃあきゃあと言い争う。 「もう…すきにしてよ…」 彼女が孕むまで宴は続いた…もとい、孕んでからも続いたそうな。 おしまい
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/21.html
・今回エロなしです。 固有名詞一覧 ・ジェリコ 本作の語り手。ルシェヒーラー。スケコマシ。 ・ナムナ ルシェサムライ。このターン空気。 ・ロザリー 赤毛ヒーラー。採掘特化。通称、ロザ姐さん。 ・カリユ 六花亭ウェイトレス。カリユ可愛い。 (名前は公式ちびキャラトークより) 「――ってな事がありましてねぇ、いやぁ、大変でした」 「がははっ、そりゃ災難だったなルシェの兄ちゃん!」 歓楽街で身も心もすっきりしたあと、私は六花亭で食事を摂っていた。 カウンター席には、いい感じに出来上がってるオッサンが一人。 お互い顔見知りだが、酒場の常連という以上の情報は名前さえ知らない。 (まあ、こっちも名乗ってないから『ルシェの兄ちゃん』呼ばわりなワケだが) ところで私はパッと見の外見や丁寧なしゃべり方から、 むっつりスケベだと思われがちなのだが、別に全然そういうことはなく、 「いやぁ、それがですね。アレはアレで結果的に適度な焦らしプレイになりましてねえ、 お店でしてもらったとき、実にいい感じで一本抜いてもらえました」 酒場の酔客たちとフツーに猥談をかませる程度のオープンスケベである。 「がははっ、災い転じて巫女とナースってか?!」 「……はて、ナースなら存じてますけど、ミコってなんでしょうか?」 看護士さんなら、治癒術の研修してたときに一度お相手したことがあるのだが。 「あー、知らねぇか? アイゼンの一地方で神につかえる乙女をそう呼ぶんだよ」 「聖職者の一種ですか。しかし少々マイナーすぎやしませんかね?」 「服が流行ってんだよ、服だけが。ほれ、例のモタ=ボナールの工房は知ってんだろ」 「そりゃまあ」 知らないほうがおかしい。モタ工房といったらドリス大統領をはじめとして 熱心なファンの多いハントマン向けの服飾ブランドだ。 かく言う私も何着か持っているし、ショップにはナムナが毎日のように通いつめているはずだ。 「あそこのデザイナーが趣味で作ってる奴なんだがな。紅白で、ひらひらの」 「ああ、あの紅白ですか。モノはマネキンに着せてるのを見たことあります」 「おうよ、アレが一部の『お店』で人気でな。清い物をけがす感じがイイってよ」 「シスタープレイみたいなもんですか」 「そうそう、ンな感じだ。あの服、腋がごっそりあいてるからな、 着せたまま一物を腋で挟んでしごいてもらうと、好きな奴はたまらんらしい」 「腋コキ、そういうのもあるのか!」 今度ナムナで試してみよう。 それはさておき。 我々も別に意味なく助兵衛トークを繰り広げているわけではない。 自衛の為である。 緑色の髪と獣耳をした小悪魔的ウェイトレスから自身の食事を守る為に。 「カリユさーん。エビフライまだですか?」 その小悪魔的に可愛いウェイトレスに注文品の催促をする。 注文から10分、普段だったらもう出てきてもいいはずだ。 「………………」 しかし華麗に無視なさる。 彼女はウェイトレスとしてあろう事か、目を床に向け、獣耳を意志の力でぱたりと伏せ、 視力と聴力を自ら制限することで世界のすべてを拒絶しようとしていた。 酒場にあふれる有害情報――助兵衛トークから一心に身を守っているのだ。 私たちだけではなく、六花亭のそこここで男性客が猥談を展開していた。 やむなく私はカリユに近づき、伏せたケモミミ(ふかふか)を指でつまんで持ち上げ、 「カ・リ・ユ・さ・ん」 音節ごとに区切って彼女の名を呼びかける。ついでに耳孔に息をふーっと吹きかければ、 「ひゃ、ひゃいっ!」 びくんと身体を震わせてやっと返事をかえしてきた。 念のため言っておくと、ボーっとしていたカリユの覚醒を促したかっただけで、 決して性的いたずら的な意図はない。ないったらない。 「エビフライ。出来てたら持ってきてください」 「あっ……はい、ただいま!」 カリユは持ってくるなり、またもや目を伏せ耳を伏せての自閉モードへと回帰する。 そして私のテーブルに乗せられたのは、七本のエビフライ。 ――客席に七本すべてがやってくる。かつてそれは奇跡に等しい出来事だった。 このエビフライは六花亭名物……いや、カザン名物と言っても過言ではない至高の一品である。 だが、六花亭マスター(キザ)の手を離れたときには七本だったエビフライは 客の口に届くときにはその本数を大きく減じているのが普通であった。 原因はこのルシェ娘――カリユである。 彼女はエビ大好きな上に常時はらぺこで、チップとしてエビフライを要求してきやがるのだ。 て言うか『あ、エビフライありがとう、もらうね!』と、こっちが何も言わないうちから喰らうのだ。 なんでそんなのをウェイトレスとして雇ってるんだという、根本的な疑問はさておき、 かわいいは正義なのでとがめる者も少なく、カリユは我が世の春を謳歌していた。 だが当然、客だって七本全部食いたいと言うのが本音である。 マスター(キザ)にチクったり、自前で厨房から取りに行ったりとさまざまな対策手段が講じられたが、 彼女の食欲の前に打ち破られ、数多くのエビフライ注文者たちが涙を呑んだのであった。 その連綿と続く客とカリユの戦いに終止符を打ったのが――何を隠そうこの私、ジェリコである。 今までの注文者たちは己のエビを守るのに腐心して、カリユと真っ向から戦う意思を持たなかった。 あえて言おう、愚策であったと。攻撃こそ最大の防御であったのだと。 私も常々カリユの暴虐に苦しめられてきた一人であったのだが、一つの突破口を見出したのであった。 カリユがウブな処女である事に気付いた私は、彼女が性表現への耐性を持たないであろうことに着目し、 数人の仲間達と助兵衛トークをくりひろげてみたのだ。 結果は大成功。 カリユは酒場に充満する有害情報から身を守る為に全力を尽くさねばならぬようになり、 つまみ食いという名の攻勢に移ることがほぼ不可能となったのであった。 現在では酒場の男性客ほぼすべてが、私にならっておおっぴらに猥談を行うようになり、 ここにカリユの封じ込めが実現したのであった。 「………………」 ケモ耳をぺったんとふさいで、助兵衛トークを聞いてないアピールするカリユ可愛いよカリユ。 しかし、どれほど必死に耳を伏せようとも、ルシェの優れた聴力は完全にはカットできまい。 くっくっくっ、思い知るがいいカリユ。どんどん耳年増に調教してあげるからね。 事ほど左様に食い物の恨みは恐ろしいのだ。 つまりこれは正当な復讐であって、単なるセクハラではない。断じて違う。 いや、彼女はおなかぷよぷよで常々ダイエットに頭を悩ませているというから 食事量を制限して差し上げるコレは人助けですらある。 客はエビを存分に喰らい、カリユは減量に成功し、私は猥談に赤面したカリユの艶姿を楽しむ。 まさに三方一両得の妙案であった。 この作戦、酒場の雰囲気が悪くなることを嫌う六花亭マスター(キザ)の存在が一応のネックではあるのだが、 カリユを恐れなくてすむようになった客たちが遠慮なく注文するので 売上が微増する事などが理由なのだろう。 他の女性客がいないときに限って『ま、コレはコレでカリユの薬になるか』と、黙認していただいている。 ……などと過去の激闘に思いをはせつつ、私はエビフライをぱくり一口。 旨い。 ふわっとしててかりっ。 火を通し切らずエビの中心部にはあえて火の通ってない部分が残されており、 エビの甘味がまったく損なわれていないばかりか増幅されている。 道を極めた達人のみに出せる匠の技であった。 「いやー、やっぱりタンパク質の摂取はエビに限りますねえ」 エビをほおばりつつ酒場の常連氏に語りかければ、 「がははっ、そりゃぁ抜いて出しちまったモンは補充しなきゃなぁっ!」 陽気な返事が戻ってくる。 「ええ、今晩ウチの彼女に『埋め合わせ』をさせるつもりですので じゅうぶんに溜めておきませんと」 「かーっ! 若い若い! 若いってのはいいねえっ! 昼間イッパツ抜いてるってのに、 まったくお盛んだァ、今夜もズボズ――――がっ、うががっ……」 こきゃっ、と珍妙な音がして。 常連氏の首が突然真横を向き――そのままグラリ倒れてカウンターへと突っ伏した。 「なっ、なんですっ?!」 「はーい、うごかないでねー。動くとキミも首ひねっちゃうよー?」 思わず慌てふためく私の耳に背後から、軽ぅい感じの女性の声で実に物騒な脅しがかけられたのであった。 ……いや、女性だって? おかしい、マスターの指示でカリユ以外の女性が店内にいないことは確認してるのだが。 と言うか、この声どっかで聞き覚えがあるような……。 「そこのウェイトレスさんからセクハラ野郎どもの討伐依頼が出てんのよ――って、 ありゃりゃりゃ? キミ、ジェリ坊?」 「ロザ姐さんっ?!」 「ははっ、やっぱジェリ坊だ!」 余裕で知り合いだった。 赤い髪に赤い服に赤いメガネ。上から下まで赤づくめ、派手めの女性が視界内へと現れた。 そうか、ロザ姐さんなら存在に気付かなかった理由がつく。インビジビリティで気配を消していたのか。 「ね、姐さんがなんでここにっ?!」 だがネバンプレス在住のはずの姐さんが何でカザンに? 「いやー、買ったヤマに竜が沸いちゃってねー。掘るに掘れなくなっちまったのよ。 んで、借金取りからほとぼり冷ますために逃げてんだけど、 ひとまずヒーラーの技術を生かしてハントマンでもやろっかなーって。 ……ところで、ジェリ坊こそなんでそんな荒事向きのカッコしてんのさ? ケンカは嫌いだったっしょ」 「いやまあ色々ありまして……て言うか坊はやめてください坊は。貴女は一応、同い年でしょう?」 「だったらキミも姐さん呼ばわりはやめなよ」 「……無理です。ロザ姐さんはなんて言うか姐さんだから」 「はっはぁ、お互い年食ったってのに、ジェリ坊は変なトコだけお子様のままかぁ」 そうかもしれない。アレから精神的にはほとんど成長できてない気がする。 ロザ姐さんとはネバンプレス大学でぶらぶらしてた時、治癒術の講義などで知り合った。 実は良いところのお嬢さんらしく、ロザリーなんちゃらと言う長ったらしい本名が あるのだが、同級生ばかりか先輩達や教授連中までもが『ロザ姐さん』という通称で呼んでいた。 気風良し、気前良し、器量良し。そして何よりケンカが強い。 度胸もあって面倒見もいい、男前オブ男前な彼女が『姐さん』の称号を周囲から授けられたのは、 入学からわずか一ヵ月後のことだった。 生物学的な意味では東の大陸の人間なのだが、ルシェ以上にルシェらしいその性格によって、 ルシェ氏族の一員として認められているほどである。 彼女は治癒術も一応修めてはいるのだが、本来は地質学のエキスパート……いや、ぶっちゃけると山師で 最新の機材顔負けの精度で鉱脈を探し当て、何でわかるのかと訪ねると『勘』と一言だけが返ってくる。 学生時代から文字通りの意味で『一山当てて』ものすごい金額を稼いだかと思えば、 『ああ、アレ? 別のヤマ買ったら無くなっちゃった』と、ああっという間にその金を使い果たし、 気付けばすっからかんで周りに食事をたかる様な真似さえしていた……と、言うか私もたかられた。 とはいえ、その山も『当たり』だったらしく、後から豪勢なメシをおごってもらったりもしたのだが。 まさにグレートワーカー。浮き沈みの激しい人生である。 「ま、再会にかんぱーい」 「ええ、乾杯」 とりあえず、私たちは数年ぶりの再会を祝して杯を酌み交わしていた。 「んで、いきなり説教で悪いんだけどさ。ダメだよー、セクハラは。 クエストオフィスに依頼がくるとかよっぽどだよ?」 どうやらカリユは私の排除を依頼し、それを受けたのがロザ姐さんだと、そういうことらしい。 「いや、コレには事情が」 「その事情にかこつけてエロい事すんのがキミの目的でしょーが。昔っから」 「……う、そのぉ」 否定できない。昔を知ってる人間の、なんとやりづらいことか。 「大体ジェリ坊はエロい気持ちばっかり先行しててさー、いざコトとなったら すっごい自分勝手なセックスばっかりだったよねー。どうよ、ちったぁ上手くなったの?」 「姐さん、姐さん……人目があるんでちょっとお手柔らかに頼みます」 で、その。 彼女とはヤってるヤってないで言うなら、ヤってる関係である。両手両足で数えられるぐらいの回数。 ……だが『恋人だったのか』と問われれば、かなり微妙なところなのだが。 姐さんには常時7~8人の男がいて、私もまたその一人に過ぎなかったからだ。 「うっふっふっふ。キミに女扱いのイロハを教えてやったのはわたしだからねー。 師匠としちゃあ弟子のその後が気になったりするわけさァ」 彼女から教授されたテクニックの数々は実際その後の人生で大いに役立ったので、どうにも頭が上がらない。 「他にも気になる『お弟子さん』はいらっしゃるでしょうに」 「でも、テクこそイマイチだったけど、将来性をかんがみると あの頃付き合ってた子の中じゃキミが一番だったよ」 「ああ……そりゃどうも」 今更言われても、という話ではあるのだが多少は嬉しかったり。いやぁ、男って単純だ。 「うん、アレの大きさと太さと硬さの総合力で一番だった」 「そんな基準ですかいっ!」 だけどさっき以上にいわれて嬉しい話だったり。いやぁ、男ってホンっと単純ですよね。 「んー、だけどね、コレまで300本以上喰ってきたけどさァ、 キミのは歴代でも4位に入るからそこだけは自信を持っていいと思うよ。そこだけは」 ……300て。私も結構遊んでる部類に入ると思うんだが、流石にゼロ一個足りない。 「『だけ』を強調しないでください、『だけ』を…… ちなみに一位ってどんな人だったんです?」 自分以上がいると聞き、妙なところで対抗意識と好奇心が沸き起こる。 「んん、興味ある?」 「そりゃまあ」 「ジェリ坊も名前だけは知ってると思うよー……あ、でも、この話ってしてもいいのかな」 ロザ姐さんが言いよどむとは珍しい。大学の教授連中か誰かなのだろうか? 「そんなに出しづらい名前なんですか。言いたくなければ結構ですよ」 「ま、いっか。ビビってるって思われんのもシャクだし言っちゃう。 一位はね、ドリスだいとうりょ――」 「ストーォォォップ!! ロザ姐さんストーップ!!」 こんなオープンな場所で出していい名前じゃないだろ! そもそも、どういう縁でそうなったんですか! 「いやぁ、後にも先にもベッドの上で完全に小娘あつかいされたのはアレ一回だけだわね。 ホンっと凄かったわぁ、ドリスだいとうりょ――」 「喋んなつってんだろ、このヤリマン!」 ……いかん、激昂するあまりつい口汚く罵ってしまった。 「違うわ。ヤリマンじゃなくて性豪って呼んでちょうだい」 そしたら姐さん、ち、ち、ち、と立てた人差し指を左右に振りながら、そんな事をおっしゃいます。 サマになってるけど妙にムカつくのは何故なんだろう。 そこに横から口を挟んできたのは、六花亭のマスター(キザ)だった。 「ぎゃぁぎゃぁ騒ぐな若造。アゴートの奴の女好きは、昔っからこの辺住んでる奴なら誰でも知ってる」 「……はぁ、そーだったんですか」 まあ、英雄色を好むっていうしなあ……。 「それと嬢ちゃんよ。ウチの店でその手の話すんなとは言わねぇけどよ、アゴートの名前を気軽に出すのは 勘弁してくれや……なんせ奴さんが雲隠れしてからもう3年になるんでな。ピリピリしてる奴も多いわけよ。 メナスの若造あたりに聞きとがめられたら、どうなるかわかったモンじゃねぇんでな」 「……ぁ、そうですね、わたしが不注意でした。すみません」 やーい怒られてやんの。しかしマスターにかかれば姐さんもまだまだ嬢ちゃん呼ばわりか。 「まあ、アゴートの奴のことだから、あんがい政務をおっぽりだしてどっかの女のところに シケこんでるだけかもしれねえんだけどなァ」 そう言ったマスターはなんとも妙な表情を浮かべたかと思うと、厨房の奥へと戻っていった。 「まあ、キミも童貞小僧じゃあるまいし、この程度のことでイチイチ目くじら立てる物じゃないってことね」 「そーですね……」 姐さんはもーちょっと自重するべきだと思いますけどね。色々と。 「あ、童貞小僧で思い出したけど、キミの童貞切ってやったときのことおぼえてる?」 「それは絶対にほかの誰かと間違えてますっ!」 青春の思い出の一ページにかけて否定しておくが、私の初体験はロザ姐さんではない。 「んん、グリオン君あたりと勘違いしてたかなぁ」 「彼にまで手ェつけてたんですか……従兄弟と穴兄弟とか嫌すぎるんですけど」 だいたいそんな勘違いするぐらいって、いったい何人童貞切ってんですか。 「あー、そかそか、思い出したわ。ジェリ坊のはじめてって確か、近所の幼馴染の――」 「――待った、何で知ってんですか、その話」 おかしい、他人にはほとんど語ったことがないはずなんだが。 「山師の情報網を甘く見ないで。あの当時、ジェリ坊がわたし含めて4股ぐらいかけてるのは 気付いてたからさァ。ヘンな病気うつされたらヤだし、キミの女関係は一通り調べてあったのよ」 「……バ、バレてましたか」 それを知った上で私との関係を続けてたのかこの人。度量が広すぎる。 「ふふん、あったりめぇよぉ。おどろいたぁ?」 「それはもう……あの、怒ってます?」 何年も前のことを今更って気もするが、聞かずにはいられなかった。 「んー、わたしも男関係は人のコト言えなかったし、それに……」 「それに……?」 「あの頃のジェリ坊の本命ってわたしだったっしょ? それなら放置でもいいかなーって」 「な、な、な、何でそんなことまで……」 その本命だった本人に言われて、思いっきりキョドってしまうわたくし。何でそこまでわかるんだ。 「勘よ……と、言いたいトコだけど、一応根拠はあるかな」 「……はぁ」 「コレよコレ」 と、言って姐さんは自分の顔を指差して、 「……メガネ、ですか」 「そ。キミが贈ってくれた奴。見てのとーり今でも重宝してるよぉ」 それは、かつての私が姐さんの気を惹きたくて、必死になって作った奴だった。 赤が大好きな彼女のために、最高級のサンゴを調達し、細工師としての持てる技術のすべてを使って 削り出し、各部には微細な彫刻を施したものだった。 「キミが付き合ってた他の3人のコにはさ、こーゆー手作りの奴はプレゼントしてなかったっしょ。 だから、わたしが一番なんだなーって確信できた」 「その通り……完敗です」 「それにキミが他のコと付き合ってた目論見もだいたいわかってたし」 「……え?」 「よその女の子とたっぷりセックスして経験値つんでテク磨いて 『いつか姐さんをひぃひぃ言わせてやるんだ!』とか、そんなトコだったんでしょ?」 「うぅっ、ぐっ……!」 「ふっふっふ。図星だったかぁ。もー、かわいいなあ」 読心術師か、この人はっ!! 「でも良いタイミングでジェリ坊と再会できたもんだわ」 「何がですか?」 「いま逃亡生活で男切らしててさァ。せっかくだから一発ヤろうよ」 「タバコ切らしてるのと同じ感覚で言わないでくださいよ!」 「失礼ね。タバコは吸っても身体に有害なだけだけど、 ちんこは吸ったら良性のタンパク質が摂取できるんだから」 ……この女、そんなにタンパク質を摂取したいんだったら『あのね』をタイトルに冠する 同人誌シリーズでいっぺん酷い目にあってくれば良いのに。触手系とかで。 「そういやさ、精液のタンパク質組成ってエビとかの甲殻類に近いって知ってた?」 「エビ食ってるときにやめてくださいよ!!」 ダメだこのひと早く何とかしないと。 さっきまであんなに美味しかった絶品エビフライが今はもう台無しである。 「味とかさ、匂いも生のエビに近い――」 ろくでもない講釈を続けるロザ姐さんに、おもわず『ぶち殺すぞ、人間(ヒューマン)ッ!!』と、 怒鳴りつけそうになったのだが…… ごっすん。「ふぎゃっ?!」 私が大声をあげるよりも先に、いつの間にかカリユが私たちの背後に立っていて、 お盆をロザ姐さんの頭に振り下ろしていた。しかもヨコじゃなくてタテだった。 見事なまでの、おぼんチョップであった。 ケモ耳の先までぶるぶる震わせ、怒りに満ちたカリユが咆哮する。 「なんでっ……なんでセクハラ止めにきた人が一緒になってセクハラトークしてるんですかぁっ!!」 そういえばすっかり忘れていたが、姐さんの今日の仕事はカリユへのセクハラを止めに来ていたのであった。 カリユのお盆が再び猛威をふるう。 ごっすん。「みぎゃっ?!」 普段おとなしい子のこーゆー姿を見ると思う。ルシェというのはやはり戦闘民族なのだなぁ、と。 「そもそもっ、エビをっ……エビを侮辱するなぁッ!!」 ごっすん。「ひぎゃっ?!」 「エビを食べる時はねっ、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメのにっ……!」 ごっすん。「めぎゃっ?!」 ああ、いけないいけない。姐さんの頭から煙とか出始めている。そろそろ止めねば。 「カリユさん」 「なぁにっ?! エビを冒涜するなら貴方もぶつよッ!?」 うーむ、カリユの瞳が王蟲のごとき攻撃色。対応を一手間違えれば私もごっすんの餌食だろう。 「マスターがこっち見てます。お客さんに手ェ出すのはそろそろ自重したらどうです?」 「……あうっ」 「まあ私も少々やりすぎました、すみません。こちらを差し上げますので、 とりあえずコレで手打ちということにしませんか?」 ――と、食べ残しのエビフライを差し出せば、 「わぁい、ほんとにっ? ありがとうございますっ♪」 ああっという間にさくさくかりかりと音を立ててカリユの胃袋へとおさまった。 それにしてもあんな話を聞かされたあとで、よくもエビなんて食えるものだ。 ……ははぁん、やっぱり彼女はガチ処女か。精液の味を知ってたらこんな真似は出来まい。 「じゃ、ゆっくりしていってね!」 しかし一発で機嫌が回復している。この子もずいぶん安上がりだなぁ。 「うぅ……頭痛がする」 「頭痛ってこういうときに使う単語でしたっけ……」 ロザ姐さんが頭を押さえながら、ゆらりと身体を起こした。 「まあ、おかげで助かったわ。お礼にキミがどれだけ成長したかみてあげる。ベッドの上で」 「……結局そっちの方向に話をもってきたいんですね」 「ありゃりゃ? ジェリ坊のクセに食いつき悪いなー。どったのよ?」 「だって私は今お付き合いしてる人いますから」 そしたら姐さん、目がまんまるな驚いた顔をして、 「どしたの、なんか悪い物でも食べたの? て言うか本物のジェリ坊? 偽者じゃないよね」 「なんですかその反応は」 「だって『バレなければ浮気じゃない』と豪語していたあのジェリ坊がだよ、 彼女がいるという程度の事で、目の前の据え膳をはねつけるなんて信じらんない」 「…………」 失礼な。と言いたいところだったが、確かにかつての私はそんな感じだったので否定できない。 「しっかし……そーなんだぁ。ふーん、へーえ、なるほどねぇ……」 「なんですか今度は……」 「そっかー、浮気が申し訳ないって思うレベルで好きなんだぁ。 愛されちゃってるなぁ、その彼女さん」 「……むぅ」 ああ、マズい。図星突かれて少々赤面しちゃってるかも。 「ははっ、そんな顔しなさんなって。ね、どんな子なの?」 言えるわけねー。 身体も性格も見るからにお子様だなんて。 「元気な子です。明るくて、一緒にいるだけで気分が晴れやかになるような」 やむなく、要点はぼかして当り障りのない回答をする。 「へー。ルシェなの、人間なの?」 「ルシェです」 「ほうほうほう、惚れたきっかけはなんなのかなー?」 「彼女――サムライでしてね。お仕事を手伝ってるうちに惹かれあっていったというか。 まあ、状況が状況だけに、吊り橋効果みたいなのもあるんでしょうけどね」 「ああ、それでキミまでハントマンのカッコなんてしてるんだ。 ところでカラダの相性は?」 聞くか。それを。 「……その、まだ最後までしてませんので」 この手の話を嘘ついても、この人の前じゃ即行バレる。正直にゲロっちゃうのが一番だろう。 「嘘ッ?! 『会ったその場でズブリ』が信条だったキミがっ?!」 「そんな信条を持ったことはありませんっ!」 とは言え、似たよーなことは5,6回やったことはあるのだが。 「まあその……経験も足りないし、カラダも硬い子なんで少しづつ慣れさせてる最中なんですよ」 「はっはぁん、まだ処女かー。大事にしちゃってんなぁ、このこのぉ!!」 姐さん、肘でぐりぐりしてくる。うーむ、むずがゆいったらない。 「いや、ははははは……」 「こりゃぁ、わたしが悪かった。キミにそんな好きなコがいるんだったら あんな軽ぅい気持ちで『一発やらない?』なーんて持ちかけたわたしがバカだったわ」 「やれやれ、やっとわかってくれましたか……」 「うん、よーくわかったわかった――」 「――本気で落としに行かなきゃダメってことをね」 忘れていた。 女が魔物だという事を。 魔物の中でもこの女性は最強の一体だという事を。 いつの間にか私の手の甲に、姐さんの掌が重ねられていた。 「……ロ、ロザ姐さんっ?!」 「ね、あらためて聞くけど、これからわたしとセックスしない……?」 言葉の一言一言が実に蠱惑的。 その響きは甘やかに男の――私の脳を揺さぶってくる。 さっきまでのどこかとぼけた雰囲気は完全に消えうせ、 そこには熱っぽい視線で男を狙う一体の女豹がいた。 「いや、だからその、私にはっ……」 恋人がいるから。なんてセリフは既に意味がないと気付いて言い留まる。 「うふ。人のモンとわかると余計に食いたくなんのよねぇ……」 人としてそれはどうかと思うが、私もちょっとそういう傾向があるので うっかり気持ちを理解できてしまう。 「今日は坊やにまた一つ教えたげる。罪悪感の伴うセックスってすっごく気持ち良いのよ。 ……どう、試してみたくならない?」 坊や扱いされても不思議と腹が立たない。まるで二周り以上年上の女性を相手にしてるようだ。 重ねあった手の指と指が絡められ、要所は爪の先で突かれたり引っかかれたり。 それだけで、もう気持ちがいい。やはり男のカラダを熟知している。 「坊やも忘れたわけじゃないんでしょ? わたしのカラダのき・も・ち・よ・さ」 思い出してしまう。 その肉は極上。 数多くの女性と関係してきたが、未だこの人を超える身体の持ち主には出会ったことがない。 アレから数年の熟成を重ねたその身体は、まだ若さが残っていたあの頃とは また違った味わいになっているのだろう。 「んふ……キミ、勃ちはじめてるよぉ。私とのえっち思い出しちゃったのかなぁ?」 ずい、と迫られ顔と顔の距離が近づく。 潤んだ瞳は男を誘い、軽くアルコール臭の混じった吐息が鼻腔を犯す。 そう言えば私はさっきからクチ一つきけてない。まるでヘビににらまれたカエルだ。 「それに坊やにはちゃぁんと教えたよね。女にあんまり恥かかすなって」 何も抵抗できないまま、つう、と伸びた姐さんの手が私のおとがいをねちっこく捉えて固定し、 「……ここで逃げないって事は肯定とみなすよ?」 濡れた紅い唇がゆっくりと近づいてきて―― 「店ン中でサカるな、ガキども!!」 ごごごっすん。「ふぎゃっ!?」 ごごごっすん。「げふあっ!?」 上空から飛来した二枚のお盆が、私と姐さんにそれぞれ強烈な一撃を加えたのであった。 「いててててて」 「あたたたたた」 頭を押さえつつ上体を起こせば、そこにはお盆を構えたマスターが。 どうやらカリユのお盆チョップはマスター直伝らしい。 「助かった……」 私はといえば、空気クラッシュしてくれたマスターにただただ感謝するばかりである。 「お前らもうちょっと場所考えろ」 「ひっどぉぉい、マスター。あとちょっとでこの子落とせたのにぃ」 流石は姐さん。この状態のマスターに口答えするとか度胸がありすぎる。 「あのな、嬢ちゃん。まわり見てみろよ。お前ら二人が面白すぎるから、 客どもが見入っちまって、酒は飲まねぇ、つまみは食わねぇ、こっちはさっきから商売上がったりだ」 マスターに言われて気付けば、四方八方の周囲の席から視線がぐさぐさ突き刺さっていた。 「あ、見物料をもらったほうがよかったかな?」 しかしその視線をものともせず、姐さんはマイペースに言葉をつむぐ。 「バカ言え。こっちがカネもらいたいぐらいだ――だいたい、そういうことは上でやれ上で」 しかしマスターは上層(つまり宿屋・六剣亭だ)を指差して…… 「おい、ルシェの若造。お前上に部屋とってただろ。嬢ちゃん連れてってやんな」 「と、止めてくれないんですかっ?!」 ダメだ。私の味方が誰もいない。 「止めるかよ。何で俺がそんな野暮をしなきゃならん。だいたい嬢ちゃんも言ってたが女に恥をかかすな」 そこからの姐さんの行動は迅速だった。 「んじゃっ、コレ、おもちかえりさせてもらっちゃいまーす♪」 姐さんはがっしり私の腕をホールドして立ち上がる。 「ロ、ロザ姐さんっ?!」 振りほどけない。腕の力が強すぎる。 いつぞやのナムナの一件以来、少々トレーニングしてはいるのだが、 同じヒーラーとは言え鉱山で鍛えたロザ姐さんと、元々がもやしっ子の私では地力の違いがありすぎる。 「マスター、コレお会計ねっ、足りる?」 「ふん。足りるというか……余るな」 言って姐さんが取り出したのは、金のインゴットだった。こんなん持ってるならそっから借金返せよ。 「じゃ、余った分は今日の迷惑代ってことで、周りの皆におごらせてちょうだい」 姐さんはこーゆーところがホンっと男前なんだよなぁ……。 「毎度あり――おう、客ども! 嬢ちゃんのおごりだ、飲んで、食え!!」 周囲の席から歓声が湧き起こる。たちまちのうちに宴会が始まった。 酒場から宿の方へずりずり引っ張られながら、私は一つため息をついた。 「どうした若人! こーんなきれいかわいい女の子とえっちできるってのにテンション低いぞー!」 貴女はテンション高すぎだ。 『きれいかわいい』に関しては異論はないが、『女の子』と言うには賞味期限をすぎてるんじゃないかと思うが、それを口にしない程度の分別は私にだってある。だいたい言ったら頭蓋骨ヘコまされるぐらいの目にはあう。 「……自分の無力を噛み締めてたんですよ」 「まーまーまーまー、元気だしなよっ。あっちのほうが元気になってくれないと私もちょっち困るしっ! ――ま、どんな状態からでも勃たせる自信があるけどね。例え死体からでも」 怖いんだかいやらしいんだかカッコいいんだか。 「よーし、おねーさん、ジェリ坊が元気出るように、ツンデレサービスしちゃうぞぉ」 「……もう勝手にしてください」 「べっ、別にアンタの気持ちなんてどうでもいいんだからねっ、アンタの身体だけが目的なんだからねっ!!」 「それは100パーセント本音ですよねっ?!!」 「あはははははは」 まったくなんて人だ。 どうやらもうどうしようもないらしい、私も腹をくくる必要があるようだ。 「あのー、姐さん、一つだけお願いが……」 「んん、なぁに?」 「今日はこれからパイズリとか頼んじゃってもよろしいんでしょうか」 「おっけーおっけー、おねーさん頑張ってはさんじゃうぞっ♪」 ああ、ナムナ。どうか無力な私を許して欲しい。 どうしようもないから。本心じゃないんだ。本心じゃないんだけど、 これから他の女性と関係を持ってしまう私を許して欲しい。 ――だけど、どうせだから。ついでだから。 たまにはナムナの身体では試せないプレイを試みたいと考えるのも別に間違ってはいないよね? ♂♀ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/69.html
ジェリコ ルシェヒーラー♂ ケイト 緑ナイト♀ (共に名前は公式ちびキャラトークから) 前半の投下分は長い上にエロありません。 「……納得いかん」 「私に言われても困るのですが」 憮然とした表情で吐き捨てられた言葉に、青年は困ったように笑った。 カザン市街、とあるギルドが拠点として使う大型の屋敷の一室で、二人の男女がボードゲームに興じていた。 男の方はルシェの青年。褐色肌の顔に、温和を絵に描いたような柔らかい表情を浮かべている。対比のように白い長髪を後ろで束ねており、一見でのイメージは「紳士的な若者」といったところか。 女の方は、淡い緑色の美しい髪の持ち主だった。今は不機嫌そうに顔をしかめているものの、長い睫や肉感的な唇、すっきりとした顔の造形は、遠目にも美人と分かる。 そして二人は共通して「落ち着いた雰囲気」の持ち主であり、物静かに盤上の駒を見やるその様は絵画の一種のようですらあった。 だが、実際は緑髪の女性――ケイトが放つピリピリとしたオーラによって、二人しかいない屋敷の空気は非常に物々しい。 盤上どころか実際に戦でもしているかのような剣呑さである。 そしてケイトの不機嫌な理由は実に単純なものであった。 「確かにハントマンと言えど休息は必要だ、今日まる一日をそのまま休日としたお前の提案は非常に嬉しいし感謝もしている」 「はぁ、恐縮です……」 「そしてモモメノ様が街を見て歩きたいと仰った事に不平がある訳でもない」 元々から欲の少ない御方だ、少しわがままを言って下さるくらいが丁度いいんだ」 「はい」 「そして私とは別に行動なさっている事も、認めたくはないがお察しできる。私とて自分が行楽の付き合いに向いてない事は分かっている」 「まぁ、人には向き不向きがありますから」 「だが、だがな……」 「だが、どうしました……?」 言葉を切り、俯いて肩を震わせ始めたケイトに対し、ルシェの青年――ジェリコは恐る恐る問うた。 そして訪れる、爆発の時。 「なぜモモメノ様は、よりによってあの大たわけ者を付き添いに選ばれるのだーーー!!!」 屋敷中に響き渡った大声に、屋根にとまって憩う鳥達は驚き、一斉に飛び去っていった。 ケイトは元々ハントマンではなく、小さな国の王女モモメノに仕える護衛騎士兼お目付け役だった。 竜の脅威に晒される世界の中で、我関せずと保守的で排他的な国王に反発し、城を飛び出したモモメノを追って、このカザンに辿り着いたのである。 国へ帰ろうと促しても、「ハントマンになる」と首を横に振って譲らないモモメノ。 しかし「誰かを救いたい」と願うモモメノは、そのための具体的な方法を全く知らなかった。 そして騎士としての生き方しか知らないケイトも勿論、自国の権威が及ばないカザンではなす術もなく……。 二人が途方に暮れていた時に手を差し伸べたのが、他ならぬジェリコと、その相棒である黒衣のローグ、ヤック(ケイト曰く「大たわけ者」)であった。 ハントマンのギルドを立ち上げたばかりだと言う二人の厚意に甘える形で、ケイトとモモメノはそのギルドに籍を置く事となったのだ。 とりあえずモモメノの衣食住の心配が無くなったケイトは、不本意ながらも自国に定期的に書状を送り、今のハントマン生活を続けていた。 「不本意ながらも」とはいえ、ケイトはむしろ今の生活に「慣れ」以上の好意的な感覚を見出していた。 ジェリコはヒーラーという職に違わぬ物腰柔らかな男で、必要以上の詮索をせずケイトとモモメノを受け入れ、気を使ってくれている。 ヤックは、ジェリコが「親友ですよ」と言うのが信じられないほど粗野な男ではあったが、その言動には一本芯が通っており、決して悪人ではなかった。 自国ではケイト以外家族にすら心を許さなかったモモメノも、下心なく良くしてくれるジェリコとヤックには次第に心を開いていった。 ――ここまではいい。 ケイトにとっての問題は、モモメノがヤックに対して「明らかに仲間意識や友情以上の何か」を抱き始めてしまった事だ。 もちろんケイトは生真面目で実直な性格ではあったが、他人そういう色恋沙汰に関して口出しをするほど無粋でもない――と、ケイト自身は思っていた。 だが、本音と建前には天地ほどの差があった。 騎士としての義務感だけではなくモモメノを妹のように大切にしているケイトには、将来モモメノが寄り添うであろう殿方の理想像というものがあったのだ。 (理知的だが勤勉で、それを気取らない優しさと快活さを備え、武力と財力を併せ持った……) ほとんど娘の幸せを願う親のような心境だが、もちろん、ヤックはケイトが抱く「モモメノの伴侶理想像」には程遠い。 妙な危機感を覚えるケイトをよそに、モモメノは順調にヤックに懐いており、それがケイトを余計に苛立たせていた。 そしてケイトが何より気に入らないのは――当のヤックも「まんざらでもねー」ってオーラを出している事だった。 ケイトとて聖人君子ではない。自分の中の「薄汚い手でモモメノ様に触んな指数」がぶっちぎりに高い事も自覚している。 自分によく懐いてくれていたモモメノが他の誰かと仲良くなる事に少なくからず嫉妬を抱いていたのかもしれない。 そしてジェリコの提案によって休日となった今日を利用し、モモメノはヤックに街の案内を頼む形で散策に出掛けてしまった。 もちろん、出発直前までケイトは渋ったが、モモメノの「大丈夫……」→ヤックの「心配すんなっての」→ジェリコの「主のご希望じゃないですか」の3連コンボによって渋々折れたのだった。 当然、折れたからといって納得したわけではなく、自分と同じく屋敷に取り残されたジェリコを気晴らしのボードゲームに付き合わせ、これ幸いと愚痴を吐き出して今に至るのであった。 「心配でならんのだ……あいつがモモメノ様をいかがわしい賭場などに連れ出したりしていないかと」 何度目かもしれぬ溜息をつくケイトに、ジェリコはやんわりと笑って答えた。 「大丈夫ですよ。ヤックは悪ぶってはいますが、本当に純粋で子供のような男です。『いかがわしい場所』なんて、むしろ私の方が詳しいくらいですよ」 「む、お前がそう言うのであれば……私がこれ以上悪く言うわけにもいかんのだが」 「えぇ、ぜひ大目に見てやって下さい。それと……」 「うん?」 何事か、と顔を上げれば、そこにはいつも通りのジェリコの笑顔があった。そしてジェリコはその表情を崩さず、 「チェックメイトです」 「んな!?」 ケイト頓狂な声を上げつつ盤上に視線を落とす。 愚痴を言いつつもしっかりと戦略立ててゲームを進めていたつもりだったが、ジェリコがいつの間にやら巧みな運びで勝利を決定的にしていた。 今からどの駒を動かしたとて敗北は免れないだろう。 「むぅ、私の負けか……ジェリコ、もう一回だ!」 「はい、そうしましょう」 嫌味を感じさせない笑顔と口調で、ジェリコはてきぱきと駒の配置を変え始めた。 そして、生来の負けず嫌いから何とか勝利をもぎ取ろうとゲームだけに集中し始めたケイトの奮戦むなしく、ジェリコは涼しげに全勝したのであった。 ◆ ◆ 「……むぅ、参ったな」 きょろきょろと辺りを見回しながら、ケイトは今日何度目かの――しかし、今までとは全く意味合いの違う溜息を吐いた。 幾度も幾度もジェリコにゲームを挑み、ありとあらゆる戦術で勝ちを得ようとしたものの、ジェリコは事も無げにその全てを打ち破ってしまった。 ふと我に返り、ボードゲーム程度で熱くなりすぎたと恥じるケイトに、ジェリコはこれまたいつも通りに微笑みで「いえいえ」とだけ返した。 妙に気恥ずかしくなり、「散歩に行ってくる」とジェリコに言い残したケイトは、そのまま街へと逃げるように出掛けていったのだ。 だが、カザンという国はケイトが思っている以上に広く複雑な場所だった。 多少の滞在で慣れたと思っていたケイトだったが、気恥ずかしさで闇雲に歩き回っていたおかげで、全く見知らぬ界隈にまで来てしまっていたようだ。 「人気の多い場所からも外れてしまったようだし、どうすればいいんだ」 辺りは窓の少ない無骨な建物が連なる薄暗い通り。 人の気配もなく、国の中にありながら物騒な空気を漂わせるその場所に、ケイトはぶるる、と身を震わせた。 早くこんな場所からは離れたい――そう思い、ケイトが来た道を戻ろうとしたところで、人の気配すらなかった路地に声が響いた。 「もし……そこのご婦人」 聞き慣れない声だった。 ケイトが振り返ると、今しがたまで誰の気配もなかった通りの真ん中に、フードを目深に被った壮年と思しき男の姿があった。 フードに遮られ、目は隠れているが、それが逆にケイトに薄ら寒いものを感じさせる。 努めて冷静を装い、ケイトは男に答えた。 「何か?」 「道に迷ってしまったようでして、大きな道までで構いませんので案内をお願いできれば、と……」 「む、申し訳ない……恥ずかしながら私も道に迷っているのだ」 「左様でしたか、それは失礼を……」 言いながら、男が顔を持ち上げた。 ケイトは何とはなくそれを見やり……、 ――男のフードの内から覗く、妖しい光を放つ赤い瞳と視線がかち合った。 「……っ!?」 その瞬間、ケイトの目に映る風景がぐにゃりと曲がった。次第に視界が明滅していき、意識が遠くなっていく。 薄れゆく意識の中、ケイトが最後に見たものは――フードの男の口元が、下卑た笑みを浮かべている事だった。 (この男、魔法の心得が………) 不覚を取った悔しさに打ちひしがれながら、ケイトは意識を手放した。 ◆ ◆ 次にケイトが目を覚ましたのは、オンボロな小屋の中だった。 木造で、柱や床のあちこちが朽ちている、今となっては打ち捨てられたらしい古めかしい小さな小屋。 (やはり、縛られているか……) 身動きが取れない――両腕は後ろ手に拘束され、両脚も丈夫なロープで縛られており、寝転がる体制のままで起き上がることも難しい。 苦戦しながらも視線を巡らせると、小さな窓の外は夕日に染まる朱色。 自分はどれだけの間、意識を失っていたのだろうか――そう思っていると、意識を失う直前に聞いた声が、ケイトの耳朶に触れた。 「お目覚めか?」 先ほどとは全く雰囲気の違う声に、肩越しに背後を見やったケイトは思わず息を呑んだ。 くたびれた椅子に腰掛けるフードの男……そしてその周囲には、一目見ただけで「そういう人種」と分かる、だらしない身なりの男達がニヤニヤと笑いながらケイトを見下ろしていた。 「貴様、何者だ!」 ケイトは男達を睨みつけ、怒鳴りつけた。 どういう人種かなど、ほとんど分かりきってはいたが、それでも気丈に振舞っていなければ、戦いとはまた違う恐怖に呑まれてしまいそうだった。 フードの男は、そんなケイトの心中を知ってか知らずか、面白そうに答えてみせる。 「商人さ。上玉の女を飾り立てて金持ちに売り払う、ちょいと特殊な商いだがね」 ――やはりか。 世界中を覆い尽くす滅びの花フロワロ。 その影響で物資の流通が滞り、経済的にも混乱が起こっている昨今、そういった手軽に大金を得られる「商い」に手を染める者が少なからずいる。 (まさかカザンで、しかも自分が被害に遭うなど思ってもみなかったが) そこらの軟弱な男よりは力量があるつもりだったが、自分を戒める拘束は思いの外強靭で、力ずくでの脱出が不可能のようだ。 どうしたものか、とケイトが思案を巡らせていると、それを打ち切るかのようにフードの男が告げた。 「だが、飾って提供すればいいってものでもないんだ。お客様に失礼がないよう、愛玩動物の躾をしないとな」 男にとっては何気なく放たれた一言だったが、ケイトはその言葉に全身の血が引くのを感じた。 騎士として生きてきたケイトも女を捨てたわけではなく、もちろん「そういう事」に関しての知識はあった。 そしてその知識があったが故に――ケイトは今すぐにでも悲鳴をあげてしまいたい衝動に駆られる。 「お前さんがどれくらい勉強熱心かにもよるが……まぁ、男を見ればすぐに股を開くぐらいにはしておこうか」 そこでケイトはようやく気が付いた。 フードの男の周囲にいる有象無象は、ただ何の目的もなく集まっている訳ではないのだと。 モモメノの為ならば命を捧げることも恐くない――そう思ってきたケイトは今、まったく別の恐怖に屈しようとしていた。 誇り高き騎士の仮面が剥がれ、明らかな怯えの色を宿し始めたケイトを見やったフードの男は、満足そうに笑って、片手を掲げた。 「犯っちまいな」 『いやっほぉー!』 それと同時に、周囲にたむろしていた男達が喜色満面でケイトに迫っていく。 「いっ、いや……!」 何とか逃れようと身をよじるケイトだが、完全に動きを拘束されている今の状態では、這うことすらままならない。 いよいよ目に涙を浮かべ始めたケイトに、集団の中の一人が服を剥ぐために手を伸ばす。 逃れるように目を硬く閉じたケイトを見やった男が下品に笑いながらケイトの衣服に手を掛けた瞬間、小屋の中に悲鳴が響き渡った。 「ぎぁああああああああああ!!??」 「えっ……?」 ――ただし、男の。 状況が飲み込めないケイトは閉じていた目を開き、そこで目にした光景でますます状況に混乱する事になる。 ケイトに触れようとした男が弾かれたように床へ倒れこみ、ケイトに触れた手を押さえながら苦痛の表情でのたうち回っていた。 「熱ぃよ、痛ぇよぉ……!!」 のた打ち回る男の掌が、まるで劇薬に触れたかのように焼け爛れている。 異常に気付いたフードの男が、声を荒げて立ち上がった。 「女ぁ! 貴様何をしやがった!」 (こっちが訊きたいくらいだ…!) ケイトは、恐怖とはまた別に意味合いで泣きたくなる。なぜ自分はこうまで災難に巻き込まれるのか。 混乱でざわつく小屋――次の瞬間、またもや状況が一変する。 頑丈なドアが乱暴に蹴り開けられ、それに巻き込まれた男が一人、間抜けな声を上げながら床に倒れた。 小屋の中にいる者達の視線が集中するなか、長身の男がゆっくりと部屋に踏み込んできた。 絶句する男達を前に、実にゆったりと部屋に踏み込んだ男は、そのまま歩を進めてケイトの傍らにしゃがみ込んだ。 「ギリギリでご無事みたいですね、ケイトさん」 その男の正体を認めた瞬間、ケイトは激しい安堵と共にその男の名を呼んだ。 「ジェリコ……!」 「はい、ジェリコですとも」 拠点でくつろぐ時と変わりのない、温和を絵に描いたような柔らかい笑顔。 ケイトはそこで気が付いた――自分に触れようとした男の掌は、ジェリコが自分に毒素の鎧を纏わせることで遠ざけられたのだと。 仮にも犯罪集団である自分達の前で、あまりにも堂々と居座るジェリコに、我に返ったフードの男が唾を散らしながら怒鳴りつけた。 「な、な、何だ貴様は!」 ジェリコは焦ることなく悠然と振り返ると、にっこり笑って頭を垂れた。 「あぁ、ノックも無しに失礼。こちらに知り合いがお邪魔していると小耳に挟んだもので」 そういう事を訊いてるんじゃねぇ――と言いかけたフードの男は、一礼して持ち上がったジェリコの顔を見て硬直する。 この時、ジェリコがケイトに背を向けていたのは幸いだったのだろう。 そのジェリコの表情を見なかったおかげで――ケイトはジェリコの笑顔にも「種類」があることを知らずに済んだのだから。 「――失礼」 短く告げたジェリコが、ケイトの顔にばさりと自分の上着を被せた。 「わっぷ!? なんだこれは、おい、ジェリコ!」 ジェリコの意図が分からないケイトは必死で身をよじってみるが、すっぽりと顔を覆ってしまった上着は、手を使わないと外れそうになかった。 一人悪戦苦闘するケイトを他所に、ジェリコの身体が滑るように動き、手にしていた棍が振るわれる。 ぼきゅ、と生物的に嫌な音がした時には、その棍はフードの男の喉を潰していた。 「げ、ぎゅ……!」 魔法の詠唱すらままならず、フードの男は喉を抑えて床に崩れ伏す。命に別状はないだろうが、しばらくは呼吸も難しいだろう。 少なくとも直接的な戦闘とは縁遠そうな男が見せた動きに、いよいよ人さらい達が狼狽し始める。 「こんなにも沢山の方々で知人のもてなしを……これはもう是非御礼をしないと」 笑顔は変わらずとも、身の回りの空気を徐々に剣呑にさせていくジェリコ。 ――鈍い打撃音が、一対多数の変則マッチにとって代わる。 ◆ ◆ ケイトが拘束を解かれ、視界を元通りにされたのは、小屋の外に運び出されてからだった。 気が抜けたのか、ケイトはそのまま腰を抜かしてしまい、今はジェリコにおぶさりながら帰路についている。 腰を抜かした時もそうだったが、ケイトはジェリコにおぶさってからは一層顔を真っ赤にして俯いていた。 「本当に、すまない。助かった……」 これで何度目かも分からないケイトの言葉に、ジェリコはいつも通り、温和を絵に描いたような柔らかい表情で「いえいえ」とだけ返した。 「なかなか帰ってこないので心配してたんですよ。街の人に聞いたらあなたが曰くありの道に入っていったって言うもんですから」 「うぅ、言い訳のしようもない」 騎士としてこんな情けない姿を見られたくない、というケイトの意思を汲み、ほとんど人が通らない道を選んで歩くジェリコ。 女とはいえ人一人を背負っても全く歩調が乱れないジェリコの背中で、ケイトはその肩幅が広い事に今更のように気が付いた。 「ありがとう……」 「いえいえ、どういたしまして」 ジェリコの表情は見えなかったが、おそらくはいつもと変わらず柔らかく微笑んでいるのだろう。 礼を言っても一方的に肩透かしをくらっているような気分になったケイトは、どうにか自分の感謝の念を分かってもらおうと、静かな決意と共に言葉を紡いだ。 「なぁ、ジェリコ」 「はい、なんです?」 「礼がしたいんだ」 「あはは、お礼なら何度もお聞きしましたよ、それで十分です」 「いや、どうにも気が済まんのだ」 ――そうとも、騎士も働きによって主君が御褒美を下さるものだ。 生真面目で不器用な女騎士は、自分の感謝の気持ちを何かの品物で形として贈ろうと考えたのだった。 「私をあのような不貞の輩から救ってくれた事に、本当に感謝しているんだ。欲しい物あらば何でも言ってほしい。私にできる範囲ならばどのような金品でも構わない」 「はぁ……」 「普段は無欲だが、お前にだって欲しいものはあるだろう。是非私に用意させてほしいんだ」 背負われているにも関わらず、どんと胸を張るケイト。 その意気込みを背中にびしびしと叩きつけられるジェリコは、苦笑しつつ「欲しい物、ですか……」と呟いた。 「では、一つお願いしましょうか」 「おお、お前にも欲しいものがあるんだな! 是非聞かせてほしい!」 ずい、と肩越しに身を乗り出してジェリコの顔を疑うケイト。 ジェリコはいつもと表情を変えることなく、静かに告げた。 「あなた」 ――この間、たっぷり数十秒。 ケイトは、わくわくと期待に満ちていた笑顔のまま硬直していた表情を徐々に崩れさせる。 「え……………………???」 人さらいに囲まれた時など比較にもならないパニックを起こしているケイトに向かって、ジェリコは困ったように笑いながら続けた。 「欲しいもの、と言われましても……あなた以外には特に思いつきませんので」 「わ、わ、わ、わわ私が…って、どういう……」 わたわたとうろたえ始めたケイトに、ジェリコは「あぁ、予想通りの反応だなぁ」などと思いつつ答える。 「どういうって、まぁそのままの意味ですが――あぁ、無理にとはいいません、忘れて下さって結構」 やんわり笑い返して、そのまま前を向いてしまうジェリコ。 ケイトは顔に差す夕日でもごまかしきれないくらいに顔を赤く染め上げ、先ほどの姿勢の良さもどこへやら、再びジェリコの背に顔を埋めてしまった。 そのまま、奇妙な沈黙が続くこと数分。 ジェリコが肩越しに振り返り、ケイトを真っ直ぐに見つめて一言。 「………いけませんか?」 いつの間にか笑顔ではなく、真摯な表情へと変貌していたジェリコ――その視線を真っ直ぐに受けたケイトは、 ジェリコの肩に頭を預け、小さく「不埒者だ、お前は……」とだけ呟いた。 すっかり赤くなってしまった耳と、肩にしがみ付いた手が僅かに強くなった事が、何よりも分かりやすい答えだった。 窓から差し込む夕日で鮮やかな朱色に染まる拠点は、それ以外いつも通りだった。 ジェリコ、ヤック、ケイト、モモメノ――4人がそれぞれ決めたテリトリーに、自分の探索用の道具や私物、嗜好品を、個性がよく分かるレイアウトで配置している。 ――ジェリコのテリトリーは出入り口の最も近く。 彼の本分を示す薬学や医学、魔法書の類がジャンルごとに整頓され、配置されている。 薬物の調合などで少々雑然としているスペースの存在が、ジェリコらしいといえばらしかった。 ――ヤックのテリトリーはキッチン台に隣接した食器棚の手前。 探索に使う道具や武具と、趣味で収集しているボトルシップが一緒くたに散らばっている。 食事で食器を出すのに邪魔だから整頓しろ、と何度も声を荒げた経験がある事を、ケイトは思い出していた。 「あの、ジェリコ……」 寝台が4つ連なる就寝部屋からは、女性のテリトリー。 ――道具保存用の空き宝箱付近がケイトの空間。 ジェリコ以上にすっきりと整頓された空間には、鎧や剣、盾など必要最低限の品しか置いていない。 密かな愛読書である恋愛小説のシリーズが探索用バッグの奥深くに隠されているのは、ケイトにとって最大の秘密だ。 ――窓や入り口からは見えることのない安全な一画こそが、(ケイトが定めた)モモメノのテリトリーだった。 「王家の者にとって最低限の身嗜みを」と、ケイトが自国から持ち出してきた衣服の影響か、保有スペースは4人の中でも一番大きかった。 それにも関わらず整頓されているのは、こまめに折を見てケイトが整えているからだろう。 竜を狩り――ぶちまけられる臓物や気色の悪い血液に塗れ、怨嗟の言葉を浴びせられ、心身共に疲弊してカザンに帰還した時、この屋敷の変わらぬ部屋の景観こそが、平穏への到達を最初に教えてくれた。 戦闘でモモメノに被害が及ばぬよう、ジェリコやヤック以上に神経をすり減らすケイトにとって、この拠点に入る安心感は、誰よりも顕著にあったのかもしれない。 だが、今のケイトには、そんな安心感を覚える余裕すら許されなかった――背中に柔らかな衝撃を感じた瞬間から。 「ジェリコ、その……」 ケイトは戸惑いながら、旅仲間である青年の名を呼んだ。 腕は動かせない――それら全てを包み込むように、ジェリコが自分を抱き竦めている。 苦しさは感じないが、払い除けようとしてもその拘束は思いの外強く、またジェリコが動く気配もなかった。 「もう、か……?」 艶やかな髪に顔を埋めるジェリコに問いかける。 うなじのあたりに生温かい息がかかったような気がした。そして返ってくる短い答え。 「えぇ、我慢できません」 それを聞いたケイトに軽い衝撃がはしった。 ――ケイトが知るジェリコという男は、礼節を弁えたどこまでも紳士的な人物だ。 モモメノはもとより、ケイトはこの拠点でドアノブに触れた経験がない。それは誰あろうジェリコが、出入りを目敏く見つけて先回りし、ドアを開いて待っているからだ。 ケイトが、自分には婦人への気遣いの類は不要だ、と何度言っても、ジェリコは困ったように笑うだけで、次にはまたドアに先回りしているのである。 同じように、食卓に着くときも女性陣の椅子を引いたり――モモメノとケイトがそのタイミングを同じくした時にはモモメノを優先するものの、それと同時に申し訳なさそうな顔をしている事も知っている。 そんな、王宮の執事に召抱えても問題なさそうな男が、「我慢できない」と言い切ったのだ。その衝撃たるや、魔物の攻撃で混乱したモモメノに鞭でシバかれるくらいのものがある。 その言葉の意味を裏付けるように、回された腕の力が強くなったような気がした。 「普段のお前からは、考えられない……」 力なく呟いたケイトの背後で、ジェリコは薄く笑った。 「普段の私、ですか」 可笑しそうに揺れる声が聞こえると、ケイトを抱き締める力が消え去り、代わりに彼女の身体はふわりと浮いていた。 花嫁を抱き上げるようにケイトを易々と抱え上げたジェリコは、そのままつかつかと食卓を横切り、寝室へと入っていく。 その足が向かうのは自分の寝台――自分の匂いが染み付いたその空間に、ジェリコはケイトを横たえた。 「せめて風呂に――」 「普段通りって仰いますけどね」 心の準備のための時間稼ぎを――遠まわしな小賢しいセリフを言おうとしたところで、ジェリコがそれを切って捨てる。 顔は相変わらず笑顔のままだったが、そこに抗い難い圧力が含まれている事に、ケイトは初めて気が付いた。 ジェリコは笑顔ひとつでケイトの自由を封じ込めて、続ける。 「ご存知ですか? 私は普段の態度で自分の本性を隠してるんですよ?」 身を起こそうとするケイトに覆い被さりながらも、ジェリコの独白は続く。 「本当の私は衝動的で、独占欲が強くて、目的の為には手段を選ばない、性根の腐りきった男です」 ケイトの頬に、男らしく大きな掌が添えられる。 熱い――すくなくともケイトにはそう感じられた。その掌に同調するように、ジェリコの言葉にも熱が入り始める。 「この肌に私以外の誰かが触れるなんて、考えたくもない。あなたに牙を向ける竜どもを、何度くびり殺してやろうと思ったことか」 「ジェ……」 何かを言おうとしたが、それはジェリコに唇を塞がれ、言葉になりきらなかった。 問答無用に女を黙らせる、荒々しい口付け。 最初は強くついばむだけだったそれも、ケイトが大人しくなると共に、深く重なりあい、やがて口内にその食指を伸ばし始めた。 じゅるじゅるとわざとらしい音をたてて唾液を啜り、また逆に自分の唾液を相手へ送り込む。舌先で歯列のひとつひとつを丹念に愛撫し、お預けをくらう舌には、時折思い出したかのように絡み付いて、からかうように焦らす。 息継ぎもそこそこに、彼女の口を貪る。一方的で容赦も加減もないその口付けは――ジェリコ自身が言う通りの、彼の本性を如実に表しているかのようだ。 時折、重なる唇の隙間から唾液が溢れ、ケイトの口まわりをずるずるに汚していくが、彼女はそんな事を気にしている余裕などなかった。 満足に息ができず、また苛烈な攻めもあって濁りだすケイトの意識。 普段はひとつの隙もない光を宿すケイトの瞳が徐々に蕩けだすのを見計らい、ジェリコは彼女の平服である白いセーターの裾に手をかけ、肌着のシャツごと一気にたくし上げてしまった。 まるで菓子の包み紙を剥ぐかのようにあっさりとした動き、その包装の下には――男にとっては菓子よりも甘美な代物が眠っていた。 ――ぶるん、と…… 擬音をつけるならそれ以上に適切なものはない。 そもそも何かで表現しようとすること自体が無粋に思えてくるような、極上の柔らかさを持つ肉の果実が、勢いあまってふるふると揺れる。 騎士として厳しく鍛えても決して女性らしさを失うことのない豊かな乳房が、ケイトの清廉さを表すかのような純白のブラに窮屈そうに収まっていた。 ちぅ……、と可愛らしい音で締めくくって互いの唇が離れる。 「あ、ジェリコ……」 唾液の橋がぷつりと切れるのを見るともなしに見ながら、ケイトは数分前からは考えられないほど甘ったるい声をあげた。 とろりと垂れ下がってしまった目と同様に、意識まで蕩けさせられてしまったのか、下着を晒す自分の痴態を気にかける余裕すら見受けられない。 「すご、すごかったぁ……キス、が…あんなに、いやらしいなんて」 そもそもケイトはキス自体が初めての経験だった。 恋に恋する、というほどではないが、誰にも明かしていない趣味の恋愛小説を読みふけって、そこに遠まわしな表現で書かれた「やらしい行為」を夢想するのが関の山だ。 キスは激しいものでも舌を触れ合わせるくらいで、愛しい異性と交わすそれはとても甘いもの――それが今までのケイトの認識だった。 一番甘いのはケイト自身の認識に他ならなかった。 激しさは頭がくらくらするほどの酸欠じみた気分にさせられ、『甘い』という点は事実だったのかもしれないが、そのレベルは段違い。 ケイトが身を以って体験したその甘さは、砂糖や果実のような甘さ、という表現が子供っぽく思えるような――例えるならばドロドロに煮詰めたシロップが近い。 要するに匂いをかいだだけでむせ返ってしまいそうな、ドロッドロでグッチャグチャの甘さだったのである。 丹念に丹念に、それこそ実際に十数分ほど費やして、ケイトの少女めいた幻想を打ち砕いたジェリコは、自分の唇をちろりと舐め回し、そして抜け抜けと普段通りの笑顔をケイトに向けた。 (意識がはっきりしない内に「剥いで」おきますかね……) 微妙に邪悪に笑ったジェリコは寝台の上に座りなおすと、投げ出した両脚の間に、ケイトの身体を捕らえるように抱き起こした。 「ジェリコぉ……」 切なげに睫を震わせるケイトの唇を、笑顔で再び塞ぎにかかる。 余韻を刺激するかのように、小鳥がついばむようなキスを繰り返しながら、ジェリコはケイトの背に回した手で、彼女の裸体を守る最後の砦を実にあっさりと崩落させた。 未練がましく纏わりつく紐を、腕を通して完全に取り剥がす。 「綺麗、ですね……」 素直な感想が口を割った。 普段は無骨な鎧に隠れ、日の光に晒されることのない、白い肌。ミルクを溶かし込んだかのようなそれは陶器にも例えられるほど美しい。 その瑞々しく豊かな丸みに反して、頂にある桃色の吸い口は、ぽつんと控えめに存在していた。 普段、厚手のセーターを押し上げるほど自己主張が強い乳房は、女性らしく魅力的な丸みと重量感を備えていたが、決して過度ないやらしさを感じさせなかった。 それは形云々の問題もあったが、一重にケイト自身の凛とした雰囲気が強くはたらいているからなのだろう。 だが、その魅力が健康的なものであったにせよ色香に溢れるものだったにせよ、ジェリコには全く関係のないことだった。 ジェリコが欲したのはケイト自身――たとえこれが魔乳だろうが貧乳だろうが適乳だろうが、彼自身の欲望には何の影響も与えなかったに違いない。 期待に身を震わせながら顔を下げたジェリコは、その豊かなふくらみを下から一気に、べろりと舐め上げた。 「ひぁ、ん……!」 舌に重たい抵抗感を感じつつ、持ち上げるようにして舐め上げる。 舌が撫ぜる位置が徐々に上がっていき、それが桃色の先端に触れるかどうかといった瞬間、ジェリコは素早く顔を引いた。 支えを失った彼女の乳房が、ゆさりと重たげに揺れる。 「あう、ぅ……」 熱いぬめりが乳房を這い回り――しかし、敏感な頂には触れずに引っ込められる。 経験は無いにせよ、その先の感覚に対する期待があった――ケイトが切なげに鳴いて視線を下ろすと、自身の乳房に顔を埋めてにこやかにこちらを見やるジェリコがいた。 「……!!」 あまりの気恥ずかしさに、できる限りの力を込めてジェリコを睨みつけるが、その顔の手前に自分の乳房が重たげに揺れていては、非難めいた視線も、滑稽にさえなってしまう。 「失礼、あまりにも可愛らしいので悪戯してしまいました」 ジェリコは顔がにやけそうになるのを堪えながら嘯き、みたびケイトの身体を抱え上げた。 ケイトが自分に背をもたれるような体勢にし、ついでのように味気ないズボンを彼女の脚からひっこ抜く。 ジェリコは、下に一枚を纏っただけの状態になったケイトを満足そうに抱き締め直した。 「あ、恥ずかし、い……」 また元の調子に戻って赤くなってしまった顔を両手で覆い、ケイトはいやいやと身をよじる。 「お前だって、嫌、だろう? こんな、ごつごつした、熊…みたいな、身体……」 「熊、ですか……」 腕の中で悲壮さを漂わせたセリフを反芻しながら、ジェリコは改めてケイトの裸体を眺め直した。 ごつごつした、熊のような身体――どう謙遜すればそんな表現が出てくるのか、疑問である。 剣術の鍛錬や度重なる行軍で引き締められたケイトの身体は、その影響での小さな青アザや擦過傷などはあったものの、むしろそれが無ければ存在自体が冗談であるかのように完璧だった。 無駄な肉など一切なく引き締まった、熊というよりは豹に近い、しなやかな体躯。 それを維持しながら、胸や尻はあらゆる女性が羨むほど、豊かながら整った肉付きをしており、黙っていれば彫像と言われても信じてしまいそうな造形美が完成していた。 だがジェリコは、「豹のようだ」と自分が抱いた感想とは少しばかり違った意向を口にした。 「熊はいけませんね、私が……兎に変えてさしあげます」 「うさ、ぎ……?」 自嘲気味に自分を罵ったケイトの頭上で疑問符がチークダンスを踊る。 兎とはまた――愛らしくはあるが、そんなイメージが自分にないのは、他ならぬケイト自身が一番自覚していた。 「わたしを、うさぎに……変える、のか………?」 訝りながらこちらを見つめ返すケイトに、ジェリコはサディスティックな笑顔をちらつかせながら答えた。 「えぇ、兎さん……季節構わず情欲を持て余して発情しっぱなしの可愛いケダモノに、ね……」 爽やかな笑顔から飛び出したエグいセリフに、ケイトはますます赤らめた顔を俯ける。 そのいじらしい仕草を見やったジェリコは満足げに微笑んで、彼女のへの侵略を再開した。 ケイトが祖国で所属していた王国近衛騎士団は、やはり国の規模に比例したささやかなものだ。 ただでさえ男がほとんどのむさ苦しい騎士団にあって、ケイトの存在は際立ったものだと言えた。 その清廉な美貌もさることながら、内気なモモメノが自ら父に願い出て護衛騎士に召抱えるなど、やはり人を強く惹きつける何かを持っていた。 騎士の鑑と言える立ち居振る舞いや、弱きを助け強きを挫く正義感、そしてそれを振りかざすに足る力量を備えたケイトは、事実上、騎士団の要となる存在だった。 ケイトが騎士として頭角を現すにつれて民間人からの騎士団入隊希望者が増え、また在籍する女性騎士達はケイトを目標として、おろそかになりがちだった鍛錬にも真面目に取り組むようになった。 そんな、ケイトに憧れる国の人々は――今の彼女の姿など想像したこともなく、これから先にすることもないに違いない。 カザン共和国のとある屋敷の中、寝室で鎮座したベッドの上で、ケイトは秘所を覆う薄布一枚という刺激的な格好で、ひとりの男の腕の中に納まっていた。 恋する乙女のように顔を赤らめ目を蕩けさせ、しかし乙女というにはいささか悩ましく、ケイトは―― 「ジェリコ、っ……ん、ふ……ぅ……」 色香の過ぎた香りを漂わせながら身体をよじらせていた。 そして、ケイトを弄ぶように愛するのは、彼女の旅仲間であるルシェ族の青年――ジェリコ。 ジェリコはケイトの背に密着し、艶やかな髪に幾度も口付けを降らせながら、彼女の胸元に寄せた掌を――触れることなく、ゆらゆらと宙空に彷徨わせていた。 「ん……んぅ……」 ケイトが先ほどから漏らす吐息が声になりきらないのも、この奇妙な「寸止め」が原因だった。 触れるか触れないか、空気の薄膜一枚を隔てた微妙な位置で、ジェリコの掌が蠢く。 まるでその悩ましいフォルムをなぞるような、触れそうで触れない遠まわしな愛撫。 その拷問まがいの薄い快感に耐えかねたのか、ケイトがじわりと涙目になりながら言葉を震わせた。 「ジェリコ、こんなの…やだぁ……」 「いやだ? どう嫌なんです?」 返ってくるのは、楽しげな問いかけのみ。目の前の治療士は「こういった状況」ではここまで変貌するのか、と軽いショックを受けながら、ケイトは泣く泣く自分の望みを吐露する。 「ちゃんと、ちゃんと……触って」 半泣きになりながら、ジェリコの掌に自分の手を重ねて、自分の乳房へと押さえつける――否、押さえつけようとした。 だが、腕に力を込めて踏ん張るジェリコの大きな掌はぴくりとも動かすことができなかった。 自分ではだめなのだ、ジェリコでないと――この大きくて温かい掌でないと、気持ち良くなんてなれない。 まるで幼子のように必死なケイトを見やるジェリコは、薄く笑いながら彼女の耳に口を寄せた。 「どこを触ってほしいんです?」 吐息交じりに耳元で囁かれ、ケイトは羞恥に打ちひしがれながら口を開く。 「わたしの、わたしのぉ……む――」 「胸っていうのはナシですよ。そんなムードもない言い方じゃ冷めちゃいます」 なけなしの勇気を振り絞った言葉さえ途中で切り捨てられ、ケイトの退路がなくなった。 胸じゃなければ――言葉自体に心当たりはあるが……それを言えというのか、幼稚だが直接的な、あの言葉を。 だが、言わなければジェリコは何時間でも、この拷問のような「寸止め」を続けるだろう。 この拷問から抜け出すため――という建前の下、快感を求める欲望に屈したケイトは、今にも泣き出しそうな震える声で、告げた。 「おっ、ぱい……」 してやったり――ジェリコは満足げに笑いながら、次の工程へと移る。 もう少し、もう少しで――苦労して積み上げた砂の城を自らの足で踏み崩すような、あの例えようもない快感が得られるのだ。 ジェリコは気持ちの昂ぶりを必死で抑えて、再びケイトの耳元で囁いた。 「おっぱい、おっぱいですか……」 わざと羞恥心を煽るように、いたぶるような楽しげな声色で――ケイトの耳朶をくすぐる、トドメの言葉。 「ケイトさんの――えっち」 「……っ!」 ――ぽろり、と ついに、ケイトの目尻から大粒の涙がこぼれ落ちた。それは頬を伝って、ジェリコの手にぽつりと落ち着く。 一度限界を超えてしまえば、涙は続けざまにぽろぽろとこぼれる続けた。 それに伴うかのように、ケイトが今まで羞恥で押さえ込んでいた感情が――ついに爆発した。 「いい……えっちで、いいから……はしたない女って思ってもいい、からぁ……」 しゃくり声で途切れ途切れに、しかし止めどなく、ケイトは自分の望みをぼろぼろと零す。 「もう、イジワルしないで、ちゃんと……気持ち良くして、ジェリコぉ……」 (あぁ、これで心置きなく――) ジェリコは自分の身体が震えるような高揚感を、確かに感じ取っていた。 これでいい――理性だの建前だの、そんなものを全て取り払った丸裸のケイトこそが、ジェリコの欲したもの。 ケイトの震える肩を掴み、自分の方へ向き直させたジェリコは、普段のそれよりもいっそう温かく――春の日差しのように微笑んで、ケイトに情熱的なキスを降らせた。 ◆ ◆ 「あぁ……ジェリコ、すごいの、すごいの……」 宵闇が支配し始めた空の下、灯りも点っていない屋敷の暗闇に、ケイトの甘い泣き声が響き渡る。 その合間にはピチャピチャと淫猥な水音が添えられており、屋敷に充満する性の香りを強めていた。 ジェリコは、その引き締まった左腕をベッドとケイトの背の間に差し入れて細い腰を抱き、その豊かな双丘を思うさま愛していた。 唇と同様にジェリコのキスを待ちわびた桃色の突起に、さんざん待たせた償いをするかのような熱烈な口付けを施していくと、その度にケイトは肩をわななかせて、切なく鳴く。 「あん…やぁ……っ!」 唾液でべっとりと濡らし、それを拭うように舌先でこね回し、痺れるほど強く噛んだかと思えば、ちぅ…と優しく吸い上げて―― ケイトもすっかり身体の固さがなくなり、素直に快感を受け止めていた。花の蕾のような唇を割って響く声も、蜜のように甘く蕩けている。 ――だが、 「ひぁ、あ……あぁ、ん……っ!」 彼女の声に含まれる艶は、いくら期待に染まっていたとはいえ、あまりにも濃さが過ぎた。 何故か――それは、ジェリコが彼女も気付かないほどあっさりと、かつ自然に、空いた右手で未開の花園を開拓し始めていたからからだった。 文字通り「最後の砦」となった白い薄布も既に取り払われ、今やケイトは完全に生まれたままの姿となっていた。 誰にも晒されることのなかったデリケートな場所に手をあてがい、陰核をぐりぐりと押しつぶしながら、残りの指で秘唇をなぞる。 まだ、どの男も受け入れた事のないその場所は、しかしすぐ後に踏み入るであろう男の熱を想い、とろとろと愛液を吐き出しながら薄く開いていた。 (……(たぶん)処女なのにコレですか、随分と想像力が豊かなようだ) 軽くこじ開けるように、指を少しだけ侵入させてみると、うねってその指にしゃぶりつき、熱烈な歓迎を見せるケイトの「オンナ」。 しかし同時に、抗いがたい緊張があるのか、肩も硬直させてしまっている。 不用意に時間をかけるのは逆効果と踏んだジェリコは、ねぶり回していた乳首を一際強く吸い上げ、引っ張り上げるように口を離した。 「ぁあ……!」 ちゅぽん、と気の抜けた音がして、ケイトの豊かな乳肉がタプタプと弾んだ。 ジェリコの愛撫にいちいち可愛らしい反応を見せるケイト――その姿がまたジェリコの加虐心をゆさぶる。 だが、ジェリコはそれを辛うじて抑え込んで彼女の両脚に割って入ると、腰にまわるベルトの留め金に手をかけた――出番を待ち望んだものが、解放される。 臍につかんばかりに反り返った、長大で荒々しい肉の幹が、肌着ごと引きずり下ろされたズボンの内から現れた。 それをもろに直視したケイトは言葉を失いながら息を――そして、僅かに湧き出した唾を飲み込んだ。 窮屈な拘束から放たれた赤黒いそれは、熱く蕩けた女の柔肉を欲し、びくびくと猛り狂っている。 「す、ご……ぃ……」 遠い記憶――無邪気に外を飛び回っていた幼い頃、父と一緒に風呂に入った時に見た父のそれは、幼心にも強烈なインパクトを残していた。 だが……、とケイトは身を震わせる。今、目の前で張り詰めるそれは、そんな幼いころに定着した潜在意識下のインパクトさえ容易に粉砕する、凶悪な代物だ。 その肉の凶器の切っ先をケイトの割れ目に押し付け、ジェリコは彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。 その表情は笑みではなく、この屋敷までの道中で彼女を欲した時の、真摯に引き締まったもの。 「いきますよ」 よく通る声で告げられた、確認の言葉――それで我に返ったケイトは焦るように、咄嗟に言葉を返す。 「あ、あの……ジェリコ――!」 「なんです?」 真顔で返事をされ、ケイトは言葉に窮してしまった。 きまりの悪そうに視線を泳がせる顔は羞恥と快楽によってほんのりと赤くそまっており、その口が紡ぐべき言葉はなかなか出てこない。 少しばかりの間、脚をもじもじ手をもじもじ肩をクネクネと一人ダンスを披露していたケイトだったが、意を決し――た、と思ったらまた視線を外す。 律儀に待つジェリコが少々ジト目になってきたところで、ケイトはようやく何かを決心したかのように、ガチガチに緊張していた身体の力を抜いた。 胸の前で手をもじもじと合わせ、顔をこれ以上ないくらい真っ赤に染めて、上目遣いで―― 「初めてだから、その――優しく、な………?」 ――ガッシャーン、っとな。 そんな音が立ったかどうかは分からないが、少なくとも表面上は表情を変えることなく頷いたジェリコの理性は、大きな打撃を受けて木っ端微塵に砕け散っていた。 己のポーカーフェイスの才能を全力で褒め称えながらも、内なるジェリコはボタボタと赤い液体を垂れ流す鼻を押さえながら悶えていた。 普段は一点の隙もない高潔な女騎士が、純愛系エロ小説のテンプレートじみた言動を素でやらかしたのだ。これを見て揺らがない男はゲ●かイ●ポくらいのものだろう。 (ああああぁぁぁ、そんなギャップを見せられたら我慢できるわけがくぁwせdrftgyふじこlp;) 今すぐにも叫びだしたい衝動を抑え、ジェリコは(表面上だけは)優しく微笑み、ケイトに応えた。 「もちろんです。でも――最初だけは加減しません。最初の痛みは、私があなたを女にする大事な証なんですから、忘れさせませんよ」 一息に言い終えたジェリコは、これまで抑えこんできた自分の欲望を全て解き放ち――ケイトの処女を奪った。 「あ、あああああああああーーーーーっ!」 いくつもの感情が混ざり合った、大きな心のうねりを伴う悲痛な声が、屋敷の薄暗闇に満ちていく。 身体的には完成していても、刺激される事がなかったゆえにきつく閉じたままだったケイトの膣は、侵入してきた熱い肉塊を強く締め付ける。 それは拒絶によるものではなく――自分自身を強くジェリコのものに擦りつけて奥へ奥へと煽動するような動き。 長らく待ちわび、ようやく会えた愛する者への抱擁に似た、熱烈な歓迎だった。 だが、文字通り身を裂かれるような痛みに塗れるケイトに、それを感じ取る余裕はない。 一気に奥まで突き入れられたジェリコのペニスはあまりにも大きく、痛くて苦しくて、それでも、その痛みを待ちわびていた自分もいる。 苦しい、愛おしい、狂おしい――色々な感情がぐるぐると混ざり合って、それは大粒の涙になってぽろぽろと零れ落ちた。 「いたいよ、いたいよぉ……っ!」 ケイトは目をきつく閉じて痛みに耐え、助けを求めて腕を宙に彷徨わせる。 その様を見やり、ジェリコはクッションに沈んでいた彼女の上半身を抱き起こし、背から回した手で彼女の後頭部を押さえるようにして強く抱き締めた。 「ケイトさん、あなたの純潔を奪って、その痛みを与えたのは私です、この私ですよ」 ジェリコは一言一言を区切って、ケイトに聞こえるようはっきりと告げる。 その肩に頭を預け、ケイトは泣きじゃくりながら何度も何度も頷いた。 「分かりましたね? 忘れませんね?」 「うん、うん……!」 必死に返事をしながらジェリコにしがみ付くケイトは、腹を圧迫するような苦しさに耐えかねたかのように仰け反り、彼の背中に爪を食い込ませた。 ジェリコは背中にピリピリとした痛みを感じながら、それを呑み込まんばかりの快楽を下腹に感じ取っていた。 ――情けないが、あまり保ちそうにない。自分の理性がなくなる前に…… ケイトの艶やかな髪を慈しむように撫でていた手を下ろし、ジェリコは静かに片手で印を切った。 「それなら――もう、辛くて痛い時間は…終わりです」 あやすように囁いたジェリコは、規律正しい印で大気中のマナを集めたその手で、ケイトの腹――臍の下あたりを、優しく撫でた。 「あ、ぅ……?」 痛みに溺れていたケイトは、自分に触れるジェリコの掌からにじみ出る温かな感覚に気が付いた。それはじわりと体内に染み込んでいき、膣の中の痛みを徐々に取り払っていく。 ジェリコの手に収束した治癒のマナが、ケイトの体内に染み込んで細胞を賦活させ、痛みを取り除いているのだ。勿論、所有の証となるのだから、処女膜の再生などの無粋はない。 じくじくとした痛みが、母の腕の中のような優しい温かさに包まれて消え去ると、頑なに強張っていたケイトの身体の力が抜けていく。 「もう、痛くありませんか?」 頬を伝った涙の跡を拭い去りながら尋ねるジェリコに、ケイトはようやく、笑顔で頷くことができた。 「よかった……。それでは、もう我慢しませんよ」 言いながら、ジェリコはケイトのしなやかな身体を抱き直すと、一度だけ、激しく彼女を突き上げた。 「ぁあんっ!」 ケイトの唇から漏れ出した声は、彼女が見知らぬ誰かのもののように甘く蕩けきっていた。体内に打ち込まれた鈍い感覚に、ケイトは白い喉を晒して仰け反った。 「これでようやく――」 ジェリコの、喉から絞り上げるような声が響き――そこでようやく、ケイトはジェリコにも理性を保つ余裕がないのだと理解した。 「もう、手順も儀式もいらない………あなたを悦ばせて、めちゃくちゃにしたい」 迷いもなく自分の全てを欲するジェリコを目の前にして、ケイトの胸を得体の知れぬ燻りが焼いた。それは、海の潮が満ちるようにじわりじわりと全身に広がっていく。 ケイトは衝動のままに、ジェリコの唇にむしゃぶりついた。 自らの意思で舌を差し込み、ただ求めるがままにジェリコの口内を舐めまわし、粘膜を啜る。 ひとしきり堪能した後に離れたケイトの顔は、ひどく淫靡になっていた。口のまわりは唾液にまみれ、瞳は媚薬でも飲まされたかのように蕩け、呼吸が荒い。 ジェリコの欲望の炎が、じりじりとちっぽけな理性を燃やし尽くそうとする中で、ケイトは一言だけ告げた。 「………きて」 ――それが、トドメ。 一匹の獣となり果てたジェリコは無造作にケイトを押し倒し、がむしゃらに腰を叩きつけはじめた。 屋敷に再び、ケイトの大きな声が響き渡る――ただし、先ほどのものと同じ人物とは思えない、艶と幸福感を孕んだ声で。 それから後の二人は、まさにつがいの獣だった。 手も足も指まで絡め合い、互いの口を貪りながら腰を振りたくる。 「あぁ、は、ぁんっ……じぇりこ……! そこぉ、そこ、すごいよぉ……!」 普段の理知的な姿など見る影もないジェリコの荒々しい攻めを受けながら、ケイトはうっとりと顔をゆるめて鳴き続ける。 すらりとした長い脚は彼の腰に絡みつき、もっと奥へと誘うように抱き締めており――ジェリコもそれに応じるように、攻めを苛烈にしていく。 「ケイト、ケイト……!」 ジェリコもまた、普段から身に纏う理知的な紳士という仮面を脱ぎ捨て、本能が促すままにケイトを求め、ケイトに自分を与える。 幾度も幾度も彼女の膣をえぐり、子宮口を小突いて、マーキングをするように膣内に射精し――それでもまだ足りない、とばかりに腰をふり、舌を絡めあう。 向かい合っての交わりを堪能すれば、今度は獣のように交わり犯し合った。 四つん這いになったケイトの背にのしかかり、思うさま腰を叩きつける。 獣のような体勢で犯されるケイトは、その背徳感や羞恥も手伝い、さらに身体を仰け反らせ、存分に乱れた。 重たげに揺れる乳房をこねるように揉みしだき、ケイトの耳に、首筋に、肩に、跡をつけるように口付けていく。 「じぇりこ、すき、だいすきぃっ! もっと、してぇ……ぁ、はぁっ……いっぱい、いっぱいぃ……っ!」 身体を支える両腕が力を失い、突っ伏したような体勢になっても、ケイトはジェリコを求め、ジェリコもそれに応えた。 完全に理性を失ったジェリコは、射精している途中も休まず腰を振りつづけて、ケイトを限界以上の絶頂に押し上げる。 「ぁ……ふぁっ、いくぅ……いくいく、いっくぅぅぅぅぅう!」 僅かな時間にオンナとしての性の悦びを覚えたケイトは、何度もそれを味わい、はしたなく貪り尽くして、幾度も身を震わせ絶頂に達した。 「しゅごい、おなかぁ……ちゃぷちゃぷって、あ、ぁんっ……またっ、いぐぅぅぅっ!」 ――時計が八つ鳴る頃には、ケイトは汗と精液と愛液に塗れ、身体に力を入れることができなくなっていた。 それでも膣はジェリコを求め、己の膣内を抉り続ける肉棒に絡みつき、優しく愛撫する。 「……しゅき、じぇりこ……しゅき……だいしゅきぃ……」 ――時計が九つ鳴る頃には、ケイトはとりとめの無い求愛の言葉を垂れ流し続けながら、それでもジェリコを求めていた。 ジェリコもまた荒い息をつくのみで、言葉を発することもなく、それでも腰の動きを止めることはなかった。 「んぉううぅっ! あひっ、ん、んお゛っォォ……あぁあ゛あ゛あ゛あぁぁ……!」 ――時計が十鳴る頃には、ケイトは既に言葉を発する理性を失い、白目を剥いて舌を突き出し、獣のように喘いでいた。 無駄な肉など一切存在しない腹は、内側に放たれたジェリコの精液のみでぽっこりと膨らんでいる。 「ケイ、ト……あい、して……いるん、だ……」 朦朧とした意識の中で、ジェリコは呟く。 最後の方はほとんど記憶がない。疲れ果てた身体は、のろのろと前後運動を繰り返すのみ。 「か、は……っ」 びくりと身体を震わせ、ジェリコはケイトの中へ精を放った。 「……っ!」 喘ぐ声も枯れ果てたケイトだったが、それでも身体に注ぎ込まれる熱を感じ取り、ぴくりぴくりと身体を震わせる。 ジェリコが何度目とも知れぬ射精をし、同時にケイトが何度目とも知れぬ絶頂を迎える――それを皮切りに、ついに二人は同時に意識を手放し、柔らかなベッドに沈み込んだ。 汗と涙と唾液と精液と愛液と――あらゆるものに塗れながら、疲れ果てた二人はそれを拭うこともできず、深い眠りに落ちていく。 寝息で僅かに上下する二人の身体――その場には、むせ返りそうなほど濃い性臭が渦巻くのみ。 二人の熱だけで上昇しきった屋敷の室温が冷めるには、かなりの時間がかかりそうだった。 ――そして、 夢の世界へ旅立った二人が当然気付くことはなかったのだが――二人が眠る屋敷のドアは薄く半開きになっており、その隙間から室内の様子を見やる二つの瞳。 「な、なぁ……モモメノ………………(ごくっ)」 「ん、なに………ヤック………(ぽっ)」 大人達のスんゲェ見本を何時間にも渡って見せ付けられた少年少女が、今まさに危険極まりないゴールインをしようとしていた。 → とある女騎士の油断
https://w.atwiki.jp/nanadorakari/pages/84.html
Chapter4 [現実 Reality] 結局あれから昼ごろまでダラダラしていた俺たちは、案の定、途中で爆酔し てしまったようで、気がつくと日が暮れていた。腹が減ったので、二人を連れ て近所にあった高そうなレストランに向かう。お医者様御用達か。個室もある ということなので、個室に案内してもらった。帽子を被ったままコース料理を 食うわけにもいくまい。 幸い、金はしばらく不自由しないくらい貰っているので、遠慮なく一番高い コースを注文し、酒も適当に見繕ってもらう。ギャルソンは帽子を脱いだ二人 の頭に乗っかった耳を見ても、微塵として動揺しなかった――プロってやつだ。 俺は面倒な説明は全部省いたが、二人が誕生日だということだけは告げておい たら、デザートにローソク付きのケーキを用意してくれた。連中は大喜び。 料理はさすがに合成食料が大半だったが、料理人の腕は確かだった。同じ合 成たんぱく質を使った肉なのに、焼き加減ひとつでここまで味が変わるとはね。 俺は料理を堪能し、娘どもはケーキを前に記念写真まで撮ってもらっていた。 それから二日経った深夜、カガリが集中治療室から解放された。俺たちは雁 首揃えて病院に出迎えに行く。 夜の病院には、警察軍や政府の偉いさんとおぼしき連中も顔を出していた。 この病院の特別オペ室は、物理的にも電子的にもこの国で最もセキュリティの 高い場所だ。ギリギリの機密が要求される会議には最適という仕掛け。 ロビーでは、カガリが看護士から花束を受け取っていた。彼女は感慨深げに 花束を眺めていたが、裏口経由でロビーにたどり着いた俺たちに気がついたよ うで、軽く手を振った。俺はなんとなくバツの悪い思いを噛みしめつつ、手を 振り返す。 俺は「退院おめでとう」とかなんとか言いながら、握手の手を差し出そうと する。そこに、戦闘速度で猛然と平手打ちが飛んできた。避ける余裕もなく、 思わず1歩よろめく。一発くらいは確実に殴られるだろうと思っていたが、い きなりここでか。 「話は聞いてるわよ。部下に手を出すとか、サイテー」 ぽかんとしていたお偉さんがたの間から、軽く笑いが漏れる。 「すまん。いや、いろいろ、事情が」 「どんな避けられない情事があったのかは知らないけど、それ以上言い訳する ならもう一発よ」 「……すまん」 「わかればよろしい。お見苦しいところをお目にかけまして、失礼いたしまし た。この手の馬鹿は、その場その場でシメておかないと、何かと調子にのりま すので……」 いかにも政治家という雰囲気の女性がニコニコしながら頷き、若手の警察軍 官僚があらぬ方向に目をそらした。緊張をはらんでいた空気が、少しほぐれる。 くっそ、ダシにしやがって。 そうこうするうち、がっちりとした体格のSPたちが数人、会議場の準備がで きたことを告げにきた。俺はため息をついて、彼らのあとについて歩く。ふと、 カガリが俺の手を握っていることに気がついた。俺も彼女の手を握り返す。 『あの子たち、名前はなんていうの』 生体通信の秘話回線でカガリが俺に囁きかける。 『グレイスとヴィオレッタ。シュヴァルツがグレイスだ。双子。おとついが誕 生日で、19になったばかりだとさ。近所のレストランでケーキを食わせといた』 『あなたにしちゃあ気が利いてるわね。乗り換える?』 『勘弁してくれ』 『冗談よ。シュヴァルツ、随分綺麗になったじゃない』 『そんなものかな』 『ヤったらそれで満足するんだから、男ってのは、もう』 『いや、その』 『まあいいけど。後でそのレストランとやらにあたしも連れてきなさいよ』 『へいへい、喜んでエスコートさせていただきますよ』 馬鹿話をしているうちに、会議室に着いた。殺風景で狭苦しいが、やむをえ ない。もっとも、会議の出席者の中にスパイが紛れ込んでいたら、こんなセキ ュリティなんて何の意味もないが。 全員が着席すると、議長席に座った男が発言した。 「ようこそ、防衛戦線の方々。ここに集まったのは、我が国の、いわばタカ派 です。我々の内部では、あなた方を最大限にサポートし、この国から竜の支配 を排除する方向性で方針はまとまっています」 「ご協力、ありがとうございます」 「それで、今日は是非とも防衛戦線側の作戦を伺いたいのです。手助けをする と言っても、すぐにできることもあれば、すぐにはできないこともあります。 また、我々のほうでも準備すべきことが出てくるでしょう。そのあたりの摺り あわせをしたいのです」 「俺たちの作戦は、簡単なものです。少人数での潜入工作による、短期決戦、 これ以外にありません」 「しかし潜入と言っても」 「こちらからお願いしたいのは、ひとつだけです。そちらの空軍がお持ちの大 型輸送機を一機、お譲り頂きたい。俺たちはそれを使って最初の防衛システム を突破します」 「随分と派手な潜入作戦ですね」 「機体を突入させる頃には、俺たちは内部への潜入を終わらせています。増援 を絶ち、かつ防御側の指揮系統を混乱させるには、最も手軽かつ最低のリスク で実行できると考えています。悲しいかな、歴史的にも有効性は実証されてい ますしね」 「なるほど」 「突入が明らかになったところで、ヘイズはこの国の竜に対して攻撃命令を発 するでしょう。その対処はあなた方にお任せするしかありません」 「防衛戦線の支援は期待してよろしいのですか」 「もちろん。のちほど通信コードをお伝えします。ただし、およそ36時間はあ なた方だけで戦っていただくことになる計算にはなりますが」 「その程度の戦いに耐えられないなら、これから先の戦いにも耐えられんでし ょう。了解しました」 「俺がこんなことを言うのは筋違いも甚だしいのは承知で申し上げますが、本 当によいのですね? 戦いが始まれば、数万人が犠牲になるでしょう。どんな に試算しても、これを防ぐ方法はない。ただ、人類の気高さを保つという愚行 の代償として、この犠牲を払う覚悟があると理解してよろしいのですね?」 「覚悟の上です。我が国は、竜の統治による平和を享受だの、竜との共存によ る繁栄だのを謳ってはいますが、国家としては確実に衰えていっています。こ のままでは、彼らの搾取の前に、10年持たずに崩壊を余儀なくされるでしょう。 たとえその先に悲惨な死が待ち構えていたとしても、武装闘争以外に状況を打 破する道はありません」 場に沈黙が落ちた。カガリがぼそりと口を挟む。 「20世紀に起こったとある革命では、革命を夢見た闘士82名のうち、最初の一 日を生き延びたのは12名に過ぎませんでした。損耗率は実に85%です。その覚 悟だということですね?」 「お言葉ですが、その革命は成功したではありませんか。座して緩慢な死を待 つのか、それとも自由を手にするのか。我々が与えられた選択肢も、それほど 豪華ではないのですよ」 「ハト派の動きは? それから、DKグループは大丈夫なのですか? この国に おける最大の政治勢力は『よく分からない』であることを、私はよく知ってい ます――数年前までは、私もその一員でしたから。短期決戦であるとしても、 歴史上の失敗を繰り返すのは御免です。幸い私たちのリーダーは喘息ではあり ませんが」 「アングラなネット世論は、竜を討つべしという論調が支配的です。国営放送 を含めて、マスコミが宥和路線なのはご容赦いただきたい」 「仮想現実世界で偉そうにしてみせるだけの子供たちが、戦力になると?」 「彼らが蜂起を完全に拒むのであれば――我々は無残に死ぬでしょう。だが、 今のお言葉で言うならば、36時間であれば戦力になると信じています」 「そうやってまたしても若者ばかりが死に、老人が権力の座に居座る、そうい う仕掛けですか」 「カガリ、やめろ。どうでもいい部分で熱くなるなよ」 「どうでもいいって!」 「どうでもいいだろ。落ち着けよ。何をどうやっても、人は死ぬ。俺たちがそ の死に方に手を出そうだなんて、おこがましいにもほどがある。この国の若者 が犬死するのがイヤだってなら、俺たちが1分でも早くカタをつければいい、 それだけのことだ。それが役割分担だろ? お前は、お前の望みを現実にでき る力を持ってるんだ。ここで咆えるのは、お前の仕事じゃない」 「――わかった。重大な失言があったこと、深く陳謝して撤回します」 「いいえ。お気になさらず」 「それよりも、可及的速やかに輸送機の運用コードを教えていただきたく思い ます。それから、なんにしても仕掛けるときは奇襲ですので、当面は輸送機の 運用は止められたほうがよろしいかと」 「攻撃が始まるタイミングの通達はあると考えていいのですか?」 「可能であれば。体制の強化は早い段階で開始してください。口実が必要でし ょうから、防衛戦線には何か適当な『強い言葉による勧告』でも出させます。 まあ、いつものことと言えば、いつものことですが」 「予定表を書いて、タイムスケジュールどおりに、という話にはできませんか らな――了解しました」 「少なくともあと数日は、休養と補給が必要です。それ以降は、言い方は悪い ですが、勝手に動かさせてもらいます。最悪、計画の頓挫が明らかになったら、 我々をスケープゴートにされるといい。次につなげるのも、大事な任務です」 「そうならないことを祈ります」 会議は、1時間もしないうちに終わった。彼らは彼らなりに反攻計画を練っ ているようで、彼らの視点から言うと俺たちは都合のよい花火というわけだ。 口には出さなかったが、カガリの指摘はおそらく正しい。今回の件は、この 国にとってみると、要するにタカ派によるクーデターだ。大義もなければ、理 想もない、ただの政争の一環に過ぎない。馬鹿馬鹿しい。もっとも俺にしても、 司令部とは通信が途絶しっぱなしだなんてことはおくびにもださずに交渉して るんだから、同じ穴の狢といったところか。 なんともやりきれない空気のまま、俺たちは新しくあてがわれた宿舎(今度 はまっとうなビジネスホテルだ)に移動する。会議以降、カガリの不機嫌っぷ りはとどまるところを知らない。ヴァイスとシュヴァルツは微妙におどおどし ていた。俺が堂々としすぎなのかもしれないが。 宿舎についたところで、全員で部屋に集まって作戦会議にする。ダブルの部 屋に4人はちょいと狭いが、贅沢は言っていられない。体操するわけじゃない んだしな。 ヴァイスとシュヴァルツに、盗聴器とカメラのチェックをさせる。とりあえ ず設置はされていないらしい。だが用心するには越したことがない。俺は接触 式の生体通信を開始するジェスチャーをして、丸テーブルの上に手を置いた。 順に、3人が手を重ねる。 『ヴァイス、シュヴァルツ、音声レベルで適当な会話を流してくれ。あんまり アホなことを喋るなよ』 『え? 情熱の一夜のことを実況してくれるんじゃないの?』 『カガリ、頼む、そろそろ許してくれ、マジで。俺もう泣きそう』 『まだまだチクチクやらせてもらうから』 『きっついなあ。とりあえず、なんでもいいや。始めてくれ』 ヴァイスとシュヴァルツがバースデーケーキのことを音声会話し始める。 『こんな話題でどうでしょう』 『オーケー。さて、本題だ。輸送機の件だが、運用コードは手に入ったか』 『先ほど車内で受領しました。ですがシンラ、航空機での防衛ライン突破は』 『上出来だ。ヴァイス、その機体のトイレを製造しているメーカーの管理ナン バーを引き抜け。シュヴァルツはサポート』 『アイ・サー……確保しました。東洋衛生、です』 『いいぞ。警察軍経由で東洋衛生のメインコンピューターをハックしろ。気を つけろ、東洋衛生の防壁はたぶんこの国で一番過激だぞ。警察軍相手のチャン ネルが唯一の窓口だ』 『アイ・サー。アクセス……シンラ、この会社! すごい』 『事前情報が正しければ、宇宙開発局にアクセスできるコードを持っているは ずだから、確保しろ。ISSに便器を納品してた会社だからな。最新の人工衛星に も部品を提供してる』 『宇宙開発局へのアクセス権を確保しました』 『よし。そこはまだアクセスするなよ。今日は水曜だから……あと10日はその パスが生きてる。 次、いくぞ。H国海軍へのアクセスコードも東洋衛生にはあったろ』 『はい。正規空母“鶉”の衛生環境を提供しています』 『鶉の火気管制システムは見えるか』 『それはさすがに』 『突破は?』 『防壁の強度はさほどではありません。推定4時間』 『タイム・ボムを仕掛けろ』 『露見の確率が高すぎます』 『便座の温度を管理するプログラムの中に仕込め。そこはチェックされないし、 温度設定が外部から可能になってる』 『アイ・サー。ええっ、何これ……本当です、こんなのが正規空母のセキュリ ティだなんて』 『東洋衛生ってのは、最初に会ったろ、あのジジイの会社だ』 『理解しました。でもそれだったら何も輸送機のトイレから入らなくても』 『ジジイにこれ以上貸しを作りたくはない。俺たちはあくまで、自力で玄関に までたどり着いた。相手は、俺たちを迎え入れてくれた。そういうこと。 仕込んだら、撤退だ。くれぐれも足跡には気をつけろよ』 『アイ・サー。ログオフ完了しました』 『さて、これでどうよ。もう任務成功率0.4%とは言わせねえぞ』 『概算ですが……最低でも10%は越えたと思います。最大で30%弱』 『5割いかなかったか』 『でもさ、孤立状態なのに、帝竜クラスを相手に10%越えって、ちょっと普通 じゃないよ』 『仕込みはこれで一杯一杯だけどな。孤立状態だからこういう仕込みもできる、 って考え方もある。エメルが変な知恵をつけなきゃいいが』 『無支援・孤立状態に置いたほうが任務達成率が上昇する、とか?』 『それは違うぞ。あいつはもうちょっと論理的だ』 『じゃあ何がどう変な知恵なのよ』 『4人が自殺的特攻を試みたら任務達成率が跳ね上がった。じゃあ1千人が特 攻すればもっと成功率は上がるはずだ』 『勘弁。ありえそうなだけに、本気でそれは勘弁』 『だからまあ、俺らは頑張って生還して、エメルに今回のが偶然なんだってこ とを説明しないとな』 『アイ・サー』 「それで、だ。話の途中だが、そろそろメシにしようぜ」 「ルームサービスでも取るの?」 「レストランに行きたいって言ったろ」 「ああ……。そんな、真に受けなくていいのに。こんな夜遅くなのに、お店あ いてるの?」 「食い物の恨みは色恋の恨みより恐ろしいってのが家訓でな。無理いって予約 しといた。お前らも来いよ。帰りは別の車に乗ってもらうが」 俺はカガリの手を握ると、立ち上がった。最後の晩餐なのは、全員が分かっ てることだ。ヴァイスとシュヴァルツも、厳しい表情のまま立ち上がる。けれ ど、それでも二人は明るい笑顔を作ると、「着替えてきます」と言って自分た ちの部屋に戻っていった。健気な奴らだ。 「お前は着替えなくていいのか」 「着替えなんて、野戦服しか持ってないから」 「そうか、そいつはマズった」 「気にしないわ。ちゃんとしたディナーが食べられるってだけで、あり得ない もの」 「合成食料だけどな」 「食べる前に食欲を削ぐようなこと言わないで」 レストランにはタクシーに乗って向かった。1台で4人はちと狭苦しいが、 女性陣はみな痩せ型なのでそれほどでもなさそうだ。助手席の俺は涙目。 レストランには「貸切」の看板が下がっていた。俺はカガリの手を取って入 店する。例のギャルソンが丁寧に俺たちを出迎え――そして驚いたような声を あげた。 「失礼ながら、ヒイラギ様、ですか……?」 カガリがはっとしたような表情になる。 「まさか、カノウさん? ええええええ!?」 「やはりヒイラギお嬢様でしたか。本日は当店をお選びくださいまして、まこ とに光栄です。どうぞ、お席の準備はできております」 「やめてよ、カノウさん。あたしはもう、ほら、さ。でもありがと。じゃあ、 シェフはやっぱりいつもの彼?」 「はい。ジャンが務めております。その、申し上げにくいのですが、ご用意で きるお食事とお酒の幅に些か限りがございますことを、先にご了承いただきた ければと。本来でしたら、本日はお引取りいただかねばならないような有様な のですが……」 「何言ってるのよ、あなたたちのお店にまた来れたなんて! それだけでもう 大満足よ。ささ、なにポカンとしてんの、ちゃんとエスコートしなさいよ、シ ンラ。あなたたちも、店の玄関をくぐったら帽子くらいちゃっちゃと脱ぎなさ い――まったくもう、恥をかかせないでよ」 言いながらカガリは一人でテーブルに向かい、とっとと席についてしまった。 俺はギャルソンにコートを預けるついでに、ぼそりと聞いてみる。 「カガリとは、知り合いってこと、だよな?」 「ええ。ヒイラギ様には、随分とご贔屓いただいております」 「ヒイラギ様か。参ったな」 なんとなく居心地の悪さを感じつつ、俺たちは案内された丸テーブルに座る。 ややあって、フルートグラスに淡い紅色の酒が注がれた。 「こちらは私からのサービスです」 「変わらないわね。あたしの好きなの、とっておいてくれたんだ」 「1本だけですが、なんとか救い出しました」 「乾杯しましょう、あなたもグラスを。私が持つわ」 「では、お言葉に甘えさせていただきます」 ギャルソンも僅かに酒が注がれたグラスを持った。 「さ、シンラ、乾杯の音頭を」 「俺かよ。あー、そうだな、なにやら偶然っぽい再会と、この場に居合わせた 全員の無事を祝って」 「乾杯」 料理は以前にもまして素晴らしいものだった。カガリはメニューも見ずに一 切をシェフに任せ、シェフはその期待に応えている。 「ジャンは、フランス料理の国際コンテストで入賞経験がある腕利き。カノウ はこの国で一番格式が高かったホテルの最上階にあったレストランで、フロア のチーフだった人。二人とも腕はいいんだけど、妥協って言葉を知らなすぎる から、あちこっちで喧嘩して、今に至るって感じかな。 それにしても、あなたたちラッキーよ。あたしだって誕生日を彼らに祝って もらったことなんて、指折り数えるほどしかないわ」 「指折り数えられるお前のほうに驚きだよ」 「あ、あの、カノウさんに記念写真まで撮ってもらっちゃったんですけど、こ れってもしかして物凄く」 「ありえないわね。あたしなら恥ずかしくて首をつっちゃうレベル」 「ひ、ひええ」 「――スープをお持ちしました」 目を白黒させている俺たち(女王様を除く)の前に、小さな硝子の切子グラ スに入った黄色いスープが置かれた。 「これって、まさか」 「とうもろこしの冷製スープでございます。季節外れではございますが、シェ フがどうしても、と駄々をこねまして」 カガリは優雅にスプーンを手に取ると、グラスに盛られたスープをひとくち、 口に含んだ。 「ちょっと、これ、天然のトウモロコシじゃない! どうやって手に入れたの、 こんなもの」 「……あの大災厄がございましてから、政府は燃料用に備蓄していたトウモロ コシを、定期的に無料で放出しております。それを冷凍保存いたしました。風 味に欠けますところは、平にご容赦いただければと」 俺もスプーンを取って、スープを試してみた。口の中に、甘いコーンの味わ いと、真夏の木陰を思わせる爽やかな香りが立ち上り、心が浮き立つような楽 しさを感じる。 そうだ、これは……これは、ガキの頃、夏が来るたびに感じていた、意味も なくワクワクする気持ち。俺は思わず自分の記憶回路に異変が生じたのかと思 ったが、機能はまったく正常そのものだ。 これが、料理の力というものか。 いや――違う。これが、人間の力なのだ。 俺たちは無言でスープを飲んだ。何かを喋れるはずがない。いやはや、たか が食事とか思っていた自分が恥ずかしい。その「たかが」に命を懸けてきた連 中は、この領域にまで到達するのだ。崩壊しかかった世界で、完璧な技術を持 ったシェフとギャルソンが演出してみせた、奇跡。 「このスープはね」。カガリがぽつりと呟く。「あたしが彼らに初めてサーブ してもらったときに、無理を言って頼んだメニューなの。 あたしはまだ6歳くらいで、それでも両親はあたしに大人の味を覚えさせた くって。ちっちゃかったあたしにとってみれば、出てくる料理はどれもこれも 辛いか苦いか臭いかばっかりだったわ。それで、ほとんどのお皿に手がつけら れなくて、でもお父様とお母様があたしのために最高の食事を手配してくれた のはわかったから、食べなくちゃって。 でも、そんなあたしの様子を見て、カノウさんがあたしに聞いてくれたのよ。 『お嬢様、何か別のお料理をお持ちしましょうか』って。あたしは思わず『コ ーンスープが飲みたい』って言ったわ。子供の味覚よね。それで、出てきたの がこれ。 あのときから、彼らのいる店を探しては、大切な日の食事はできるだけそこ で食べるようにしたの。彼ら、失業してることも多かったから、そう簡単じゃ なかったけどね。でも、このスープを頼んだのは、あれっきりだった――あれ っきりだったのに……」 カガリはスプーンを置くと、直接グラスを手にとってスープを飲んだ。マナ ーとしてはなっちゃいないんだろうが、俺もそれが正しいような気がして、グ ラスから直接スープを飲む。なんとなく、悪戯をしている子供のような気分に なる。シェフとギャルソンがあっちこっちで喧嘩をしては店を飛び出てきたと いうのも、これを食うとなんとなく分かる。 その後も、ゆるやかに食事は続いた。天然の魚のソテー、レモンのグラニテ、 合成肉の煮込み。どれも最高だった。俺たちは全身の隅々まで満たされ、すっ かりリラックスしていた。ただ単に高いメシを食ったというだけでは、こうは ならない。 食事は大体終わって、娘たちはシェフお手製のアイスクリームとエスプレッ ソコーヒーに夢中、カガリと俺はシガーを楽しんでいた。基地が全面禁煙にな ってからというもの俺たちは肩身の狭い思いをしてきたが、ここではそんなこ とはなさそうだ。 「ねえ、ひとつお願いしていい?」 テーブルが片付いたところで、カガリが切り出した。 「何でしょう、お嬢様。ってかそれでそろそろ負債は全部返納でいいかな」 「そういうことにしてあげる。この後、行きたい場所があってね」 「どうぞどうぞ、お二人で行ってきてください。わたしたちは先に宿舎に帰っ ていますから」 「馬鹿、そんなんじゃないわよ。本当はね……本当は、一人で行きたいんだけ ど、でも一応、封鎖地区だから、護衛がいたほうがいいかな、って」 「封鎖地区か。まあ、安全ではない、な。構わんよ。つきあう。ヴァイスとシ ュヴァルツは先に帰って寝てろ。金は十分に持ってるよな? まあ、その金を 握ってどこかに遊びに出るぶんには止めないが、朝には帰って来いよ」 「サー・イエス・サー」 「さて……じゃあ、そろそろ出るか。チェックを」 「ヒイラギ様からお金はいただけませんよ」 「またまた。いつもどおり、経営苦しいんでしょ。取っておいて。どうせあた しのお金じゃないんだし。それより、次もまたどこかで会えたら嬉しいわね。 できればここだと楽なんだけど」 「では、失礼ながらお言葉に甘えさせていただきます。皆様、本日はどうもあ りがとうございました」 「ジャンにもよろしく伝えて。今日こそは完璧だったって」 「はい。本来ならばこの場にお連れするのですが」 「対面恐怖症の料理人って面倒よね」 「では、またのお越しをお待ちしております」 「ありがとう、ごちそうさま」 「ごちそうさま。月並みな言葉で申し訳ないが、素晴らしかったよ」 「ありがとうございました、本当に美味しかったです!」 娘たちは歩いて帰ると言い張ったので、好きにさせることにした。夜遊びコ ースというところか。それもいいだろう。俺はタクシーを止めて、湾岸の封鎖 地域近くまで運んでもらうことにする。空を飛んでもいいが、さすがにね。 封鎖地区というのは、この国が最初に竜の襲撃を受けたときに、徹底した破 壊を受けた地域だ。竜との表向きの宥和が進んだ今でも、一種の見せしめとし て廃墟のまま残されている。タクシーの運ちゃんは行き先を聞いて顔をしかめ たが、3倍払うと言うと黙って車を出した。 1時間ほど走ると、封鎖地区が見えるあたりまで来たので、車を止めさせる。 運ちゃんもさすがにこれ以上あそこに近づきたくはないらしく、安心したよう に金を受け取った。 俺とカガリは、手をつないで廃墟のなかを歩いた。そして溶け落ちた鉄製の フェンス以外はすべてが燃え尽きている区画にたどり着いたところで、カガリ が足を止め、くるりと振り返って俺の顔を見る。 「あたしの家に、ようこそ」 俺はでくの坊のように突っ立っていることしかできない。レストランの一件 で、というかそれ以前から、カガリは随分とお嬢様育ちなんじゃないかとは思 っていたが、ここまでとはね。H国首都のベイエリアといえば、世界有数の金 持ちじゃないと一軒屋なんて持てない地域だ。 カガリはふわりと歩を進める。俺はなんとなくコートを脱いで、その後に続 いた。 「ここが玄関。壁にはカンディンスキーのリソグラフがあったわ。お母様の趣 味。お母様は、ゲストに頂いた花を別にすれば、カンディンスキー以外は玄関 に飾ろうとしなかった。小さい頃は、なんだか落書きみたいって思ったけど」 近くに落ちていた焼け焦げた木の棒を手にとって、カガリは地面に線を引き ながら歩く。 「こっちの扉が、客間。北欧のビンテージ家具でまとめてた。最初はお父様が 好きなアール・ヌーヴォー一色だったんだけど、あたしが無理いってデザイン を変えてもらったの。カンディンスキーを見て入ってきたお客に、アール・ヌ ーヴォーはないだろう、って。反抗期だったのね」 「こっちに行くと、リビング兼ダイニング。客間から動かした調度は、結局こ こに定住したわ。ここがお父様のお城だったのかな。イタリア製のオーディオ が置いてあって、あのスピーカーは小さかったけど本当にいい音がしてた。100 年もののワインの樽で作ったスピーカーなんだって、お父様は子供みたいに説 明してくれたわ」 「――お嬢様だったんだな、やっぱり」 「まあね。あたし自身は、そんなに贅沢な家だとは思ってなかったし、実際も っとすごい贅沢をしてる家はいくらでもあったけど……世間の標準から見れば、 やっぱりお嬢様よね。でも、あたしのお父様の口癖は、『カガリ、うちはブル ジョワじゃないんだから、大学は国立にしてくれ』だったわ」 「大学、行ってたのか」 「うん。この国では、一応、一番良い大学ってことになってるところ」 その大学の名前は、無学な俺でも知っていた。エリート中のエリートだ。 「頭いいんだな」 「あなたよりはね。でも、天才ってわけじゃあ、ない。あの大学に行ってみて 思い知ったけど、天才ってのは、あたしなんかとは全然違う。それを知っただ けでもいい経験だったかな。あの人たちが、まだ生きてるといいんだけど。そ れで、これから先も、うまく乗り切ってくれるといいんだけど」 「さっきのギャルソンに、教えなくてよかったのか。せめて、逃げろとか、危 ないとか」 「それは第一級の機密漏洩よ。あたしは軍人だもん。それに、あの人たちは、 戦争なんかじゃ自分たちの仕事をやめたりはしないし、諦めもしないわ。あた したちがどんな場所でも殺し合いをやめないように、あの人たちはどんな場所 だって最高の料理とサービスを追及するわよ」 「だな……まったくだ。久しぶりに、本物のプロを見たよ」 「不器用な生き方しかできない人たちだけどね」 「類友ってやつだ。大学で、何を勉強してたんだ」 「法社会学。あと趣味で、ビザンティンにおける恩貸地制のゼミとか」 「なんだそれ」 「いまから120分ほど講義していい?」 「勘弁」 「医学も興味はあったけど……数学がね。才能の壁で撃沈。18歳がピークの学 問って、ひどいよね。高校生のうちに見切りつけざるを得なかった」 「よくわからん」 「はいはい、失礼しました。それで、こっちがメイン・ダイニングで、その奥 がキッチン。料理はお父様の分担だった。お父様は、学生時代にイタリア料理 屋でアルバイトしてたんだって。お父様が作る料理は、本当に美味しかった。 もちろんプロにはかなわないけどね。どっちにしてもお父様もお母様も、お手 伝いさんを雇うことを潔しとする人じゃなかった」 「それから、こっちの階段を登ると、客用の寝室。滅多に使わなかったなあ… …。子供の頃は、よく遊び場所にしたものよ。お人形の家とか並べてさ。その たびに、お母様に片付けなさいって怒られた」 「片付けられないのは、その頃からの癖か」 「悪うござんしたね。突っ立ってないで、こっちに来なさいよ」 俺は首を振りつつ、カガリの後を追う。カガリは瓦礫のなかに木炭の線を引 き続けている。 「学生時代もこんなだったのか」 「客観的に言えば――女王様だったかな。いつでも彼氏は2、3人いたし、彼 氏未満はもっとたくさんいた。まったく、あなたのことを悪く言えないこと夥 しいわね」 「青春を謳歌してたんだな」 「そうかもしれない。馬鹿丸出しでね。無茶もたくさんしたわ――さすがに、 3人以上といっぺんに寝たのは4回くらいしかないけど」 「無茶しすぎだ」 「学園祭のときは、誰もいない教室でセックスしたこともあるわよ。とてもス リリングだった。へべれけになってトイレに吐きに行った男を介抱してたら、 なりゆきでそのままエッチしたこともある。『君が好きで好きでたまらないん だ』とか、若さよね」 カガリがくるっと振り返る。 「ここがあたしの部屋。鍵を開けるわ」 彼女は扉を開けるしぐさをする。 「どうぞお入りください、シンラ」 「ありがたく」 俺は肩をすくめて彼女の後ろに続く。 「この壁面が全部本棚で、こっちが机。ここに窓があったんだけど、本棚で潰 しちゃった。ここに、お父様にもらったオーディオ機材。安物だって言ってた けど、あたしには十分だったなあ」 そういいながら、カガリは瓦礫の山の上に立つ。 「ここが、ベッド。誤解しないで、ここに男を上げたことはないから」 「そうか」 俺は廃墟を見回して、つとカガリに一歩近づく。 「安心した?」 「俺が最初の一人になるのでいいのかな、と思ってさ」 カガリがまじまじと俺の目を見る。 「……いいわよ」 もう一歩、カガリに近寄った。距離がゼロになる。俺は彼女の細い身体を抱 きしめ、深々とキスをした。左手に引っ掛けていたコートが、ばさりと地面に 落ちる。 キスをしたまま、若干身体をずらして、ワンピースの上からカガリの乳房を 愛撫する。女性の魅力を目一杯詰め込んだかのようなその身体は、幾多の男の 興味を集めてきた。学生時代に奔放な性生活を送っていたというのも、あなが ち嘘ではあるまい。彼女のルックスと身体、そして何よりもこの閃くようなウ ィットと毒舌があれば、男に不自由することはなかっただろう。俺自身、何の かんので彼女にベタ惚れしている自分を認めざるを得ない。 彼女は目を閉じて、愛撫に身を任せていた。俺はカガリを強く抱きしめたま ま、彼女の耳朶を、首筋を、頬を、喉を、唇で撫で回す。ワンピース越しに感 じる彼女の暖かさが心地よい。 俺はじわりと背後に身体を動かすと、彼女の豊かな胸を楽しんでいる右手は そのままに、もう片手をそっと腹部へと滑らせる。綺麗に引き締まった、無駄 のない筋肉の感触。カガリもまた俺の脇腹のあたりに手をまわして、俺の身体 を柔らかくまさぐる。 左手を、すらりとした足へと伸ばす。太ももの感触をしばらく味わってから、 また腰へと手を這わせていく。彼女の手もまた、俺の足に降り、また脇腹へと 戻ってを繰り返す。 俺は自分が高まってきたのを感じ、彼女の臀部に腰を押しつける。カガリは 軽く腰を動かし、尻の狭間でズボンの中に収まったままの俺自身を撫でた。俺 は自身の興奮を感じつつ、それでも冷静を保つふりをしながら、彼女の首筋に 舌を這わせる。 カガリはしばらく俺にリードされていたが、やがて俺の抱擁を解いて正面か ら抱き合うと、もう一度情熱的なキスを交わした。互いの手が、互いの背中の 靭さを確かめ合う。服越しに、お互いの心臓が高鳴っているのを感じる。カガ リは足を俺の足に絡めると、ズボンの上から俺自身をさすった。不肖の息子は、 もう痛いくらいに膨張している。 「あたしと、セックスしたい?」 悪戯っぽくカガリが囁く。 「ああ」 「どれくらい、したい?」 「こんなに」 俺は自分の下腹部を指差してみる。 「どれどれ、容態を見てみましょうか」 彼女は地面に膝をつくと、ズボンのジッパーを下ろし、トランクスの中から いきりたってイチモツを取り出した。 「ずいぶん腫れてるわね、シンラ」 「ここにきてお医者さんごっこか」 「悪い? 外科医と付き合ったこともあるけど、本当に器用だったわよ」 そう言いながら、彼女は俺の息子を口に含む。ねっとりとした口技に、十分 に膨張していると思っていたソレが、一段と硬さを増す。彼女はうっとりとし た表情のまま亀頭を舐め、浮き上がった血管や筋に舌を這わせ、根元近くまで 頬張ると、強く吸った。思わず彼女の口の中で爆発しそうになる自分を、懸命 に抑える。 彼女は責め手を止めなかった。始めはゆったりと、やがて勢いよく、唇と舌 を総動員して俺自身をしゃぶっていく。俺は何度も深呼吸して自制を取り戻そ うとしたが、そのたびにちろちろと亀頭を舌で突かれて、ひたすら決壊を堪え 続けねばならなかった。 だが、我慢にも限界はある。もうこれ以上は無理だと悟った俺は、カガリの 頭を掴み、彼女の口の中を激しく犯す。負け惜しみに近い。彼女は嬉々として ピストンを受け入れ、前後動にあわせて息子を締め上げ、根元に近いあたりの 筋をやわやわと指でマッサージする。 この最後の攻撃を前に俺の我慢は崩れ去り、彼女の口の中で大量の精液をぶ ちまけた。カガリは嬉しそうに喉を鳴らして体液を飲み干していく。俺は目を 閉じて、荒い息をついていた。まったく、どっちがどっちを犯してるんだかわ かりゃしない。 やがて、彼女は俺の体液をすべて飲み干した。若干しなびた感じの俺の息子 を口から出すと、ハンカチを取り出して口元を拭く。俺はちょっと息があがる のを感じて、倒れていた柱の上に座りなおした。カガリも隣に座る。 「ずいぶん溜まってたじゃない。あの子たち、ちゃんと満足させてあげたの?」 「多分」 「あたしが入院してるあいだ、ずっとハーレムだったんじゃないの?」 「んなわけあるか。一晩だけさ」 「意外ね」 「信用ないな」 「でもさ、文句なしに可愛い子たちじゃない。据え膳食わぬは男の恥って言う んでしょ?」 「俺は、お前のほうがいい」 「嬉しいこと言ってくれるわね」 俺は小悪魔のような笑みを浮かべているカガリの唇を奪うと、もう一度全身 のあちこちを愛撫する。 が、今度は途中で止めたりはしない。 太ももを撫で回しながら、じわり、じわりとワンピースのスカートをずりあ げる。やがて、すらりと伸びたカガリの足があらわになった。俺はストッキン グの上から、直接彼女の足を触る。彼女は、自覚はないかもしれないが、太も もの愛撫に弱い。 さほど時間をかけるまでもなく、カガリが甘い声を漏らし始めた。 「シンラ……ねえ、シンラ……」 「なんだよ」 俺は執拗に足を責め続ける。 「少しは……嫉妬してくれた? あたしの学生時代の話」 思わず、苦笑が漏れる。 「何よ。笑うところじゃないでしょ」 「悪い。そうだな、まあ、嫉妬したかな」 「どれくらい?」 俺は彼女の手を取って、自分のイチモツに触らせる。息子はもう十二分に回 復していた。 「これくらい」 カガリがクスリと笑う。 「そればっかり。いいわ、もっと……もっと、嫉妬して……」 俺は黙って愛撫を続けながら、徐々に彼女の秘所に手を寄せていく。そして さんざん焦らしてから、彼女自身の上に指を乗せた。指先に熱い火照りを感じ る。 「ストッキング、破いちゃっていいわよ」 カガリを焦らしながら、いい加減自分自身も焦れてきていた俺は、彼女のス トッキングに両手をかけると力任せに引き裂いた。黒いレースのショーツがあ らわになる。 ショーツの上から、裂け目のあたりをつつっと指で追ってみる。指先に、湿 り気を感じる。 「昔から、こんなに濡れやすかったのか」 「そうね……最初の一回はとても痛かったけど、すぐに馴染んだわ。敏感な、 いい身体をしてるって褒められた」 「敏感なのは知ってるよ」 俺はショーツの中に手を滑り込ませ、たっぷりと潤っている割れ目の中に指 を差し込んでいった。カガリは鼻をならしながら、うっとりとした表情になる。 時間をかけて、彼女の中を指でかき回していく。柔らかな襞を愛撫し、陰核 を刺激し、花びらを揉みしだく。彼女の唇がわななき、呼吸がやや速くなって きた。 「すまん、カガリ」 俺はカガリの耳元で呟く。 「ん?」 「もうちょいじっくりと行きたいんだが……限界だ」 俺はショーツを乱暴にひき下ろすと、カガリの両膝の後ろに手を回し、一息 に彼女を抱え上げた。口でスカートの裾を咥え、完全に勃起したイチモツの上 に彼女を降ろしていく。カガリは俺の息子を指先で捕らえ、自分の内部に導い た。 暖かな柔肉が俺の分身を包み込む。身体の深いところを突き上げられたカガ リが、少し呻いた。 「もう、せっかち、さん、なんだか、ら……」 俺はゆるやかに腰をグラインドさせる。十分に熟れたカガリの秘所は、ずぷ り、ずぷりと淫らな音を立てながら、俺の男性自身を絡めとるように咀嚼する。 あまりの快楽に、思わず俺も低くうめき声を出してしまう。やはりなんのかん の言って、小娘どもではこうはいかない。 「お前が欲しくて欲しくて、たまらないんだよ」 「馬鹿」 両手をカガリの胸に回し、上下動にあわせて強く揉む。カガリは口を半開き にして、下腹部からこみ上げてくる快楽に酔った。俺もカガリの動きにあわせ て、ゆるゆると腰を動かす。 カガリの白い肌が紅潮する。俺は真っ赤に染まった彼女のうなじに舌を這わ せ、乳首と太ももを服の上から責めながら、腰を揺らし続けた。カガリは自分 の秘所に手を伸ばすと、クリトリスを刺激し始める。膣がぎゅっと締まって、 俺はまたしてもうめき声を出してしまう。 「シンラ……ああ、シンラ……」 「カガリ、好きだ。お前が、好きだ」 「シンラ……」 まるですべての人間が死に絶えてしまったかのような廃墟の中で、俺たちは 愛し合い続けた。遠くの対岸では不夜城たる街の明かりが煌いているが、その 虚ろな輝きは、まるで巨大な墓石のように海の中に立ち並ぶ橋脚の群れを、微 かな灰色に染めることしかできなかった。 カガリは、俺に貫かれながら、静かに言葉を紡ぐ。 「シンラ、忘れないで――この風景を、忘れないで。あなたの、そしてあたし たちの誇りが生むのは、この風景でしかない――あなたと、あたしたちの気高 さがもたらすのは、死人の山だけ。お願い、それだけは、忘れないで」 俺はただ、頷くことしかできない。それ以外、俺に何ができるというのだろ う。彼女の幸福と希望が灰になって眠る、この場所で。 やがてカガリが高まり始めた。太ももを愛撫する俺の手に、彼女の体の細か な痙攣が伝わり始める。 「ああ、シンラ……、あたし、ああ、もう、ダメ、シンラ」 「いいのか、カガリ、もう」 俺は歯を食いしばりながら、ゆっくりとした腰の動きを保つ。今にも息子が 破裂しそうで、額には汗が滴り始めた。 「うん、きて、シンラ、きて、お願い」 その声につられるように、俺はぐいと強く腰を突き上げる。カガリが「ああ っ」と一声叫んだ。カガリもまた、激しく腰を上下させる。ワンピースに包ま れた引き締まった体が、じっとりと汗ばんでいるのがわかる。 カガリの秘所がぎゅっと強く締まった。カガリは下唇を噛み、天を仰いでい る。腹筋が激しく収縮し、震える足からハイヒールが落ちた。俺は奥歯に力を 入れつつ、ぐいぐいと彼女を突き上げる。 「ああ、シンラ、すごい……あ、また、またイク、ああ、まだ」 一度緩んだ彼女の秘所が、ふたたび緊張をはらんだ。 「あ、ちょ、ちょっと、足、足つっちゃいそう、あ、ああっ」 俺はよくわからない訴えを無視して、激しくカガリを下から突き上げる。ボ スッボスッという破裂音が混じった。一撃ごとに彼女は「イク」を繰り返し、 次第にその声は脈絡のないうめき声に溶けていく。締め付けは物凄いものがあ るが、それでも俺は必死で射精感をやり過ごし続けた。まだまだ、まだまだだ。 「ひいっ、あ、あああ、あぅ、あ、ああっ、あああっ」 カガリはもう自分で腰を動かすこともできないようで、半ばぐったりと俺に 身体を預けながら、押し寄せる快楽に浸っている。俺は彼女の顔をつかむと、 ぐいと背後を向かせて、わななく小さな唇に唇を押し当てた。ほとんど本能的 に彼女は俺の口の中に舌を割り入れてくる。俺はカガリの舌に舌をからめつつ、 最後の抽送を始めた。 「ん、んぅー、んんんっ、んんっ、ん、んんんんんぅっ!」 カガリの全身が硬直し、俺の男性自身を強烈に締め上げる。俺は全力を振り 絞って彼女の体のなかに怒張をガツンと沈めると、そこで溜まりに溜まった劣 情をどっと吐き出した。怒張がぴくぴくと震え、その痙攣に彼女はまたしても 高みへと到達する。 ……が、コトが終わって放心したような表情のカガリを見ているうちに、す べてを吐き出したはずの俺の息子が勢いを取り戻した。カガリが驚いたような、 それでいてうっとりとした目で俺を見るが、むしろ俺のほうがびっくり。美味 いものたらふくを食ったせいかな。 「カガリ――好きだ。愛してる」 俺はそう囁くと、彼女を貫いたまま、ぐるりとその身体の前後を回転させた。 胎内に走った異様な感覚に、朦朧としていたカガリが「はぅ」とか間の抜けた 声を出す。 「さ、ヒイラギお嬢様、もうひといきお家をご案内いただけませんか」 そう言いながら、俺はカガリを抱えて立ち上がる。いわゆる駅弁スタイルと いうやつだ。 いまや全身が性感帯のようになっている彼女は、俺にしがみつく力もほとん ど残っていない。けれど、重力に身を任せると、自然と俺のイチモツが彼女の 身体の奥深くを突き上げる。その深すぎる快感から逃れようとして俺の身体を 少し這い上がって、でも力尽きてまた重力に負ける。彼女は俺に抱きかかえら れたまま、無尽蔵な快楽の淵をさ迷い続けた。 そうするうち、カガリの全身から力が抜ける。ほとんど失神しかかっている のだろう。俺は軽く笑うと、一歩を踏み出した。とたんにカガリの身体の中に 猛然とした刺激が走り回って、彼女はびくりと俺にしがみつき――また快楽の 無限ループに戻る。 「好きだ。愛してる、カガリ」 俺は呪文のようにそう繰り返しながら、廃墟の中をゆるゆると歩き回った。 カガリは半分眠るように、半分快楽の海に溺れるように、俺の肩に頭を乗せた まま呻いている。 「お前以外にいない。好きなんだ、愛してるんだ、カガリ」 小さく、彼女の口から、「あたしもよ、愛してる、シンラ」という声が聞こ えた。 ……畜生。 やっと。 ……やっと、言いやがった。 俺は彼女の部屋だった場所に戻ると、床に落としたままになっていたコート の上に彼女を横たえた。間髪いれず、一気にその身体を刺し貫く。 「あ、ああっ、イイっ、あ、あああっ」 「愛してる、カガリ」 「あ、ああ、あい、して、る、シンラッ! あいして、るっ!」 「カガリ、愛してる、カガリ」 「シンラ、シンラ、ああ、ああああっ」 彼女の身体を揺するたびに、その口からは堰を切ったかのように愛らしい言 葉が漏れた。俺は時に荒々しく、時にゆるやかに彼女を揺さぶる。微かに聞こ える波の音に、すすり泣くような悦楽の声が混じり続けた。 ――俺は、自分が目を覚ましたのに気がつく。少し、眠っていたようだ。カ ガリは俺の肩に頭を乗せて、すやすやと寝息を立てている。このままもう一眠 りしてもいいが、さすがに身体に良いとはいえない。風邪をひくような身体構 造はしていないとはいえ、少しは考えたほうがいい。 俺はカガリをそっと揺り起こす。彼女はいつもどおり、不機嫌そうな顔で目 を覚ましたが、俺の顔を見て表情を緩めた。 「……あーあ。愛してるって言葉だけは、お父様とお母様以外の誰にも言わな いまま死ぬつもりだったのに……。負けたわ」 「光栄の至りだ」 「後悔はしてないけどね。でも、こうなるんだったら、もっと早めに言ってお けばよかった」 「まったく同感だね。てこずらせやがって」 「言葉って凄いわよね。あたし的は、今までで最高のセックスだった」 「俺もだ」 カガリがゆっくりと上体を起こした。 「ねえ、シンラ。あたし、病院であなたに平手打ちしたでしょ」 「ん、あ、ああ」 「なぜだか分かってる?」 「なぜって、お前、それを俺に説明させるとか」 「分かってないのね。 シンラ、よく聞いて。あなたはあのとき、あたしに握手の手を差し出そうと したのよね」 「当たり前だろ」 「あなたの手は、あのまま出されてたら、あたしの足のあたりに伸びる予定だ った」 「……そうか」 「あなたが思っているより、あなたの精神汚染はずっと進んでる。手の位置が 低く出たっていうことは、あなたが無意識のうちに自分の身長を読み間違えて いるのよ。あなたは、あなたのなかに棲んでいる竜の身長を、自分の身長のよ うに意識してるってこと」 「巨大化妄想だな」 「ええ。最初期に現れる症状だけど、こんなに早く出てくるとは思わなかった。 CMIの支援がないっていうのは、想像よりもずっと危険なのよ」 「それで、平手打ち、か。確かに、あの場で俺が精神的に不安定な証拠を見せ ていたら、まとまる話もまとまらなかっただろうからな。ナイス・フォローに 感謝するよ」 「それでも、やる?」 「ああ。だが、そうだな、銃は諦めるさ。正直言って、現状でも照準に自信が 持てなくなってきてる」 「わかった。気になったことがあったら、どんな小さな違和感であっても、必 ずあたしに教えて」 「イエス・メム」 「冗談じゃないのよ」 「わかってる」 「ならいいけど」 1時間ちょっと歩くと、ようやく車がまともに走っている界隈に出た。何台 かのタクシーに乗車拒否をされつつ、なんとか一台捕まえる。俺はホテルの名 前を告げて、あとは運転手に任せることにした。多少はぼったくられるだろう が、金なんてもうどうでもいい問題だ。ただ今は、一刻も早く風呂に入って、 ベッドで眠りたかった。 タクシーに乗るや否や、カガリは俺にもたれて眠ってしまった。俺も必死で 起きていようと努力したが、適度に効いた空調とゆるやかな振動、そしてカガ リの暖かな身体がそこに追いうちをかけてくるとあっては堪えきれず、眠りに 落ちた。 目が覚めると、タクシーはホテルの前に止まっていた。さぞかし素敵な料金 を要求されるだろうと思ったが、妥当な額しか請求されない――というか、タ クシーに書いてあるキロ単価から言うと、ほぼ最適ルートでここまで来たとい うことになる。俺はちょっと気まずくなって、チップ込みで運転手に支払いを したが、運転手は律儀につり銭を俺につき返した。 戸惑う俺に、目を覚ましたカガリが「この国では、これが普通なの」と囁く。 俺はなんだかとても恥ずかしくなって、頭をかきつつ釣り銭を受け取った。 ホテルの部屋に戻って、二人でシャワーを浴びる。不思議なことに、さて二 回戦という気分にはならなかった。ガウンを羽織って、転げるようにベッドに 倒れ、抱き合ったとたんに熟睡。朝になってヴァイスとシュヴァルツに覚醒パ ルスで叩き起こされるまで、夢も見ずに眠った。 明け方の街は、何かに怯えるような静けさを保っていた。俺たちは装備を確 認し、簡単なブリーフィングをしてから、ホテルを出る。ここから先は、この 街は戦場だ。俺たちにとっての本当の現実が、ようやく姿を現そうとしている。 よし。 心の中で、気合を入れなおす。 俺たちが、何を求め 何を見て、 何を聞き、 何を思い、 何をするのか。 ――さあ、征こう。 (Chapter5に続く) → イカルガ chapter5 ← イカルガ chapter3
https://w.atwiki.jp/padtcgarchive/pages/30.html
アースドラゴン 画像掲載予定 テキスト 無し モンスターとしてのステータス 進化 カード名 コンボ数 攻撃力 初期 グリーンコドラ 1 100 1進化 グリーンドラゴン 2 100 2進化 アースドラゴン 3 300 3進化 グラビトンアースドラゴン 4 400 5 500 6 600 防御力 タイプ 700 ドラゴン カードのステータス カード分類 2進化モンスター コスト 0 属性 木 ドロップ 闇 木 水 雑感 収録 旅立ちの刻 B01-0010 C 爆動の火山龍 S01-006 C